息抜き

 吾輩はおこである。激おこである。


 ふ・ざ・け・ん・な・よぉおおおおお!


 昨日じっくり時間をかけて作った地図が水の泡だ。あぁ、もう頭にきた!


 こんな、こんな迷路なんて…。


 ぶっ壊してやるっ!!


 両手を前に突き出し、【邪神の魔力】による無限の魔力を込めて光魔法スキルの最上位魔法を構築していく。俺に集まる圧倒的な力の奔流。


「主様!?」


 突如のことに驚くミト。そういえば彼女の前でこの魔法を使うのは初めてだったかもしれないな。


 俺の両手は眩い光を纏い、この狭い空間を光が埋め尽くしていく。


「【審判の光 神光】」


 そして放たれた光。その光は俺の前方にある壁を飲み込…む前に霧散した。


 わぁ、綺麗だったねぇ。


 じゃねぇよ!


 そういえばこの階層じゃ魔法スキル使えないんだったぁああ!


 思わず地団駄を踏んでしまった俺。ガシャンガシャンと身に纏う金属風魔力が擦れる音が地下遺跡に虚しく響く。


「落ち着いてください、主様。構造も変わる、魔法も使えないとなると正攻法で進んでいくしかないでしょう。それに、私は主様との探索、楽しいですよ。もっと気楽にいきましょう。ねっ?」


 発狂する俺を見かねたミトが宥めてくれる。


 そうだよな、先に進めないってわけじゃないんだ。ちょっと面倒なだけだ、そうだよ、普通の探索ってこういうもんじゃないか。今まで楽をしすぎただけなんだ。


 よし、気持ちを切り替えていこう


「ミトありがとう、おかげで冷静になれたよ」

「フフ、お気になさらず」


 気を取り直して進むものの相変わらずの迷路だ。


 昨日との違いは魔物の種類が増えたことか。緑色のスライムと蝙蝠型の魔物。種類が増えたとて、どちらも魔力の叩きつけで一撃のもと消滅させている。何度かバックアタックもあったが精霊さんのおかげで難を逃れている。


 だが、結局この日も下に続く階段を見つけることが出来なかった。


 次の日も、そしてまたその次の日も。


 気がつけばこの階層の探索は今日で一週間。その間は自宅と地下遺跡を【影移動】で往復する日々だ。傍から見れば自宅に引きこもっているように見えるだろう。一度くらいは冒険者ギルドに顔を出しておこうかな。


 そう思った俺はミトを連れ、気分転換も兼ねて、久しぶりの冒険者ギルドへやってきた。


「依頼を受けるわけでもないし、カウンターへは行かなくていっか」


 食事でもしながらこの一週間で何か変なことが無かったか冒険者の声に耳でも傾けるとしよう。


「Bセットと果実水と、あっ、それと串焼き二本単品で。ミトは?」

「私はサンドウィッチと…」


 ちらりと俺を窺う視線。ははぁん、酒か、酒が飲みたいのか。モナやフッサがいれば夕飯時は軽くワインを飲んでいたけど、ここのところは連日探索に行っていたからご無沙汰だもんな。


「今日は探索に行かないし、なんでもいいよ」

「じゃあ、ピケットをお願いします」

「はーい、かしこまりぃ!」


 席に着いた俺達の元へ来た給仕さんへ注文をする。見たことがない人だな。新人さんかな? 「リノンちゃん、こっちも頼むよ!」と常連の冒険者の人は名前で呼んでいる。リノンちゃんはまだ十五歳くらいか、少し幼い雰囲気もあるが、元気な人だな。


 ミトが頼んだのはワイン造りの副産物で作られたお酒だ。アルコール度数は比較的低く、ワインよりもお手頃なのでエールが苦手な人はこちらを頼む人も少なくない。


「おう、レイブンじゃねぇか。最近顔見なかったな、モナもフッサも開拓依頼で暇してんじゃねぇか?」


 絡んできた、もとい話しかけてきた酔っ払いは開拓所で仲良くなったCランク冒険者さん。この人いつもここで飲んだくれているよな?


「そうですね、二人がいないと戦力半減なので、家に籠って読書してました。体は動かしてましたけどね。一週間くらいは引き籠ってましたね。」


 嘘である。ごりっごりに人類未到達階層を攻略しておりました。


「なんだぁ、休むのはいいが、程々にしてちゃんと働けよな」


 いや、あんたが言うなよ、むしろあんたはいつ働いているんだよ。そんな言葉はぐっと答える。


「アハハ、それよりここ最近で何か変わった話でもありました?」

「最近か…、ってことはお前あれか? 黒騎士が出たって話は知らねぇのか」


 えっ? ここしばらくは黒騎士の正体である俺は地下遺跡の探索中だった。ということは偽物か? 何の目的で?


