尾行
てぇへんだ! てぇへんだ!
こんな場所であいつを見かけるなんて。あいつに斬られた左手が疼くぜ…、いや右手だったっけな。
俺の人類最高レベルの回復魔法によってあいつに切り落とされた右手は完全に元通りとなっている。正確に言えばミトにかけた魔法の影響で気がついたら元通りになっていたんだけど。
あの当時と比べ俺のステータスは爆上がりしている。剣術スキルも体術スキルも当時はまだレベル一だったが今では剣術スキルはレベル六、体術スキルはレベル五とそのどちらも一般的には達人と呼ばれるレベルだ。
一回使うごとに武器が壊れてしまうが今の俺には魔技という必殺技がある。
今こそ斬り落とされた右手の恨み晴らしてやる! あれ? 左手だったっけ?
…まぁ、どっちでもいいか。一旦物陰に隠れて腰に差していた剣を【裏倉庫】に入れて尾行を開始する。
武器を携行しなければ俺なんてただの小綺麗な一般市民だ。ちょっとばかり滲み出る高貴な雰囲気はあるかもしれないがあの男、アルブムに怪しまれることはないだろう。
人混みといっても渋谷の某交差点や原宿の某通り程ではない。例えるなら休日のショッピングモール程度の混雑具合だ。俺は急いであの男の後を追った。
この通りはシエイラの中でも庶民が集まる通りで、雑貨の類を販売する露天商や野菜や果物を販売する店、串に刺した肉に味付けをしたものを焼いている屋台など東南アジアのマーケットに似ている。
周りの店には目もくれずどこかに向かうのでは、と思っていたのだが俺の予想は外れ、アルブムは明らかに目立つ白銀の鎧のため周囲の視線を集めながら、あっちの屋台で串焼きを買い、そっちの屋台で小麦粉を溶いた生地で野菜と肉を巻いたケバブのような食べ物を買い、ガラクタを販売している露天商から何かの置物を買うなどその振る舞いはまるで観光客のよう。
表情を常に確認しているわけではないが、俺の確認できる範囲では一切笑顔は見せていない。仏頂面の観光客、なんだか不気味だな。
もぐもぐ。
屋台や露天商を巡っているため、アルブムの進む速度は遅い。そんな彼を尾行するためにやむを得なく俺も屋台で買い食いをしている。お、この屋台なかなかイケるな。
しばらく尾行を続けていると大通り沿いの宿に入っていった。以前俺が宿泊していた金の小麦亭と同様に食堂が併設されているタイプの宿。食堂を利用するために入った可能性もあるので、少し時間を置いてから俺も中へ。
「あら、いらっしゃい。食堂の利用かしら?」
明らかに宿の利用するように見えない俺。子供一人で入るような食堂でもないので宿のお姉さんも疑問形だ。ちらっと食堂を除いたがアルブムの姿はないのでこの宿に宿泊したようだ。
「冒険者の人に伝言を頼まれたんだけど、おかしいなぁ。このお店でご飯を食べてるって聞いたんだけど違ったみたい」
「あらそうなの」
いえ、嘘です。
「お邪魔しましたー」と一旦宿を出て大通りから脇道に。一応二重尾行されていないかどうかも気にはしていたけど、諜報活動のイロハなんて前世でも今生でも学んでいない俺にはわかるはずもない。
とりあえずあの男が宿泊している宿は判明したのでここは退散しよう。ミトにこのことを伝えに行かなければ。
眷属化スキルでミトの位置情報は確認済み、既に自宅にいるようなので冒険者ギルドを出てからそのまま帰宅したのだろう。
家に戻るとリビングでは三人がのんびりとくつろいでいる。
「ただいまー」
「お帰りなさいませ、主様」
「あらお帰り」
「む」
若干一名おかしな返事が混じっているが気にしない、いつものことだ。
「アーメリア鉱についてウェディーズさんのところに行ってきたんだけどあの人でも入手は難しいって」
まずは俺が別行動をとった理由でもあるアーメリア鉱についての情報共有だ。
「そりゃそうだろうね」
「ただ、鉱山周辺はCランク以下の冒険者の立ち入りは制限されているらしいんだ。だとしたらギルド長の発言おかしいと思わない?」
