老害の妨害
なんとコージとロウタは集落の大人たちに黙って出てきていたらしい。シエイラは近いと言っても俺たちが身体強化で移動して数時間はかかる程には距離がある。少なくとも「ちょっとそこまでいってきます」なんて気軽に移動できる距離ではない。道中には魔物もいるし。
そしてコージに見事な鉄拳制裁を加えたのはコージの実の母だった。いくら子供はみんな集落の子、なんていったところで実の親子の縁が切れるわけではないからな。
よろよろと立ち上がったコージは更に追撃を加えられ、もはや襤褸切れ状態だ。
あの動き、できるな。
「黙ってないでなんとか言いなさい!」
いや、もう意識ないんじゃないかな? 胸倉をつかみ揺さぶっているけど、泡吹いていませんかね?
「ロウタ!」
おっと、こっちはこっちでロウタが獣人に抱きしめられている。殴られたりしていないから、あの鉄拳制裁は獣人独特というよりもコージ親子独自のものなのかな。
首元を掴まれたコージはそのまま仰向けで引きずられていった。サヨウナラ。
「あ、あの」
俺が心の中で合掌をしているとロウタを抱き抱えた灰色の毛並みの獣人が話しかけてきた。横にはフッサもいる。
「この度は我が子らをお連れ頂きありがとうございました。皆さまのことはフッサから簡単に説明を受けました。ピーニャのためにわざわざお越しくださったそうで…」
「この人はロウタとピーニャの父のタチャヤだ」
「レイブンです。いくらか薬を持ってきましたので…」
とりあえずはピーニャの容態を確認させてもらおうとしたのだが。
「人族が何をしに来た!」
「ここは我ら獣人の住むところ、人族は帰れ!」
今度は数人の獣人たちが集団でやって来た。全員歳を取っている獣人なのか白髪が目立ちヒゲも白い。集団の中央にいる人物は杖をつきながら歩いていて、その中でも特に老けている。
「フッサよ、何故人族を連れてきた。我らが憎き人族に受けてきた数々の仕打ち、お主もよくわかっているだろう。人族さえいなければこの地は我ら獣人族のものだったのだ。これ以上この地を汚すつもりか!」
しわがれた声のその人物は俺たちを一瞥するとフッサに非難の声を向けた。
なんだかなぁ。こういうやつに鉄拳制裁をすればいいのに。人族に対して否定的な感情を持つのはわかるけど、理由も聞かずに追い返そうとするなんて愚かでしかないよな。がちがちに凝り固まった価値観で本人たちは自分たちの愚かさには気が付かないんだろうな。
「どうする? この人達がここを取り仕切っているのなら無理に入る気はないけど」
俺のそんな発言にタチャヤさんは尻尾をダランと下げ、しょんぼりとした表情になってしまった。
安心しなさい。別に助けないとは言っていないから。俺だって事を荒立てたいわけじゃないからね、俺たちが集落に入っても問題ないのか確認したいだけだよ。
「む、いや、集落として人族の立ち入りを拒否しているということはない。実際、行商人が来ることもある。それに彼らがこの集落を取り仕切っているかといえば否だ。確かに発言力はあるが集落の長は別にいる」
「じゃあ無視してもいい?」
「うむ、主殿が相手にしないというならば問題はない」
「お、おい、今なんといった!? フッサ! この人族の子供のことを主と言ったのか!」
フッサの発言に耳ざとく反応した取り巻きが騒ぎ出してしまった。それを聞いた一番偉そうな爺さんが杖をこちらに向け、カッと目を見開いた。
「どういうことじゃ! 貴様、人族を主とするとはどういうつもりじゃ! 気高き我ら獣人の心までも人族に売り払ったのか。だからワシは集落の外に行くことには反対だったのじゃ!」
唾をまき散らしながら喚く爺さん。あぁ、もう面倒だな。
「主殿、こちらへ」
老人たちに何を思っているのかわからないがフッサは特に反論はしない。喚いている老人たちを無視して進み始めた。
「ええいっ! 聞いておるのか! おいっ、人族を止めろ!」
駆け寄って来た年老いた獣人達だが、彼らはすぐにその歩みを止める。突如獣化スキルで巨大な獣となったフッサがいちゃもんをつけてきた獣人達をひと睨みしたからだ。
「フッサ?」
「主殿、我の背に」
主殿の部分をやけに強調し、伏せの姿勢をとった彼の言葉には有無を言わせないものがあった。
「お、おう…」
フッサの背に乗った俺の視界は随分と高くなり、今まで見上げていた獣人達のことを見下ろす形となった。ちょっといい気分だぜ。
獣化したフッサの迫力に恐れをなしたのか、それ以上は妨害を受けることは無かった。真夜中なのだが騒ぎを聞きつけた獣人達が集落を進む俺たちを遠巻きに見ている。中には獣化スキルを見たことが無かった人もいたのか「あれが獣化か」という言葉も聞こえてきた。獣化スキル、思っていた以上に珍しいものなのかな。
「こちらです」
獣人達の家は平屋建てだが人族の家よりも少し大きい。俺たちが転移してきた大森林があるからか木製の家屋で、屋根は藁なのでどことなく日本の古い建物のような雰囲気だ。小柄な日本人の住んでいた家屋と大きさは全然違うけど。
家に入った俺達が案内された部屋ではロウタと同じ白色の毛の獣人がベッドに寝かされていた。あれがピーニャって子だろう。苦しそうな表情の彼女の横には心配そうに見つめる獣人がいる。こちらも同じく白色の体毛に覆われているので母親かな?