「黒騎士ってあの邪竜を倒して、夜中に大通りで大立ち回りしたっていう?」


 自分で言っていてなんか小恥ずかしいな。それそれ、と指を差しては話を進める冒険者さん。


「そうそう、その黒騎士だ。俺も邪竜の戦いを見たんだが、ありゃ只者じゃねぇよな。んで未だに正体不明のそいつがよ、エインスの店に来たらしいんだよ」


 ole。それ俺だな。偽物なんかじゃありませんでした。知ってる、知ってる。なんなら一言一句会話の内容も知ってるYO。


「武器の鑑定を頼まれたらしいんだが、宝剣やら希少金属の剣やら魔物の体内で変質した剣やら、とんでもないくらいのお宝を適当な布に包んで持ち込んだらしいぜ。あれくらいの強者は俺達とは感覚が違うのかねぇ。俺ならそんな剣を持ったら、手が震えちまうぜ。まっ、そんな剣にお目にかかれることはねぇとは思うがな。ガハハ」


 いい感じに酒が回っているのか流暢に話すな。


「へ、へぇ。流石ですねー」

「そんでもってよ、黒騎士が出たって情報を聞きつけた週刊シエイラの連中があの一帯を探したらしいんだが、目撃情報が他に二人いただけ。週刊シエイラのおかげで黒騎士が現れたってのがすぐに広まって大騒ぎだ。衛兵や冒険者ギルドの職員も駆けつけてよ、結構な騒動だったんだぜ」

「へ、へぇ。大変だったんですねー」


 あの後、そんな騒ぎになっているとは。怪我人が出たとかじゃないからいいけど、もう少し自重したほうが良さそうだな。


 話が途切れたタイミングで丁度よく、俺達の頼んだ料理と飲み物が運ばれてきた。いや、これは話の腰を折らないように計算された動きかもしれない。出来るな、リノンちゃん。


「それとよ、これは俺も噂で聞いたばっかなんだがよ」


 小声になる酔っ払い冒険者さん。顔を寄せて話の続きを待つ。


「Sランク冒険者が大怪我を負ったって話だ」


 Sランク冒険者、人類最高峰の冒険者だ。その力は正に人外。人の理を超えた存在として不老不死やら一国の王に等しい権力を持っているなんて話もまことしやかに囁かれているとかいないとか。冒険者ギルドの依頼で強大な魔物を倒したり、魔境を調査したりしているらしい。


 有名なところでいえば…。


「獅子王、炎帝、虐殺姫、流星…」

「他には魔導皇、白の福音、それから黄道も有名ですね」


 手当たり次第に知っているSランク冒険者を挙げていくが、その名を聞いて首を振る冒険者さん。


「瀑布って知ってるか?」


 瀑布、聞いたことのない二つ名だな。その名から水魔法の使い手なのかな。滝のように凄まじい水量で魔物を押し流して溺死させるとか?


「名前の通り世界最高の水魔法の使い手ともいわれている冒険者だ。その魔法は海流すら操るって話だ。バートリア大陸っつってだいぶ離れたとこの冒険者だから知らねぇのは無理もないか」


 バートリア大陸か、ラスファルト島に一番近い大陸だな。


「なぜそんな遠くの冒険者の噂が流れているんです?」

「わかってねぇな、Sランク冒険者が負傷したなんて、それこそ世界の危機に等しいもんだ。人類には対処する術がないってことだからな。ま、それだけ重要な話だ。遠く離れたここへも伝声の魔道具で連絡が来たらしい」


 伝声の魔道具か。大陸間の通信には膨大な魔石が必要だったはず。自由に使えたら馬鹿高い金額で手紙を送る必要なんかないんだよな。


「ああ、言っておくが混乱を避けるために、これはここだけの話にしておけよ」


 そんなことを言うが恐らく大勢の人が知っているんだろうな。二つ隣の席の人達が「あいつまたあの話してやがる」って言っているし。


「邪神にやられたらしい」

「え?」


 寝耳に水だ。俺はSランク冒険者なんかと戦ってはいない。邪神(偽)でも現れたか?


「邪神が根城にしている島があるらしいんだが、そこへは邪神の力でたどり着けないように海流が操作されているらしい。で、だ。邪神討伐の為に集められたSランクからAランク冒険者、それから各国の選りすぐりの騎士なんかが大型船で向かうことになったんだが、その船を託されたのが「瀑布」ってわけだ。「瀑布」の海流操作は邪神の力を上回りどうにか邪神がいる島を目視で確認できる距離まで近づくことが出来たらしい」


 …、なるほど。続けたまえ。


「もう少しで上陸できる、そんな時に突如として島から攻撃があったんだと。今までも何度か冒険者が島に近づくことはあったが攻撃をしてくるなんてことはなかったらしい。だから冒険者や騎士は油断をしていたそうだ。唯一の人間を除いて」

「それが「瀑布」だったと」

「ああ、海流を操るために船首にいた「瀑布」がその身を挺して邪神の攻撃を反らした結果、船は軽い損傷で、乗船していた冒険者や騎士も無事だったそうだ。だが、同乗していた高位神官によって一命は取り留めたものの、邪神の攻撃を受けた「瀑布」は意識不明の重体だそうだ。遠く離れた場所からSランク冒険者を一撃、しかもその攻撃は島を囲むように存在する岩壁に大きな裂け目をつくったらしいが、しばらく様子を見ていた冒険者の話じゃ、まるで生き物の傷が直るように塞がったんだと。実は邪神の住まう場所は大きな島に見えて、本当は超大型の魔物じゃないかって話もあるらしいぜ」


 あれぇえ、なんか心当たりがアリ寄りのアリなんですけど…


「邪神がいよいよ人類に牙を剥くんじゃねぇかって話だ」

「ヘェ、ソウナンデスネ」


 一通り話して満足したのか、冒険者さんは俺達の席を離れて自分の席へ戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る