圧倒 2

 アルブムはそう言うや否や俺に斬りかかってきた。月明りに照らされた二振りの剣。


 足場の悪い屋根の上。咄嗟の判断で光魔法の【閃光】を放つ。【邪神の魔力】により強化された【閃光】、この距離で無防備に浴びればただでは済まないだろう。


「ぐわぁっ! 貴様ぁ!」


 叫ぶアルブムには目もくれず、屋根から飛び降りて地面に降り立つ。誰一人いない、静まり返った大通りを全速力で駆け抜けた。戦略的撤退だ。


 しかし、なんで俺の「深夜にこっそり強襲大作戦」がバレたんだ? 魔力や気配は極力抑えていたから近づいたことに気づかれるはずもない。


 「その命、貰い受ける」だなんて威勢のいいことを言って乗り込んだ割に、待ち伏せされていたのは俺の方だなんて格好悪いったらありゃしない。


 とりあえず体勢を立て直そうと距離をとったけど、思ったよりも移動してしまったな。どうしよう、なんだか興が削がれたし、もう帰ろうかな。


 しかし、そう簡単に逃げられはしなかった。上空から俺目掛けて放たれた魔力弾が足元で爆ぜる。


 空を見上げると、まるでそこに透明な足場でもあるように仁王立ちをしているアルブムがいた。


 空に人が浮いているだと!?


 なんて羨ましいんだ、俺もいつかは空中移動してみたいという願望をもっている。是非ともその方法を教えていただけないものか…。どうしよう、今から仲良くなれないかな。


 俺のそんな心変わりも虚しく「逃げられると思うなよ!」と叫んだアルブムの持つ剣が襲いかかる。


 寝込みを襲うなら武器はやっぱり短剣でしょ、というイメージを持っていた俺は腰のベルトに刃渡り三十センチほどの短剣を身につけているだけ。これはこれで動きやすかったのだが、アルブムの攻撃を受けるには力不足だ。


 【裏倉庫】から漆黒の大剣を取りだしアルブムの繰り出す攻撃を往なしていく。


 この大剣は以前黒騎士モードの時に使っていたものと同様、鋼鉄製のなんの変哲もない大剣に【邪神の魔力】を馴染ませたものだ。銀色の刃は漆黒に染まり、その強度は【邪神の魔力】を馴染ませる前に比べて格段に高くなっている。


 この大剣でも魔技に耐えることはできないのは残念だけど。


 以前戦ったときは受けることで精一杯だったが、剣技のスキルが上達したからか、それともステータスが上昇したからか余裕をもってアルブムの繰り出す連撃にも対応することが出来ている。


 この数か月間の成長は伊達じゃないんだよ!


 振り下ろされたアルブムの攻撃を大剣で押し返す。連撃の呼吸、その一瞬の隙をついた俺の行動でアルブムの両手は跳ね上げられ胴ががら空きになった。


「なっ!」


 万歳をしたような恰好だ。この瞬間を逃すまいと、両手で持っていた漆黒の大剣を左手だけで構え、空いた右手で発動速度の高い光魔法の【光弾】を連射する。


 数メートル後方に吹き飛んだアルブム、よろよろと立ち上がるその姿から結構なダメージだったのかもしれない。


 追撃の手は緩めない。


 手に持つ漆黒の大剣を力一杯投擲する。ポータルと呼ばれる転移装置のある場所で戦った時にも使った手段だ。大剣を投擲する時には既に体勢を立て直していたアルブムは、その剣で投げつけられた大剣を振り払おうとした。


 白銀の剣が漆黒の大剣に触れた瞬間、限界ギリギリまで大剣に込めた魔力を爆散させる。


 武器は失ってしまったが更なるダメージを与えることができたはず。


 立ち込める白煙から姿を現したアルブムは武器を持たない俺に斬りかかるべく突進してきた。


 だけど、俺だって馬鹿じゃない。


 既に正面の空間には黒い歪みを発生させている。【裏倉庫】だ。


 そこから先ほどまで俺が振るっていたものと全く同じ漆黒の大剣を抜き、二刀の斬撃を受け止めた。


「投げたのが唯一の武器だと思ったか?」


 おっと、いけない、いけない。ついつい言葉が漏れてしまった。わざわざ慣れている片手剣ではなく大剣を使っているのも黒騎士イコール俺という疑念を抱かせないため。だからあまり話さないようにしていたんだけどな。


 まぁ声はフルフェイスの兜型に凝縮された魔力の影響で、俺の地声とは違うものになっているから多少話したくらいじゃバレないだろうけど。


「それだけの業物を使い捨てるとは…、それに確かにあの時お前右手は斬り落としたはずだ。部位欠損を完治させる回復魔法の使い手を抱え込んでいるのか? それともエリクサーを?」


 どっちも外れだよ! 自前の魔法じゃ!


 それに業物でも何でもない、どちらかといえば安売りされていた大剣をまとめ買いして【邪神の魔力】を込めただけの量産品だよ。


 そう心の中でツッコむが、アルブムの問いに答える必要はない。今度はこちらが攻める番とばかりに攻撃をしていく。


 一振りの威力は高いがどうしても大振りになってしまう大剣と、手数が多い片手剣の二刀流。接近した対人戦では後者の方が有利だ。それにも関わらずこの戦いの主導権を握っているのは俺だ。


 今また横薙ぎの一撃の衝撃を逃がすことが出来なかったアルブムが地面を転がった。その勢いで兜が外れたアルブムはすぐに立ち上がったが、肩で息をして辛そうな表情だ。


 無傷の俺と満身創痍のアルブム。思ったよりもあっけなかったな。


 腕を斬られた恨みもあるし、俺に危害を加えた組織の人間だ。容赦はしない。


 あっ、でもさっきの空中浮遊についてはその方法を聞きたかったな。


「仕掛けてこなければ、仲良くなる未来もあったのかもな」


 空を自由に飛びたいな、と願ったところでいくら魔法のあるふぁんたじぃなこの世界でも出来ないものは出来ない。


 その方法を知っている人物を倒さなければいけないなんてな、邪神を崇める組織が先にちょっかいさえかけてこなければ、仲良くなってその方法を聞けたのに。


 そんな思いで何気なく呟いてしまったその言葉に驚愕の表情を浮かべたアルブムは、両手に持った剣を力なく落とすと崩れ落ちてしまった。纏っていた身体強化の魔力も霧散し、完全に無防備な状態。


 うん? どうしたんだ?

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