迷路

 さてさて、ラスファルト島から戻って地下遺跡を探索すること二時間程だろうか。


「飽きた!」


 あー! もう、めんどくせぇええええええ!


 調べる横穴は全部が全部、全く同じ。先程見つけた木箱のような物はなく、ただただ同じ作業の繰り返しだ。既に百は超えたんじゃないかな。マンションの内見を百軒連続、しかもそれが全く同じ間取りだったとしたら、もういい加減にしてくれよ、ってなるよね。


 マジでキレそう。


 ちなみに魔力を広げてこの階層の概要は掴んでいる。残りはまだ百以上同じ横穴が続いている。もちろん地下五十三階に続く階段の位置も把握している。だけど他の横穴にもなにかお宝があるんじゃないかって思うと、一通り調べたくなってしまんだよね。


「占星術スキルでお宝あるかどうか占えない?」


 こうなったら自分の目で確かめるのは止めだ。ミトさんや、スキルを存分にお使いなさい! ここまでは冒険者らしく地道に調べてきたけどもうやってらんないね。ネタバレ? バッチこいじゃあ!


「先ほどから何度か試してはみたのですが、どうも何か大きな力に阻害されているような、そのような感じで上手く占えないのです」


 …既に試した後でした。俺よりも単純作業が苦手なのか、随分前から目に生気は宿っていなかったからね。


 せめて、魔物が出てくれれば戦闘で気分転換にもなるんだけど、この階層に魔物の気配は一切ない。だけどそれに油断することなく警戒は常に行っている。だがこの警戒も神経を使うので、精神的な疲労は溜まっていく一方。


 しかし、何かの力によっての阻害か…。確かに階を下りていく毎に魔力探知の精度が落ちてきているのは俺も実感している。


 索敵という面では魔力探知が駄目でもミトの風魔法スキルによる風の流れ、魔物の呼吸の感知で対応出来ている。なので、それほど問題にしていなかったのだけど。


 だけどいよいよその問題が表面化してきたのかもしれないな。


 占星術スキルが使えないというのもそうだけど、この先の階層、地下五十三階に魔力を伸ばしてもまるで何も感じ取れないんだよね。


 この先何があるかわからない、だからこそこの階層で他にお宝があれば回収しておきたかったんだけど。


「もういいか」


 流石に限界だ。ステータス上げとスキルレベル上げが俺の目的なんだ。このまま魔物のいない階層を探索しても得るものはもうない。


「そうですね。先に進みましょうか」


 目からハイライトを失ったミトも同意してくれる。


「ところでその仮面外さないの? あとドレスもそのままだし…」


 俺の魔力で黒く染まった仮面とドレス。いつも身につけている灰色のローブは【裏倉庫】にしまい、ラスファルト島からその装いは変わっていない。ドレスは動きやすいって話だしまだいいけどその仮面外しません?


「主様に祝福をしていただいたんですから、今しばらくこのままで。地上に戻ったら流石に外さないといけないですし」


 外す気はないみたいだ。本人がいいならいいんだけどさ。仮面って視界が狭まるでしょ?


「風が教えてくれますから」


 ちょっ、そんな自然に中二っぽい台詞を発するなんて! 仮面と相まってだいぶ痛い感じになっているぞ。


 これ以上の探索を諦め、横穴を出て巨大なトンネルを進んでいく。相変わらず横穴が無数にあり「もしかしたらアーティファクト級のお宝が」なんて考えが過る。


 後ろ髪を引かれる思いで進み、トンネルの行き止まりが見えてきた。


「階段、ありませんね」


 行き止まりは巨大な壁に塞がれ下の階層に繋がる階段は見当たらない。普通なら横穴のどこかに下り階段があるのだろうと予想して、この途方もない数の横穴を虱潰しに調べていくことになるだろう。


 だけど空間中に自分の魔力を広げるという人外レベルの魔力運用をしている俺にははっきりとわかる。


「ここかな」

「きゃっ、あ、主様?」


 きっとミトには俺が壁に埋まっていくように見えたに違いない。そう、この壁の一部、人一人がやっと通れるようなほど狭い一部分だけは、精巧な立体映像によって作られたものだ。そしてその先には下り階段が待っている。今までとは違い、まるで戸建てのような階段だ。


