情報収集

 やけに明るい照明に七色に光る床、キノコの形をした椅子にガラスのテーブル。まるで俺のことを監視しているような壁に掛けられた絵画に描かれた人の顔。


 ここはウェディーズ魔道具店の二階、店主のウェディーズさん曰く大切な商談を行うときに使う応接室ということだ。商談相手の正気を失わせて有利な条件でも引き出そうとしているのだろうか。まったくもって落ち着かない部屋だ。


 異常なまでにこの街のことを知り尽くしているウェディーズさん。その情報網はこの街に収まることを知らない。彼ならアーメリア鉱についても独自の情報を持っているのではないかと彼の元を訪ねた。


 驚いたことに、というか最早恐怖を感じるのだが、俺が来ることがわかっていたかのようにウェディーズさんは店の前で待ち構えていた。


「なに、素敵なお客様が来るような、そんな予感がしただけです。ですが、まさか、そう、まさかレイブンさんがお越しになるとは思ってもいませんでした。最近もご活躍のようでお噂はかねがね伺っておりますよ。ささ、立ち話もなんですから、どうぞこちらへ」


 そんなウェディーズさんに案内されたのがこの部屋。「少々お待ちください」と俺一人残されてしまった。


「大変お待たせいたしました」


 これまた現代アートのようなやたらカラフルな盆に乗せてグラスに入った飲み物を持って来た。緑色の怪しげな飲み物。これ大丈夫なやつ?


「おっと、そう怪訝なお顔をしないでください。こちらは最近ポルトアリアで流行っているという「ソダ」という飲み物です。果実のシロップを炭酸水で割ったものなのですが、こちらの「ソダ」はそれ以外にも独自の香料が入っているのですがなんとも後を引く味なんですよ、是非、そう、是非ともレイブンさんにお飲みいただきたいと思っておりました。さぁ、どうぞお飲みください」


 …「ソダ」ねぇ。このアーメリア大陸と他の大陸を繋ぐ船が出航している、この大陸の玄関口であるポルトアリア。このポルトアリアには「ボールペン」という魔道具を開発したサトウ工房という小さな魔道具工房があると聞く。このソダも異世界転移の関係者が関わっているのかもしれない。


 なにやら珍しいもののようだし、俺が口にするのを何やら待っているウェディーズさん。飲まないと話を進められそうにないので、思い切って飲んでみる。


「うまっ!」

「そうでしょう、そうでしょう。私も初めて頂いた時には驚いたものです。フルーティなだけではない、独特な風味がもう一口、もう一口とまるで魔法のようにすすんでしまいますでしょう」


 ウェディーズさんが俺の反応に同調するように自分が初めて飲んだ時の感想を話し続けているが、俺はこの味を知っている。この体ではない、魂の記憶の中にだけど。


 これって三本の矢が目印のあれじゃないか!?


 どこか郷愁の味がする「ソダ」を飲んで改めて心に決める。ポルトアリアにはいつか行く必要があるな。


「さてさて、本日お越しいただいたのは一体どのようなご用件でしょう。何かご入用な魔道具でもございますか? それともお宅に何か不具合でもございましたでしょうか?」


 不敵にニヤリと笑ったウェディーズさん。


「それとも私の情報が必要ですかな?」


 そうなんです、そうなんですけど。なんだかもう俺が何を聞きに来たのかすら知っていそうで怖い。


「…ふむ。なるほど、なるほど。ギルド長のその一言、確かに気になりますな」


 俺が剣の新調のためアーメリア鉱が必要なこと、ギルドでアーメリア鉱について聞いた時のことなどを一通り説明した後、ウェディーズさんがそう呟いた。


「まずは鉱山閉鎖に関してですが、私が聞いたのは魔物の影響で閉鎖されているということですよ。ええ、こちらはかなり信頼性のある情報ですので間違いないでしょう」

「魔物?」

「ええ、鉱山に住み着いた魔物の討伐が上手くいかずに閉鎖されたそうです。ああ、もちろん冒険者ギルドからAランクの冒険者が派遣されたそうですが討伐に失敗したそうで、鉱山近くの街を含めかなり大規模に閉鎖されているそうです。確かBランク以上の冒険者しか立ち入りが許されていないということだったと思います」


 Bランク以上か。俺たちのパーティはDランクのCランクしかいない。ということは鉱山の周辺にすら立ち入ることは出来ない。しかしギルド長は「欲しいなら現地に行ってみろ、行くのならモナとフッサも連れていけ」ということを言っていた。


「いや、もしかしたら…」


 小声でそう呟いたウェディーズさん。


「もしかしたら?」

「おっと、失礼。声に出てしまいましたね。少しばかり思いつく節があったのですが、うーん、いや、しかし」


 いつも立て板に水のように話すウェディーズさんだが、心当たりがあるようなのにどうにも歯切れが悪い。


「この件、お急ぎでないなら一週間ほどお時間いただけないでしょうか?」


 調べてくれる、ということなのかな?


「確か明日から地下探索に向かわれるご予定でしたね。一週間のご予定ということですので、お帰りになるまでにはお調べしておきます。何故探索予定を知っているのかって? そりゃあ、お得意様の動向は把握するように努めておりますので。ええ、今回の探索でもご活躍いただき、また当店にてお買い物をお楽しみいただけますと私としても大変ありがたいので。是非その際は皆さんご一緒にお越しください」


 結局、アーメリア鉱については何もわからなかった。ウェディーズさん経由で手に入らないか聞いてみたがそれは難しいとのことだった。


 大して成果もないままウェディーズさんの店を後にし、帰宅をする際中のことだった。曲がり角を曲がり大通りに出たその時。


 人混みの中でやたらと目を引く白銀の鎧。


 そう、邪神を崇める組織の転移装置のあったポータルを呼ばれていた施設。そこで俺とミトを襲い、ミトに重傷を負わせたあのアルブムという男の姿がそこにはあった。


 思わず足を止めた俺の目の前を通り過ぎたアルブム。奴と相対した時は黒騎士モードだったので俺と結び付けられることはないだろう。俺のことを一瞥しただけで人混みに紛れてしまったが、あの鎧、間違いない。


 くっそぉ。めちゃくちゃイケメンじゃねぇか!

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