おつかい
リクトエルさんの店からの帰り際、ついでにと届け物を頼まれてしまった。渡された地図はどう見ても家とは反対方向だ。ついでとは一体なんなのか。
ま、脚の悪いリクトエルさんにとっては街の中といっても大変だろうから、心優しい俺は素直に引き受けてあげた次第である。
「フフ、随分と嫌そうな顔をされてたじゃないですか」
ゲフン、ゲフン。ソウデシタッケ?
「しっかし、びっくりしたよなぁ」
「そうですね」
まさかリクトエルさんがエルフだったなんてな。
それとなく仲間へはエルフであることを明かしたほうがいいというアドバイスをされたけど、果たしてどうするべきか。エルフは珍しいので不要なトラブルを回避したいという理由で秘密にしているだけなので、どうしても秘密を守り続けなければいけないということもない。それよりも秘すべきことはたくさんあるし。邪神とか、邪神とか、邪神とか。モナはともかく、フッサはミトと同じく眷属化していることもあるしこの先も一緒にいることはほぼ確実だろう。
俺としては紫電の一撃内ではエルフであることを公表しても構わないんじゃないかとは思っている。
万が一、魔道具のイヤーカフが外れてしまった場合にエルフであることに動揺して足並みが乱れるという可能性を考えれば、むしろ公表したほうがいいのかもしれないな。
「ミトはどうしたい?」
俺の問いに思案顔のまま歩くミト。
「組織との繋がりという面では、末席の巫女がエルフであることは魔道具が組織から支給されていることからも一部の者しか知らないはずです。なので、エルフということで怪しまれるということはないとは思いますが…」
ま、邪神を崇める組織は結構広く活動しているって言っていたし、恐らくこの街にも関係者くらいはいるはずだ。それなりに目立ってしまっている俺達だけど今のところ組織からの干渉もないし、組織関連はあまり気にしなくてもいいかもしれないな。
デズラゴスの一件があった後、しばらくは警戒していたけどそれも徒労に終わったし。
「モナとフッサへは伝えてもいいかもしれませんね」
「そっか」
ミトがそう考えるなら俺に止める理由はない。今晩の夕食時にでも伝えようか。二人の驚く顔が今から楽しみだな。
そんな話をしながら街を歩き続けやって来たのは何の変哲もない住宅街。所々に商店はあるものの、一帯の建物の多くは住居として使われている。シエイラの街の一般家庭、いわゆる中流階級の住む区画といえばわかりやすいかな。近くには小さいけれど公園もあったりする。
その公園を目印に脇道へ曲がり、お目当てのお宅を見つける。呼び鈴の魔道具は見当たらないのでドアノッカーを鳴らす。
「セレラさーん、お届け物でーす」
ふと思ったけど、これって低ランク冒険者の依頼でありがちな配達クエストじゃないか?
腰から剣をぶら下げた子供の俺。知らない人から見れば低ランク冒険者が配達依頼を受けているように見られそうだな。
「はーい! 今行きますねー!」
リクトエルさんの頼まれごとだからか、勝手に届け先も老人だと思っていたけど、聞こえてきたのは張りのある若々しい声。
ガチャと勢いよく玄関の扉を開けたのは、掃除の最中だったの肩にかかるくらいの金髪をバンダナでまとめエプロンの腰ひもにハタキを差した、まだ少し幼さの残る女性だった。
「えーっと、セレラさんですか?」
「ええ、そうよ」
相手が子供だからか、中腰で優しくそう答えてくれた。大きめに開いた胸元が目の前に。立派なものをお持ちのようで眼福である。
「…リクトエルさんからのお届け物です」
一瞬、そう一瞬だけ正面に視線を向けてから、俺がそう言って差し出したのは蔓を編み込んで作られたバスケット。中には厚手の布が敷かれ、液体やクリーム状のなにかが詰められたビンがいくつか入っている。
「わーっ! 待ってたのよー」
俺からバスケットを受け取ると今にも踊り出しそうな、というか最早ステップを踏んでいるんじゃないかとばかりに喜んでいる。一体中身はなんなんだろう?
「おっと、ごめんなさいね。配達証明書にサインしなくちゃね」
配達証明書とは冒険者が配達依頼を受けた際に、中身を盗んだりしないように、また受け取り手が受け取っていないと嘘をつき冒険者を貶めたりしないようにするために受取人がサインをする冒険者プレートサイズの証明書のこと。今回俺たちは依頼を受けてきたわけじゃないから、もちろんそんなものはない。だけど一筆貰っておいた方が間違いはないかな。
「今回は個人的にリクトエルさんから頼まれただけなんで配達証明書はないんです。これにサインだけいただけますか?」
とりあえず鞄に入っていたメモ帳にサインをもらう。
「あら? そうなのね」
ちょっと意外そうな顔で俺からメモ帳を受け取るとさらさらとサインを書いてくれた。内容を確認すると「化粧品一式受け取りました セレラ」と書いてある。どうやらお届け物の中身は化粧品だったらしい。
「それじゃあ、これで失礼します」
「ええ、ご苦労様!」
ガチャと閉められたドアの向こうからは愉快な鼻歌が聞こえてきた。余程嬉しかったのだろう。
「リクトエルさんって化粧品も作っているんだね」
後ろにいるミトに話しかけたのだが、いつの間にか彼女の姿は消えていた。
「あれ?」
眷属化スキルの効果の一つ、「眷属の位置を把握することが出来る」を発動してみると、すぐそこの建物の角にいるみたいだ。少しだけ肩が見切れているので間違いないだろう。
俺も移動してどうしたのか尋ねる。セレラさんとの会話の流れを思い返すと、扉が開いた時にはミトはいなかったのか?
「あのお宅、組織の関係者です」
え? マジで?
俺の質問に返って来たのは驚きの返事だった。そういえば組織の関係している場所には何か目印があるって開拓所に初めて立ち入ったときに言っていたっけな。
あの組織には思うところがあるからな、壊滅させることは俺の中では決まっている。セレラさん…、化粧品を受け取って喜んでいるところ悪いけど消えてもらうか?
すっと剣に手を伸ばす。
「あ、あの、先ほどの女性が関係者かどうかはわかりません。あのお宅にいる誰かが関係者であるということしかまだわからないので…」
おっと、いけない。無辜の民を害してしまうところだった。
「もちろん彼女が関係者という可能性も…」
やっぱり処すか?
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