迷い
ピーニャの容態が安定したのを確認した俺たち。今日はもう遅いからと長であるフォルトさん宅で休ませてもらうことになった。フッサの両親は既に他界していて集落に帰る家はもうないということだったので彼も一緒だ。
ガサゴソと誰かが動く気配。何かの夢を見ていた気がするが、瞬きを数回するうちにそれは記憶の彼方へ消えていってしまった。閉じられた雨戸の隙間から淡い光が漏れている。もう朝のようだ。
「む、すまぬ。起こしてしまったか」
気配の正体はフッサだった。といっても彼が勝手に部屋に入って来たのではなく、俺とフッサは同じ部屋で寝ていたのだ。尚、ミトとモナは隣の部屋で寝ている。長の家にある来客用の部屋。ベッドが二つ置かれただけの部屋だが、探索明けで長時間の移動をした俺は思っていた以上に疲労が溜まっていたのか、随分ぐっすりと眠ることができた。
「いや、十分に眠れたよ。それよりもどこかへ行こうとしていたみたいだけど」
「うむ、両親の墓参りに行こうかと思ってな」
「フッサのご両親って」
「うむ、我の両親はこの村の狩人だったのだが、我が幼い時に魔物に襲われて帰らぬ人となった」
経緯はともかく眷属化(解除不能)にしてしまった俺もご両親の墓標にご挨拶をさせてもらおうと、フッサに同行させてもらうことにした。長の奥さんと息子さん夫婦が朝食の準備中だったので、まだ寝ているであろうミトとモナへの言付けを頼み、ご両親のお墓があるという集落の外れに向かった。
タチャヤさん宅や長の家もそうだったが集落の家には灯りの魔道具は普及していないようで松明やランプ、蝋燭による照明がメインだった。そのためか獣人の皆さんは陽が昇り始めると活動するようで、まだ明け方だというのに幾人かの獣人とすれ違う。
俺のことを興味深そうに見る人、すれ違いざまに悪態をつく人、遠巻きに見ては近所の人と何やら話し合う人。反応は様々だが、人族に対するあからさまな嫌悪感を出す人は僅かで、よそ者に対する排他的な感情を示している人の方が多いように感じる。どちらにしても居心地が悪いのは変わりないけど。こりゃあ、集落にはあまり長居しないほうがいいかな。
人族である俺に対する態度はわかるけど、一緒にいるフッサにも文句を言う人がいるのは理解できないな。
フッサの話では、彼が冒険者をやっているのはその稼ぎをこの集落に仕送りするためということだ。命の危険もある冒険者をやってまで集落に尽くしているフッサへの敬意ってもんが足りないよ。
こんな環境じゃあ、人族との対立が無かったとしても若い人この地を離れていくんじゃないかな。
やがて俺たちは大小さまざまな石が立てられている小高い丘へやってきた。
辺りの草は刈り取られ、いくつかの石の前には、まだ置かれて間もない花が供えられているものもある。
「ここだ」
周囲の石と比べても何の変哲も無い、俺の腰と同じくらいの石。誰かの名前が刻まれているわけでもない。
「墓と言ってもここに遺体はない」
「えっ?」
ってことは魔物に襲われてそのまま…。
「む、誤解を生んでしまったようだな。この集落では遺体を荼毘に付した後、遺灰は集落周辺に撒かれるのがしきたりだ。ここには我の両親の毛が一房ずつ埋葬してあるだけだ。獣人の死後、その体毛に残った匂いは強くなり十数年ほど匂いは残ったままだ」
なるほど、フッサは自分の親の遺された匂いで墓を判別していたのか。懐から木の筒を取り出し中に入っていた透明な液体を墓石にかける。匂いからして酒かな。
「その匂いがなくなるとその魂は神の元へ旅立たれたとされ、墓も他の死者のものとなる」
神の元、ねぇ。獣人族が進化と発展の神として信仰する某邪神さんはもう存在しない。果たしてその魂は何処へ向かうのか。
俺自身が転生をしているので魂の存在はほぼ確定的だ。
