姉弟子

「ピーニャが目を覚ましたそうです!」


 その報せを持ってきたのは長の息子さん。長に薬類を渡したすぐ後のことだ。


 長の家を後にし、昨夜ぶりに訪れた彼女の寝室。ベッドの上で身体を起こし、泣きながら抱き着いているロウタを宥めているピーニャ。そして、それを見守る父親のタチャヤさんと母親のニペロナさん。何とも微笑ましい光景だ。


「長! それに皆さんも! この度は本当に、本当にありがとうございました!」


 入室した俺たちに気が付いたご両親が頭を下げる。


「ピーニャ、こちらの方々がフッサのお仲間の皆さんだ」

「あ、あの、ありがとうございます。皆さんが持ってきてくれた薬のおかげだと父ちゃ、父と母から聞きました。フッサ兄ちゃんもありがとう」

「うむ」

「僕が、僕がフッサ兄ちゃんを呼んできたんだよ!」


 先ほどまで泣きじゃくていたロウタが、自分の手柄とばかりにそう言う姿は何とも可愛らしいものがある。その頭を優しくなでるピーニャ。モフモフ尊い。


「ワシも回復魔法をかけ続けたんじゃがな…」


 俺の隣ではタチャヤさん一家には聞こえないくらいの声量で呟く長が。ドンマイ!


 話を聞くと特に体に違和感は無いようなので、心配することも無さそうだ。まだピーニャは目覚めたばかり、あまり長居しても迷惑だろうと辞去しようとしたのだが。


「ピーニャ! ああ、良かった。…タチャヤもニペロナもすまない、うちの馬鹿息子のせいで」


 部屋に突入するなり土下座をかます獣人。この人は昨夜コージをボコボコにした人だ。


「そのことはもういいと言っただろう。怪我をしたのはこの子が勝手にコージについて行ったからだ、それにコージはロウタの願いを叶えようと狩りに出たのだ」

「でも!」

「子供は皆集落の子よ。あなただけの責任ではないわ」

「すまない…。おい、コージっ! あんたもこっち来て頭を下げるんだよ!」


 その声でドアから現れたのは松葉づえをついたミイラ男、いやコージだ。包帯の隙間からは毛色は白と茶の二色が覗く。…これってピーニャよりも重傷なんじゃないか?


「ピーニャ…、ごめんっ。俺のせいで…」

「う、うん。それよりもコージの方がボロボロだけど、だ、大丈夫?」


 その姿が魔物のせいではないことを知っている俺たちはドン引きだ。


「こいつにはきちんと言い聞かせておいたから」


 言い聞かせた(物理)ですね。


「フッサも悪かったね」


 土下座スタイルから立ち上がった彼女はフッサの肩を軽くポンっと叩く。随分とフランクな感じだな。


「ワシも…」


 もはや空気になった長。その呟きは隣に立つ俺も聞き取るのが難しいほど小さくなってしまった。皆に無視をされた長の心の中で高まる闇の波動。これが世界を覆う日がくるなんて、この時の俺は思いもしなかった…。なんつって。


「あんた達もこんな辺鄙なところまですまなかったね。あたしがあの場を離れた後、爺どもがいちゃもんつけたって聞いたよ。あたしがいたらわざわざ来てくれた客人に無礼を働く老害なんてぶっ飛ばしてやったんだけどね。獣人が全部あんな奴らじゃないんだ」

「えーっと、あなたは?」

「おっと、挨拶がまだだったね。あたしはアプレア。そこの馬鹿息子の母親だよ。フッサとは同じ師匠の元で研鑽を積んだ仲でもある。まぁよろしく頼むよ」

「といっても、我が師匠の下に弟子入りした時はまだ幼く、基本の型などはアプレアから習ったのだがな」


 フッサがそう補足する。


「あたしはモナ、この中ではフッサとの仲は一番長いかな」


 モナが挨拶し握手をする。モナ、ミト、フッサ、俺の順に並んでいるのでミトも続いて自己紹介をし、フッサを飛ばして俺の番だ。


「レイブンです。えーっと…」


 主殿、なんて呼ばれていることを伝えたほうがいいのかな。でもなんて言ったらいいんだ? 軽く流してみるか? いや、フッサの主でーす☆なんて自己紹介、頭おかしい奴だと思われるよな。


