なんだか嫌われているようです
すっかり日も落ちて、夜空には二つの月と幾千もの星が瞬いている。身体強化とミトの風魔法による移動速度上昇で高速移動中の俺達紫電の一撃と獣人のコージ。ロウタはフッサに抱かれながら移動中だ。
シエイラの街から南南西に向かって進んでいる。開拓所への道中とは違い整備された道はなく、星の位置と景色を道標に草原をひた走っていた。
フッサの獣化スキルで移動すればもっと早く移動できそうなものだけど、どうやらあの獣化スキルで背に乗せるのは主と決めた者か血縁者又は配偶者だけという掟があるんだとか。そもそも獣化スキル自体、獣人の中でも少数の者しか使えないらしくコージも、もちろんロウタも使えない。
コージは十四歳で、一人で狩りに行こうとする程度には戦闘にも長けている。魔力の扱いに疎い獣人族だけどそれなりに滑らかな魔力の扱いだ。ただ使える魔力が微量な為、元来持ち合わせたその優れた身体能力での移動をしていると言った方が彼には合っているだろう。
雪こそ降ってはいないものの、かなり冷え込んでいる中の移動だが誰も文句を言わないのは異世界ならではだ。
その毛皮に覆われた体でわかる通り獣人族は寒さには強い。そしてミトは俺の邪気の影響で進化した、温度調節機能付きのローブと彼女自身の風魔法の力で寒さを凌いでいる。俺も生活魔法レベルが五に上がったときに覚えた【暖気】のおかげで自分の周囲を快適な温度に保っている。【涼気】という夏向けの魔法も覚えたのでこれからの生活はかなり快適なものになるだろうと思っている。
そしてモナだが、彼女はスキルや魔法でこういった類の技は使えないが、腰に巻いたベルトにつけたチャーム型の魔道具で一定の温度を保っているらしい。結構高価な魔道具らしいが「こだわりってのは多少金がかかっても貫くもんだろ」とは、いつも薄着で肌の露出の多い服装の彼女の談だ。
「大丈夫? 少し休憩しようか?」
コージの息が乱れてきたので休憩を提案してみる俺氏。某頭痛薬のように半分はやさしさで出来ているに違いないな。
「うるさい! お前に心配される筋合いはない!」
しかし、そのやさしさは彼の気に障ってしまったようだった。
「む、コージよ、我が主殿に向かってなんだその態度は」
「ふんっ!」
フッサが注意するもどうやら更にへそを曲げてしまったようだ。というのもコージがやけに俺に反発するのはこのフッサが原因でもあるからだ。
過去、邪神を進化と発展の神として信仰する獣人族とそれを否定する人族との間で起きた戦争。その結果大陸北部は人族が多く住み、南部は獣人族が多く住むようになった。事実上この大陸の盟主である冒険者ギルドからは種族によって差別をすることは禁じられているものの、未だそれぞれの地域では他種族に対して差別やわだかまりが残っている。
フッサの故郷であるミストフォードが位置する大陸の北側は人族の多い地域。そしてこの辺りで最も大きい都市であるシエイラは戦時中多くの犠牲者が出たとあって特に獣人族への風当たりは強い。
そのシエイラ近くにあるミストフォードでは特に名産品もなく、細々と暮らしていたらしい。しかし近年、若い獣人たちがこぞって南部に移住してしまい働き手が激減。今はフッサのように近隣で冒険者として働いている人たちの支援でどうにか生活を成り立たせているそうだ。
一族毎南部に移住してしまえばいいのに、そう思うのだが先祖代々受け継いだ土地がどうとか、古いしきたりがどうとかでそう簡単な話ではないそうだ。俺も前世では片田舎の由緒正しき家庭に生まれて、その後継ぎとなるべく教育を受けた経験がある。
移住を反対する人達の気持ちもわからんではないしなぁ。
一応この辺りにも貴族がいて、フッサの故郷もその領地だ。あからさまな差別はないけど、働き手が少なくなったからと積極的に支援されることもないらしい。
獣人側も人族の助けなどいらぬ! みたいな感じらしいし。
