殴り合い
「アプレア、くれぐれもやりすぎないようにな」
「はんっ、わかってるよ」
目の前でそんなやり取りをされると、どうも俺が見くびられているみたいで腹立たしものがある。少しだけムカっとするが、まあいい。俺の実力、見せて差し上げましょう。
「それでは、始め!」
その合図とともに全身に魔力を巡らせ身体能力を強化。そして反応を高めるため、自分の周囲数メートルに薄く魔力を展開。これで例え死角に移動されても対処ができる。いつものように美しいまでに滑らかな魔力操作である。
黒騎士モードの時はもっと広範囲に展開して探知に応用したりするけど、素の状態じゃ魔力消費が激しいのでいくらなんでも手合わせくらいではそこまではしない。
アプレアさんも込める魔力こそ多くは無いが身体強化をしたのが魔力の流れでわかる。コージも魔力の扱いは中々上手だったし、彼女の教えの賜物だろう。
ニヤリと口角が上がったように見えた次の瞬間、彼女の姿がぶれる。素人目にはまるでその場から姿を消したように見えただろう。
バチンという、とても人同士の接触で鳴るような音量ではない音が広場に響く。魔力で強化されているはずの俺の右手にわずかに残る痺れ。回り込んできた彼女の左足の攻撃を防いだだけ。それなのに俺たちの周囲に砂埃が巻き上がるほどの衝撃だ。
彼女の一撃を受け止めた俺に何かを言いかけたアプレアさんだったが、そんな余裕をあげるつもりはない。お返しに左腕に力を込めて渾身のストレートを腹部目掛けて放つ。だが体を捻った彼女には当たらない。
それはこちらも織り込み済みだよ!
左足を斜め前に出し重心を移動。体を回転させ足の裏で無防備な腹を再び狙う。
しかし俺のソバットは彼女の両手によって弾かれてしまった。力の流れを生かして互いに距離をとる。手合わせ前に立っていた場所が丁度入れ替わる。
「今の蹴りで終わらせようかと思ったんだけ…」
なにか言っているが戦いの最中の会話なんて隙にしかならない。今度はこちらの番とばかりに大地を蹴り上げ、速度を乗せた右ストレートを彼女の腹に打ち込んだ。
なんだか先ほどから腹部ばかり狙っているが、身長差があるから仕方ない。別に内臓破壊を狙っているわけではないんだけどね。
広場に響く鈍い音。腹に打ち込んだ俺の右手は受け止められてしまった。ミシリ、そんな音が鳴りそうなほど強く握られた俺の拳。
「親から人の話は最後まで聞きなさいって教わらなかったのかい?」
人の話も聞かずに勝手に戦うことを決めるような人に言われたくはないんですけど。
折角掴んで支えてくれているので、それを利用し足を蹴り上げ股間を強打。男だったら悶絶ものの一撃だ。
「つっ!」
その痛みに耐えかねたのか俺の拳を放して、咄嗟に股間を庇い、やや内股になるアプレアさん。
「戦いの最中におしゃべりするなって教わらなかったんですか?」
うぇーい、嫌味のカウンターもばっちり決まったぜ。
「あ、あんたねぇ」
眉間にしわを寄せて眉を吊り上げたその表情、戦う直前の不敵な笑みは何処へいったのやら。
そこからは拳の応酬だ。
どちらかが仕掛けても往なされるか、受け止められるか、避けられるか。攻撃が入ったように見えても衝撃を受け流したり、最小限のダメージになるように攻撃ずらされたり。
しかしお互いに無傷とはいかず、徐々にダメージを蓄積していく。
これが誰も見ていない状態で魔物相手だったら、光魔法で回復しながら戦えるんだけどなぁ。いや、その前に魔法ありならもっと早く勝敗は決しているか。
俺達の戦いを見つめている人たちは皆声も出さず、真剣な目でその行方を見守っている。
「ハハハ、アハハハッ!」
静寂を引き裂くように急に笑いだしたアプレアさん。なんだ、どうした? やばいお薬でもやってるのか?
「いやぁ、参ったね。まさかこれほどとはね。確かにあんたは強い」
せやろ。
「だけど、気に入らないねぇ! あんたまだ何か隠しているんじゃないか?」
笑い顔から一変、真剣な眼差しで俺を見つめる。そりゃあ本来は剣術メインで戦っていますから。えっ? そうじゃない?