 この先へ魔力を伸ばしても何も感じることはできない。


「随分と狭いですね」


 遅れてやって来たミトとは横並びになれない程の狭さだ。立体映像を通るときに「えいっ」と小さな掛け声を呟いていたことは追及しないでおこう。


「この先は何があるかわからない、慎重に進もう。それと精霊さんにはくれぐれも、くれぐれも俺を巻き込まないように伝えておいてくれる」


 この狭い通路であのオートカウンターが発動すれば俺は確実に巻き添えを喰らうだろう。ミトがどこまで精霊を意思疎通できるかはわからないけど、改めて「お願い」してもらおう。


 魔物を警戒しつつ階段を下りていくと、一気に気温と湿度が上がってきた。サウナとまではいかないけど、日本の夏のような暑さが体を包む。生活魔法スキルで温度も湿度も調整出来るから俺は問題ないけど、そういった術を持たない人には辛いだろうな。例の黒いドレスにも温度調節機能はあるようなのでミトはこの変化には気が付いていない。


 下りた先は階段と変わらない、人が一人通るのがやっとの広さの道が続いている。天井も低く数メートル先は右への曲がり角になっている。しかも魔力による探知は自分の周囲二メートルも広げれば何も感じられなくなってしまう。それどころか魔法スキルを使おうとしても自分から少し離れると制御ができない。


 試しに【光弾】を放ってみると数メートル先に届くころには消滅してしまった。体に密着しているからか、生活魔法による温度調整が無事なのは不幸中の幸いかな。


 魔法封じ、ね。こりゃあ厄介な階層だな。


「この階層だと今までの警戒方法は無理そうだな、そっちは?」

「こちらも駄目ですね。風が何も教えてくれません」


 その中二フレーズが気になるところだけど、今はツッコミを入れている場合じゃないか。とにかく進んでみようと、恐る恐る先へ行く。おっかなびっくり角を曲がると、その先は同じように数メートル先に曲がり角。


「こりゃ迷路だな」


 この狭さじゃ魔物に遭遇したら剣をまともに振ることも難しいだろう。


「曲がるたびに緊張しますね」


 そこから幾度か目の曲がり角を曲がった時だった。


「グギャギャ」


 一体のゴブリンが突如姿を現した。その肌は赤く、今まで出会ったゴブリンとは様子が違う。その手には戦いやすいようにだろうか、ショートソードが握られている。だが、ただ持っているのではない、しっかりと構えて俺の動きを見ている。あれは戦い方を知っている動きだな。


 小型のゴブリンならこの狭い通路でも多少はフットワークを活かせるだろう。黒騎士モードで大柄の俺だと分が悪いかな。


 ゴブリンもそう思ったのかこちらに突っ込んでくる。


「だが甘い」


 黒騎士モードを解けば子供の俺。体格差のハンデは無くなる。


 がしかし。


 別に相手に合わせて剣で戦うこともない。近づいてきたゴブリンに向かって魔力を叩きつける。ただの魔力。だけど【邪神の魔力】による圧倒的な魔力だ。この階層の特性か、ゴブリンは魔力攻撃への警戒は一切していなかった。


 無防備にそれを受けたゴブリンは跡形もなく消滅した。


 こうかはばつぐんだ!


「しまった、この方法じゃ魔石まで消えちゃうな」


 何も考えずに思いっきり魔力をぶっ放してしまった。でもまぁ、この階層ではまともに剣術も体術も使えそうにない。スキルレベルは一旦置いておいて、自分の身を守る事を優先することにしよう。


 その後も何度かゴブリンに遭遇しつつ、丁寧にマッピングをしながら歩みを進める。


 自分の身体から離れた魔力を制御できないんじゃ、恐らくこの迷路に【影移動】の座標を登録しても無駄だろう。今日のところは出来る限りマッピングを進めて、地下五十二階の階段近くに【影移動】の座標を登録して一旦帰ろう。


 ミトと相談し、そう決めた俺達はそこから数時間かけてマッピングを進めていった。


「もう帰ろうか」


 手元には小学生が休み時間に描いたような迷路が出来上がりつつあるが、未だにゴールは見えない。


 前方を警戒する俺も神経をすり減らしているが、後方の警戒をしているミトも大変だろう。それからは来た道を辿り、入口に戻って来た俺達は地下遺跡を後にした。


 そして翌日。


 美味しい食事と十分な睡眠をとった俺達は気分を新たに地下遺跡へ。


 地下五十三階へと繋がる狭い階段を下り、俺達の目に映ったのは相変わらずの通路と「左」へ向かう曲がり角。


 昨日苦労して作成した地図を持つ手が震える。


「構造変わってんじゃねーか!」

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