特訓

 ミトがエルフであると明かした翌日、俺は【影移動】でラスファルト島まで一人来ていた。目的はずばり特訓のためだ。


 今までの俺の戦闘訓練により、島の北部の一部は荒野のなり果てている。魔物どころか一切の動物が生息していないこの島では周囲に与える影響を考えずに色々な技が試せるのでついついやりすぎてしまうこともある。


 この島では邪気が多少漏れても誰かに迷惑をかけることもない。聖神教をはじめ、数々の国や冒険者ギルドがこの島への上陸に挑んではいるが、それは未だ果たされていないと聞く。実際、誰かが立ち入った形跡もないのでその噂は正しいのだろう。


 元々上陸が困難な島だったラスファルト。「絶海の孤島」なんてラストダンジョンがありそうな異名を持っていたくらいだ。島を囲む天然の岩壁、周辺の海流の影響で波が高く、上空には複雑な気流が流れている。それに加えて俺プロデュースのちょっとしたギミックも仕掛けてあるので、今後もそう簡単には上陸は出来ないだろう。


 島に来てから早数時間。片手剣に魔力を流し、その性質を変化させる。アプレアさんが繰り出したような爆裂するような魔力も何度か試してみたが、触れてもパチパチするだけの効果しかなかった。一度思いっきり魔力を流してみたら剣が爆発し粉々になってしまったので俺には向かないのかもしれない。やはりこの世界に来てから一番使ってきた「斬る」という攻撃手段、これをイメージするのが俺には合っているようだ。


 魔力の負荷に耐えられなかったのか壊れてしまった剣を投げ捨て【裏倉庫】に手を突っ込む。


 あれ?


 今まで練習で使ってきたのは、実家暮らしの時に両親にバレないように盗賊狩りで手に入れた安物と思われる剣だったのだが、いつの間にか全て使い切ってしまったようだ。財宝と一緒に回収した業物っぽい剣も数本あるがこれは使い捨てにしたくない。


 残るは昨日購入したばかりの剣。柄に魔力が流しやすいような加工がしてあるらしいこの剣はガルラを倒した時と同じタイプのものだ。


 昨日店で試した時は性質変化の負荷に耐えられずに、試し切りをする前に壊れてしまった。お金をかけて負荷に強い剣オーダーすればとりあえずはなんとかなるだろう。でもこの先、この技を使い続けていくためには武器を選ばずに使えるようになることは必須だ。ということで、まずは性質変化を維持した状態を保てるように魔力量の調整だ。


 先ほどまでの練習でなんとなくの魔力量は掴めてきた。


 魔力を剣に流す。…うん、おっさんのいう通り盗賊からいただいた剣に比べると魔力の調整がしやすいな。


 魔力で剣を包み込む、そして剣を構成する分子と分子の間に魔力が流れるようなイメージで俺の魔力を剣に浸透させていく。


 よし、いい感じだ。


 そして刃を覆う魔力を変化させていく。触れたものを切り裂くようなイメージ。


 …。


 グンっとそれまで以上に消費する魔力が増えた。よし、成功だな。あとはこの状態を維持するだけだ。消費魔力はそれなりに多いが維持するには問題はない。難しいのはこの性質変化の状態を維持する技術、そして性質変化した魔力で剣が破壊されないよう内部に浸透させた魔力との均衡を保つことだ。


 時間を計測するために俺の目の前には五分の計測ができる砂時計が置いてある。


 パキっという音が剣から鳴る。わずかに頬を撫でた風に気をとられ調整に失敗してしまった。砂時計はその中の半量が落ちたところ。


「…まだまだだな」


 一度、剣に流した魔力は霧散させる。剣を見ればわずかに刃が欠けているが練習する分には問題ないだろう。


「ふぅ、…よし!」


 深呼吸をしてから練習の再開だ。



 ━━━そしてあっという間に日が暮れる時刻、夕焼けに染まる荒野。


 俺の足元には同じ形の柄が三つ転がっていた。鍔も刃もない柄。そして俺が構えていた剣は今まさに魔力に耐えきれず、まるで一瞬で数千年の時が流れたかのように刃と鍔が粉々に風化して柄だけとなってしまった。


 うん、今日はこれくらいにしよう。


 壊れた剣は四本、購入したのは七本なので残りの片手剣は三本だ。これ以上は今後の地下遺跡探索の時に装備する武器がなくなってしまう。


 これは追加で武器を買いに行かないと、練習はできないかなぁ。うーん、こりゃあ金がかかりそうだ。


 はぁ、おかしいなぁ、俺の予定では技の練習はサクっと終わって、この技を絡めた連撃とか、魔法スキルとの併用とか試すつもりだったんだけど。全然思っていたようにはならなかった。


 シエイラの武器屋を回って格安の剣でも買い漁るか。いや、とりあえず剣であればいいんだから、最近はご無沙汰だったけど盗賊狩りでも行ってみるか? この辺じゃ盗賊の被害は聞かないけど、【影移動】でジルバンド大陸に遠征してみるのもありかな。


 ついでにこっそり家族の様子でも確認してみるか。手紙を送った手前、姿を現すことは出来ないけど久しぶりに顔を見たいしね。


 よし、明後日からはまた地下遺跡の探索に行く予定だから、次の休みには久々にジルバンド大陸へ行ってみよう。そう今後の予定を心に決め、【影移動】で自室へ転移。生活魔法の【清掃】で身ぎれいにしてから部屋を出ると、美味しそうな匂いが一階から漂ってきた。


「おや? いつの間に帰ってきてたんだい?」


 リビングで本を読んでいたモナが、匂いにつられて一階に下りた俺の姿に気が付いてそう尋ねてきた。彼女は俺が【影移動】による移動手段を持っていることは知らないので、まさか転移してきたとは思わないだろう。


「ふふっ、俺が帰ってきたことに気が付かないなんてモナもまだまだだね」


 そんな感じで誤魔化すが意外にこれが通用するんだよな。今までも何度か同じシチュエーションがあったが、モナは読書を始めると周りが見えなくなるタイプのようで「あっそう」と再び本の世界に入り込んでしまう。


「うるさいよ、それはそうとあんたに教えたいことがあったんだ」


 おや? いつもと違う反応だ。ちょいちょいと俺のことを手招きするので彼女の横に座る。


「これを見てみなよ」


 彼女が差し出したのはテーブルに置かれていた一冊の本。赤い栞が挟んである。


 なになに? 「勇者育成記録 俺の弟子が世界を救った件」? なんともラノベちっくな題名だな。栞が挟んであるページを開くと「ほら、ここの行」とモナが指をさす。


「…こうして我が弟子は魔王の討伐に向かった。心残りは奥義の習得までは出来なかったことだ。あと一年猶予があれば。魔力の性質を変化させ爆発的な威力を発揮する我が奥義【魔技】を…」


 これって?


「これはね、どこかの地域の伝承を現代風にわかりやすくした物語なんだよ。多少脚色は入っているけど大体のことは史実に基づいているらしい」

「ってことは?」

「そう、あんたやアプレアが使っていたあの技って多分これじゃないかい?」

「そうか、【魔技】か」


 どうやら大昔からある技のようだ。アプレアさんの師匠もどこかの魔導士に教えてもらったって話だったけど、随分昔からある技なんだな。しかも【魔技】っていうのか、スペシャルスーパースラッシュって名前にしようと思ってたんだけどなぁ。


 既に名前があるなら仕方ない。あの技が完成した暁には【魔技・一閃】とでも名付けることにするか。

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