「その隠している力、是非拝ませてもらおうじゃないか!」
フゥ、と深呼吸をした彼女の両手足に更に魔力が込められる。先ほどまでの微量な魔力ではない。かなり強い魔力、…だが何かおかしい。
バチバチと爆ぜるような魔力。
今まで感じたことのない魔力だ。何かの属性が付与されているのでもない、だが単なる魔力でもない。
その魔力の特異性は気になるところだが、今はまだ戦いの最中。油断はできない。どんな動きにも対応できるように身体強化に費やす魔力を増やして身を構える。周囲に展開していた魔力も広場全体を覆うように広げる。
油断なく彼女を警戒していた俺。しかし、瞬きをした次の瞬間には彼女が俺のすぐ前に。
なに!
咄嗟に両腕をクロスし、来るべき衝撃に備えた俺をまるで爆弾でも爆発したかのような衝撃が襲う。
バァンと甲高い衝突音とともに訪れたその衝撃で数メートル程吹き飛ばされる。何とか着地で体勢は立て直したものの次の攻撃には備えられない。
しまった!
内心かなり焦った俺だったが、二発目の攻撃は来なかった。
先ほどまで俺が立っていた場所には数人の獣人によって組み伏せられたアプレアさん。
「馬鹿者がぁ! 一体何を考えておる!」
組み伏せていた数人のうちの一人。長であるフォルトさんが般若のような怒り顔で怒鳴りつけている。
始まる大説教。いつもならその様子を嬉々として見学するのだが、俺の頭の中では先ほどの攻撃が頭から離れなかった。
まるで魔力自体が弾けたような衝撃。魔法ではない。スキルか?
でもなんだろう。何かがひっかかる。
魔力の性質を操作?
「すまぬ、こいつは歯止めが効かない時があってな…」
考えに耽る俺だったが長に話しかけられて、意識が現実に引き戻される。
「いえ、だいじょ…」
そう答えようとした時だった。周囲に展開していた魔力、俺の頭上に強力な魔力の反応が突如現れる。
俺、レイブン・ユークァルの立っていた場所に降り注ぐ灼熱の光線。その眩いレーザービームのような一撃をまともに喰らえば人の身なんて一瞬で蒸発してしまうだろう。
「きゃぁあああああ」
見物人たちの悲鳴が上がる。その中でもミトの悲壮な叫び声がやけに俺の耳に響く。
そりゃそうだ。
だって隣にいるもの。
「あっぶな…」
「主様!」
「レイブン!」
「主殿!」
俺の無事に安堵の声を上げる紫電の一撃の面々。
超速で移動し、難を逃れた俺。いやぁ、今のは危なかったね。アプレアさんの攻撃に備えて魔力の展開範囲を広げていたのが役に立った。
俺を襲った光線、その犯人を確かめようと光線が降って来た頭上を見上げると、翼を広げた形の影がどんどんと大きくなってくる。
蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う獣人達。
先ほどまで太陽の光に照らされた広場は、頭上からやって来たそれの影で覆われてしまった。
五十メートルはあるだろう巨大な怪鳥。
「ガ、ガルラ」
逃げ遅れた獣人がその姿を間近にみて腰を抜かす。
「ガルラ?」
「うむ、数年に一度目撃例がある魔物だ。Aランクに分類される魔物だが、この辺りには生息していない魔物だ。ホワイトボアを捕食するために遠く離れた地からこの地にやってくるという話だ。非常に視力が良く、超高度からホワイトボアを狙うだけで集落に被害があったという話は聞いたことがないのだが…」
俺のその声に武器を構えたフッサが説明してくれる。
なるほど、なるほど。超高度からの超視力、ね。
俺は加護の効果を思い出す。
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邪神の恨み
・魔物に襲われやすくなる。魔物に視認されると執拗に狙われる。
・闇系統の魔法適性に補正。威力増。消費魔力減。魔力操作補正。闇魔法を極めると邪道魔法を解放。
・毒物の効果時間増加。あらゆる毒物の効果時間が二倍となる。
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…すんません、俺のせいですね。
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