探し物
名前が決まったところで一回使うごとに武器が壊れる技なんてコスパが悪すぎる。この技があれば単独での探索が進むかと思ったんだけど、しばらくは五十階で足止めかなぁ。どっちみち次回の休養日はジルバンドに戻るつもりだから、単独探索自体がしばらくお預けになるか。
「どうしたんだい? ボケっとして」
「モナってこういう本も読むんだなと思って」
技の名前を考えていたなんて言ったら揶揄われるに決まっている。モナが読書家だってのは知っていたけどこんな冒険譚みたいなのも読むとは思ってなかったのは事実だ。普段は歴史書や魔物についての本なんかを読んでいる印象だったからね。
「ま、これも歴史書みたいなもんだよ。史実に基づいているって言ったろう。あんたも戦いのことや金勘定ばっかりしてないで、たまにはこういうのを読んだらどうだい。難しい言い回しは使われていないから子供でも読みやすいよ」
失礼なことを言うなよ、こちとら一応お貴族様だぜ。自国や周辺国家の歴史書なんかは頭に叩き込んであるぜ! とはいってもそれはこの地から遠く離れた別大陸のことだ。この大陸に関する歴史書は読んでおいた方がいいだろうな。文化的な背景を知ることは大切なことだ。
それと言っておくけど金勘定を俺がしているのは、俺の趣味じゃない。必要だからやっているんだからな!
「それじゃあ、何冊かモナセレクトでこの大陸の歴史がわかるような本を貸してよ」
「おや? てっきり断るかと思ったけど乗り気じゃないか」
「あのさ、一応これでも貴族として教育を受けているんだから学ぶことの大切さくらいは理解しているよ。確かに、ここのところ冒険者稼業ばかりだったのも事実だし」
「随分と殊勝な心掛けじゃないか、なんだったらあたしが教師でもやってやろうか? あんたくらいの子供が学ぶこと程度ならあたしにだって教えられるよ」
庶民とは違うのだよ! 庶民とはっ! あ、機械人形の性能の話じゃなくて教育水準の話ね。
この世界じゃ科学は発展していないから俺と同年代の子の教育なんて読み書きと簡単な計算くらいだ。流石に俺からしたら低レベルすぎる。
「そうだ、今は使われていない言語についての本とか持ってない?」
「今は使われていないってことは古代語かい? 随分とおかしなものに興味を持つね。」
学びについての話題で思い出した。解読したいものがあったんだ。
「古代語ねぇ。今あたしたちが話している言葉とは全く違う言語で、いつの間にか時の彼方に置いていかれちまった知識の一つ。あたしも何冊か古代語の考察をした本は持っているけど…」
忘れがちだけど前世の経験の引継ぎで言語スキルを所持している俺。どんな言語でも理解できるようなチートスキルではないけど、言語の習得に補正がかかるスキルだ。ここのところは生活基盤も安定してきて余裕もあるから、ここらでひとつ、インテリジェンスな俺の一面も見せていこうかな。
解読したいのはラスファルト島にあった謎の石碑。あの石碑に刻まれていた内容だ。
俺が初めてラスファルト島へ行ったときに見つけた石碑と白骨化した死体。死体の持っていた日記帳によれば、あの石碑の内容が死体となった人が証明しようとしていた学説とやらの根拠になると記されていた。
不自然なまでに外界を拒み、生物の存在しないラスファルト島。そんな島にある明らかな人工物。気にならないわけがない。
「そうだ、エルフなんかの長命種の中じゃ、まだ話せる人がいるって聞いたことはあるよ。ミトは心当たりとかないのかい?」
出来上がった料理をダイニングに並べていたミトへ投げかけられた質問。俺にはその返答が予想できた。
「申し訳ありません、私の周りにはそういった方はおりません。私もいくつかの古代語は知っているのですが解読できるかと言われれば全く…」
そう、ミトが知っているのは邪神に関わるような単語、それもごく僅かなものだけだ。ラスファルトの石碑を見てもらったことはあるけど彼女に解読は出来なかった。
それに人里で育てられて、スキルを授かってからは聖神教そして邪神を崇める組織という閉じられた環境で過ごしてきたミトはエルフの里というものは縁がない。だから他のエルフとの関わりもないので心当たりなんてあるわけがない。
「ま、あたしの持っている本を貸してあげるからとりあえず読んでみな」
「ありがとう」
考察本だとそれだけで古代語を解読できるようにはならないだろうけど、知識は積み上げが大切だからね。
「モナは歴史関係の本以外は読まないのですか? 恋愛ものとか」
「やめておくれよ、恋愛物語なんてあたしのガラじゃないよ。あはは」
「そうなんだ。それじゃあ本当に歴史ものばっかり読んでいるんだ?」
「まぁね。さっ、あたしの話はもういいだろう。今晩の食事も美味しそうじゃないか」
なんだか強引に話を切り上げたな。なにか聞かれたくない話でもあるのか。いつの間にか自室から出てきたフッサと四人で食卓を囲む。
「む、探している本があるのではなかったか?」
食事中、先ほどの話を聞いていたのかフッサがモナにそんな言葉を投げかけた。
「ちょ、ちょっとフッサ!」
「む? 以前我にそのような話をしていたではないか」
なにか、とばかりに首を傾げる。
「かーっ、あたしが話しかけても「む」とか「うむ」しか話さないからてっきりあたしの話なんて聞いてないと思っていたのに…。なんだい、ちゃんと聞いていたのかい。…別に隠しているわけじゃないんだけどさ」
「よかったら教えていただけませんか? 何かお力になれるかもしれないですよ」
「うーん、大した話じゃないんだ。幼い頃に親父の書斎で読んだ本がね…あたしの親父は堅物でね。仕事の資料がある書斎には入らせてくれなかったんだよ。でもある日、鍵が掛かっていないことがあって、こっそりと忍び込んだんだ。そこで目に入った本を読んだんだけど、なんだかものすごい衝撃を受けた気がしてね」
衝撃を受けたって割には「気がした」なんておかしな言い回しだな。
「ところがその本を読んでいたのを親父に見つかって、凄く怒られたんだ。そりゃあもう、それまでで一番ってくらいに、ものすごい剣幕でさ。その所為か内容についてはなにか歴史に関わることだった以外全然覚えてなくてね」
「では御父上に聞いてみてはいかがですか? 怒られたのはまだモナが幼かったからでしょう? 今ならその本を見せていただけるのでは?」
ミトの言う通りだ。だがモナは何処か遠い目をしている。
「いや、それは出来ないんだよ。なにせ家出している身だからね」
「家出?」
そりゃ初耳だな。家出なんて育ててくれた家族に心配かけるだけだ、良くないよ。
俺が言えた義理じゃないけどさ。
「そうさ、だから親父には聞けない。家出して冒険者になってしばらくした時のことさ。ふとあの時の本が一体何だったのかもの凄く気になってね。それからはあの本を探しているってことさ」
そうか、それで歴史書ばかりを読んでいるのか。覚えているのが歴史に関わる本ってだけじゃとにかくいろんな本を読み続けるしかないよな。
「本を読むのはもともと好きだったから、目当ての本じゃなくても楽しんでいるしね。ま、あたしが冒険者をするモチベーションの一つって訳さ。貴重な本はそれこそ普通の稼ぎじゃ手に取ることさえできないからね。そういう訳だから、どうしてもその本が必要ってことじゃないんだ。だからあんた達が気にするようなことじゃないよ」
本人がそうは言うけど、同じパーティの仲間のことだ。何か珍しそうな本を見つけた時には教えてあげよう。
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