死した者の魂の行方。聖神教が信仰する神々の元なのか、俺を転生させた邪神が眷属だという死と再生の神の元か、はたまた別の何処かに向かうのか。
酒をかけ終わると片膝をつき、両手を合わせ祈るように目を瞑るフッサを真似して、俺も同様の仕草をとり祈りを捧げる。
お宅の息子さんを眷属にしてしまいました、ごめんなさい、と。
「父も母も優秀な狩人であるとともに立派な戦士であった。集落を守るためにその身を犠牲にした両親を我は誇りに思う。だからこそ冒険者となりこの集落を守る決意をしたのだが…。主殿、いや人族であるというだけであのような態度をとるこの集落を、我はこれからも守るべきなのか、少々疑問を感じてしまってな。両親の元に来れば迷いが晴れるかと思ったのだが…」
祈る姿勢を解き、立ち上がったフッサは振り返る。俺も同様に振り返るとこの丘からは集落全体が見渡せるようになっていた。長閑なのにどこか寂しげな集落の全景。それは季節がら緑が乏しいだからではないだろう。
「ただ単に金銭的な援助をするだけでは、この集落は何も変わらない、いや衰退する一方なのかもしれぬ。長をはじめ人族と和解を唱える方もいる。人族でも冒険者のように獣人である我とも肩を並べて酒を飲む者もいる。主殿の故郷では獣人であろうとも人族であろうとも変わらない生活を送っているとも言っていたな…」
日が昇りこの丘全体を照らす。
「守るとは一体何なのであろうな」
「フッサ…」
「すまぬ、つまらぬ話をしてしまったな。主殿にするような話ではなかったか」
珍しく多くのことを語ったフッサ。その後はいつもの無口な彼に戻ってしまい、沈黙のまま長の家への帰路につくことになった。
長の家で黙って外出したことを女性陣二人に軽く責められながら、用意してもらった朝食を頂いた。用意していただいた分際でいうのもなんだが、ふかし芋と塩味のスープという簡素なもの。先ほど集落内を歩いた感じ、いくつかある畑は人が足りないのか手入れをされず放置されたままのものもあった。
うーむ。
俺Sugeeeee! って感じの主人公なら植物魔法で食糧事情改善、更には特産品も作っちゃって獣人の集落に繁栄を、なんて流れなんだろうけどさ。
仮に俺やミトの植物魔法で農業を支援しても、それは一時的なもの。魔法が得意ではない獣人がその状態を維持し続けることは不可能だ。それに人族である俺達の手助けというだけで諍いを生むのは目に見えている。正確に言えば人族に偽装しているだけでミトはエルフだけどね。
表面的な問題を解決してもこの集落の根深い問題の解決にはならないだろう。
「━━━、主様? 主様聞いてましたか?」
「え?」
「ったく、うちのお坊ちゃんはお腹いっぱいで眠たくなっちゃったんでちゅかねぇ」
むっ、子供扱いするんじゃな…、いや、子供っだったわ。
「ごめん、ボーっとしてた」
「あたし達が持ってきた薬や薬草は全部置いていってもいいよな? って話。レイブン、あんたがうちの会計担当なんだから、あんたが決めてくれなきゃ」
「あ、あぁ。もちろん。そのために持ってきたんだし」
「ということですのでこちらはお納めください」
いつの間にかテーブルの上に置かれた薬や薬草類。これにも気が付かないくらいに考え込んでしまったみたいだ。
「感謝いたします、この集落でも薬草は栽培しているのですがこの季節は生育が悪く、あまり蓄えも無い為街から買うことも出来ないので、どうしたものかと思っていたところです。ピーニャの件も含め、皆さま方には大変お世話になりました」
深々と頭を下げる長のフォルトさん。
何か俺に出来ることがあればいいんだけどな。
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