「あんたか、話は聞いてるよ」


 不敵な笑みのアプレアさん。差し出された手を握ろうとしたのだが、フッサが彼女の手首を掴んだ。


「どういうつもりだ?」

「なにが?」

「先ほどはお歴々の無礼を咎めたのに随分だな、我が主に向けられた害意に気が付かぬとでも思ったか」


 うん? なんだ? 二人の間だけでわかる何かがあったのか? 少なくとも俺は何も感じなかったぞ。


「はいはい、悪かったよ。あんたが主なんていう子どもがどんなもんかって気になったんだよ」


 両手上げて降参ポーズをとり、ペロリと舌を出して誤魔化すような表情。フッサも怒っているというよりはいたずらを咎める雰囲気だし、長をはじめタチャヤさん達もこのやり取りを見ても心配をする感じはない。


 俺も今のはスルーしたほうがいいかな。とはいっても俺だけ握手をしてないのもなんだか除け者みたいで嫌だな。よし、俺から手を差し出すか。


「俺、フッサに認められるくらいにはちゃんと強いですよ」


 自分でもなんでそんなことを言ったのかわからないが、場のノリ、というやつかな。フッサの姉弟子ってことだし、可愛い弟弟子の「主殿」が強者であることは俺の口から言った方がいいかな、と思ったからだ。


「へぇ、こいつはなかなか気概があるね」


 固い握手を交わす俺とアプレアさん。結構強めに握ってくるが俺のステータスの前では全然効かないぜ! 俺も強めに握り返す。それを受けたアプレアさんは凶暴な笑みを浮かべた。


「よしっ! それじゃあ一勝負しようじゃないか。タチャヤ、コージは置いていくから煮るなり焼くなり好きにしていいからね」

「えっ? ちょ、ちょっと」


 何故か彼女の中で俺との手合わせが決まってしまったのだ。


 …。おかしいなぁ。


 そして連れてこられたのは集落の中心にある広場。どこから話が広まったのか、あれよあれよと人が集まって来た。煮るなり焼くなり好きにしろと言われたコージや、目が覚めたばかりのピーニャ。昨夜俺たちにいちゃもんをつけてきた老獣人の集団もいる。


 ここまでの移動中に聞いた話だとアプレアさんはこの集落でも指折りの実力者だそう。フッサの師匠とやらは既に他界し、今では集落の子供たちへの武術の指導や集落近くに現れた魔物の討伐なども引き受けているそうだ。


 そしてフッサも獣人の中でも選ばれた者しか使えない獣化スキルを持ち、外の世界で活躍する冒険者として知られている。そのフッサが「主」と認めた人族の子供ということで俺への注目度も抜群だ。やったね。


「両者、用意はいいか?」


 向かい合う俺とアプレアさん。その間にいるのは長の息子さんだ。あくまで手合わせということで、俺たち、というかアプレアさんがやりすぎないように審判を買って出てくれた。


「いいのかい?」

「ええ、条件は同じ方がいいでしょ」


 アプレアさんが徒手空拳の使い手ということで俺もそれに合わせることにした。


 フェアプレー精神? 


 ノンノン。これを機に体術スキルのレベルが上がらないかと微かな希望を抱いているからだ。なんだかんだ体術スキルもレベル五だし、レベルマックスの武術スキルもある、いい勝負ができるんじゃないかな。


 素の状態でもそれなりに高い値の魔力を持つ俺。魔力が高いということはその分身体強化に注げるリソースがあるってことだ。獣人は素の身体能力が高いが魔力が少ないのが一般的、つまり俺が不利な要素なんてないってこと。この勝負、ヨユーヨユー。


 フッサは俺達と出会ったときは斧を使っていたし、今はゴブリンキングが使っていた大剣とそのパワーを生かした戦い方だ。だが話を聞く限りでは彼女は獣人として力だけじゃない、速さにしなやかさ等、獣人としての能力を使いこなした戦い方らしい。


 さぁ、楽しませてもらおうじゃないか。

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