大人たちの問題でしなくてもいい苦労をするのはいつだって子供だ。ロウタもコージも、そしてフッサが幼い時もそうだったのだろう。だから若い獣人の多くは南部に旅立ってしまうんだろうな。
そんな環境で育ったコージは人族に対してあまりいい感情を抱いていない。シエイラでも薬を探すときに嫌な思いをしたらしいから、彼の人族に対するヘイトはマックス状態だろう。
そんな中、久しぶりに会った尊敬する兄貴分が人族も、しかも子供にへこへこして「主殿」なんて呼んでいるのだから彼の胸中は穏やかではない。
出発時に彼らのしきたりを知らない俺が軽く「獣化して行けば?」なんて言った時のコージの憤慨ぶりといったら、そりゃあもう大変なものだった。
俺が普通の十歳児だったらその態度の理由がわからず、売られた喧嘩は買ってやろうか、なんて思ったかもしれないけど前世の記憶と合わせれば三十歳越えの俺。彼のその反発すら可愛いものだと思えるくらいの懐の深さは持ち合わせている。
「むぅ、おい、コージ! 聞いているのか!」
しかしフッサはそんなコージの態度に納得がいかないのか、拳骨をくらわせた。
「いてっ」
「主殿は我の恩人だ、お前は兄弟の恩人にそんな態度しかとれないのか! それに今回は探索終わりで疲れているところわざ、わざミストフォードまで一緒に来てくれているんだぞ」
「なんだよ、別にこいつがいようがいまいが関係ないだろ! 来るのが嫌ならシエイラに残っていればよかったんだよ」
誰も嫌だなんて一言も言っていないのだが、今そんなことを指摘しても彼の怒りを更に燃え上がらせるだけ。それに彼は俺が光魔法の使い手でピーニャって女の子を助けるキーパーソンだってことは知らない。彼からしたら俺がついてくる必要性がないと考えてしまうのは仕方がない。大人な俺は広い心で彼を見守ってあげようではないか。
「フッサ兄ちゃんは変わっちゃったよ! こんなパッとしない顔の奴のことを主と定めるなんて」
てめぇこの野郎! 誰がパッとしない顔だって!?
…おっと、いけない。くそガキの戯言だ。落ち着け、落ち着くんだ俺。クールにいこう。
それにこの一連の会話でもう一人の眷属さんの怒りのボルテージがぐんぐんと上がっている。これ以上の発言は君の命に関わるかもしれないよ。
あっ、もう遅かったみたいだ。走っている彼が地面をその足で蹴ろうとした瞬間、足元の草がわずかに動き彼の足を引っ掛けた。植物魔法の【草搦】だ。
勢いよく顔面から地面にダイブするコージ。起き上がった彼の鼻からは血がタラリと垂れている。
「あら、やっぱりお疲れのようですね。主様の言う通り少しお休みになられた方がいいのでは? それに比べ主様は息一つ切らしておられないなんて流石ですね」
やめなさい、その発言すら俺へのヘイトを高めているのだと気が付きなさい。
傷の手当という理由でほぼ強制的に休憩をとり、更に移動をすること数時間。日が変わろうかという時間に俺たちはフッサの故郷であるミストフォードに到着した。
家畜用の囲いのような、魔物が出るこの世界ではいささか頼りない塀に囲まれた集落だ。近づく俺たちに気が付いたのか、数人の獣人が松明を持って警戒しているようだ。
間もなく到着、というところで一つの影がこちらに飛び出してきた。
「コージィイイ!」
叫ぶ女性の声。その声を聴いた瞬間、呼ばれた当人の顔は真っ青になった。
獣人ならではの身体能力で一足飛びにこちらに近づき、近づいてきた人物からコージの顔面に突き出された拳。
「こんな時に黙って集落を離れて、一体何を考えてるんだ! こんの馬鹿息子がぁああああ!」
数メートル程吹っ飛んだコージを見下ろすように、彼と同じ茶と白の毛並みの獣人が仁王立ちしている。
黙っていなくなるなんてやっちゃいけないよな、うん。
…送った手紙届いたかな。
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