そして寝かされた獣人の手を握り、微弱ながらも魔力を流している年老いた獣人。人族である俺達を見ても動揺せずに魔力を流し続けている。
「少し待て」
そう言って彼の魔法行使を待つこと一分程度、苦しそうにしていた彼女の表情は幾分か落ち着いたものになった。
「外のことは大体聞こえていた。一族の者の無礼を許してほしい」
そう言って頭を下げる老獣人。集落の入り口からは結構離れていたと思ったけど耳がいいのか、はたまたスキルなのか、一連の出来事を把握しているようだ。
「長、頭をお上げください。我が少々強引に事を進めてしまったのがいけないのです」
慌てた声でフッサがそう言った。この人が長なのか。さっきの老害連中とは随分態度が違うな。
「いえ、こちらこそ夜分に突然お邪魔してしまったので。お騒がせして申し訳ありません」
俺も大人の対応で返すが、謝意を込めているわけではない。ま、これでおあいこ、お互い気にしないでいきましょうという意味を込めた言葉だ。
「なるほど…」
「何か?」
その言葉の後、やたらと俺のことをジロジロと見つめてくる長だったが、何か納得したような顔でフッサを見て一言。
「良き出会いに恵まれたようじゃな」
短いながらもやさしさに満ちた言葉。その言葉を受けたフッサの尻尾はゆさゆさと大きく揺れている。嬉しそうでなにより。
それから一通りの挨拶をした俺達とタチャヤさん一家と長。やはりベッド脇にいた人が母親でニペロナさんという。そして長はフォルトと名乗った。フォルトさんはこの集落で唯一の回復魔法の使い手だが魔力量が少なく、その効果は低級の回復薬と同じくらいだそう。しかし予備の薬も使い果たしたこの集落に残された最後の治療手段。休み休みピーニャに魔法をかけ続けていたらしい。
ピーニャの容態を確認したミトとモナ。何やら二人で話した後、鞄から一本のガラス瓶を取り出した。
「失礼します、とりあえずこれを」
ガラス瓶に入った液状の薬を匙に注ぎそれを飲ませるミト。これは外傷を直し体力の回復もする薬だったっけな。光魔法があるからという理由で俺は回復薬の知識は疎く、薬品関係はミトに管理を丸投げしているので詳しい効能はわからない。
大体の傷なんてこっそり光魔法かけて治しちゃってるからね。
薬を飲み込んだピーニャから苦しそうな息遣いは消え、安らかな寝息を立て始めた。どうやら俺が光魔法を使う必要はなさそうだな。
「おおっ」
「凄い、こんなに早く効き目が…」
薬の効果に驚いたのかタチャヤさん達が感嘆の声を上げる。
「毎食後匙一杯をこの瓶が空になるまでお飲みください。ホワイトボアは毒を持っていませんし、軽い感染症があってもこのお薬を飲み続ければ治りますのでご安心を」
そういって持っていた薬をニペロナさんにミトが渡す。これにて一件落着かな。
「こ、こんな高価なもの…、あ、ありがとうございます!」
「お気になさらず。私、薬師のスキルを持っていますし、薬草も自家栽培しておりますので」
どうやらあの薬は自家製だったらしい。薬草を庭で育てているのは知っていたが薬まで作っているとは…。有能ミトさん恐るべし。
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