「そうですね、ギルド長はあの時モナとフッサも同行したほうがいい、と仰っていましたね。お二人が一緒でも近づくことすら出来ないなら何故そのようなことを言ったのでしょうか」
「確かに気になるね、あのギルド長が立ち入り制限のことを知らないとは思えないし。何か理由があるんだろうけど」
「うむ」
ま、俺達で考えてもこれ以上のことはわかりそうもない。ウェディーズさんが一週間で調べてくれると伝えてこの話は終わりだ。
「あ、そうだミト。ウェディーズさんに家で育てている薬草について聞かれたんだけどさ、ちょっといい」
そんなことは聞かれてもいないけど、フッサとモナにアルブムの件は伝えることは出来ない。そう言ってミトを中庭に連れ出すための方便ってやつだ。
中庭の端、ミトが手入れをしている薬草畑の前。ここなら二人に会話を聞かれることはないだろう。
「街でアルブムを見かけた」
「そんな!」
ちょ、声でかいって! 折角小声で話したのに二人に何事かと思われちゃうじゃないか。
「あ、すみません。驚きのあまり」
「とりあえず、泊まっている宿までは尾行したんだけどさ。ほら、俺は顔を見られていないし、そもそも体格も黒騎士モードの時とは違うからバレようがないけど。ミトは…」
「そうですね、私は誤魔化しようがないでしょう」
どうしよう、殺っちまうか。今なら倒せそうな気がするし。あの男だって人間だ。睡眠中なら無警戒だろうし、寝込みを襲うか?
「主様がこの短期間でお強くなられたことは近くにいた私もわかっています。ですがアルブムはカーディナルナイトの称号を持つ聖典四騎士。油断は出来ません」
聖典四騎士とは邪神を崇める組織の最高幹部直属の四人の騎士らしく、その実力は組織内でも最高峰らしい。そしてカーディナルナイトとはその中でも最も権力を持つ人物から勅命を受けて行動している者という意味を組織内で持っているそうだ。
つまり、超強いってこと。
Aランク冒険者と同等とミトは言っていたけど、Aランク冒険者といってもピンキリだ。邪気を抑え込めるギリギリの出力限界まで【邪神の魔力】を高めれば、正面から戦っても倒せそうなんだけどな。
負けそうになったらこの前みたいに【影移動】で尻尾巻いて逃げればいいし。
あまり長時間ここでコソコソ話すのは不自然なのでミトには外出を避けるように念押ししておく。明日からは地下遺跡探索に行くことだし、とりあえずミトとアルブムが鉢合わせることはしばらく無いだろう。
そしてその夜、黒騎士モードの俺はアルブムが宿泊していると思われる宿の向かいの建物の屋上にいた。眼前には一般的な煙突のある屋根と明かりの消えた客室。
色々と考えた結果このままだとミト、ひいては俺に危害が加わることに繋がりかねないのでアルブムには消えてもらうことにした。
ま、俺には神様の加護もあるし大丈夫だろう。眼前に表示された加護の説明文を確認する。
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死と再生の神による加護
・成人するまで運に限定補正。ただし生死に関する場合のみに限定される。
・闇系統、光系統の魔法適性に補正。威力激増。消費魔力激減。魔力操作補正。
・前世の経験を持ち越し。前世の経験をスキルとして獲得。
・ステータスの詳細表示機能。
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万が一俺の命に危険が迫るようなことがあれば、天からタライでも降ってきてくれるに違いない。
さて、どの部屋でお休み中なのかな。その命、貰い受ける!
そう意気込んだ俺は一足飛びで宿の屋根まで飛ぶ。そして華麗に着地を決めたのだが、背後に魔力の気配を感じて振り返った。
「やはり現れたな」
宿の煙突の影がブレると、現れる人影。それは二本の剣を構えた白銀鎧だった。
かーでぃなるないとのアルブムがあらわれた。
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