モフモフティータイム
「まぁ! 可愛いらしい!」
あれ? 思わず感想を口に出してしまったか?
いや、今のは俺の隣で頬を紅潮させたミトの発言だ。ついそう言ってしまうミトの気持ちは十分にわかる。
成人した獣人のフッサとは違い、丸い輪郭に大きな目にふわふわの耳。まるで子犬のような顔の犬型獣人だ。これはきゃわいい。きゃわたんである。
だがよく見れば白いと思った体毛は埃で汚れているのかくすんでいるし、毛艶はあまり良くないようだ。そういえばフッサの故郷はあまり裕福ではない、みたいなことを言っていたよな。
「ロウタ! ミストフォードの匂いがすると思ったがお前だったのか。何故お前がここに? 誰と一緒なんだ?」
ギルドに着いてからやたらと匂いを嗅いでいると思ったらこの子についた故郷の匂いを感じ取っていたのか。ミストフォードというのがどうやらフッサの故郷の名前のようだな。
そういえばこの街の近くにフッサの一族が住む集落があるって話だったな。近くとはいっても小さな子供一人で移動するのは魔物に襲われる危険もある。フッサがロウタと呼んだ子犬獣人は誰か大人と来たのだろう。しかしフッサの問いに答えは返ってこなかった。
「う、うわぁーん」
フッサの顔が怖かったのか、それとも知り合いに会えた安心感からなのか泣き出してしまったロウタ。
その大きな泣き声に人通りの多い冒険者ギルド前の道を行く人々の注目を浴びてしまう。
「フッサ、とりあえず…」
「ロウタ! フッサ兄ちゃん!」
場所を移そうか、そう言おうと思ったところで集まって来た人垣を割って獣人の青年が駆け寄って来た。フッサよりも身長は低いが俺よりは高い、モナと同じくらいだろうか。やや痩せ型だが筋肉がしっかりついているのは服の上からもわかる。茶と白、二色の毛を持つ犬型獣人だ。
ここいらじゃ珍しい獣人が三人。
冒険者ギルドの前を通るのは冒険者だけではないわけで。
俺達、というかフッサ達三人に向けられた視線は好意的なものとはいえないわけで。
北方の国からナレーションが聞こえてきそうなわけで。
「フッサ、ここじゃあなんだし場所を変えるよ。レイブン、ミト、家でいいよね」
俺がそれを提案しようとしていたわけで。
「ちょっとレイブン、何ボーっとしてんだい。ほらっ、行くよ!」
見世物じゃないんだ、散った、散った! とモナが凄むと見物人たちは皆この場を離れていった。
某昭和平成ドラマの妄想にトリップしていた俺もモナに小突かれたことで現実に引き戻されて、皆と一緒に我らが拠点に向かった。といってもただの一軒家だけどね。
シエイラの中でも住宅が多く密集している区域、その中でも城壁に近い場所は日当たりが悪くあまり人気はない。その分家賃は安いので比較的広めの物件でも安く借りることが出来た。
この物件を紹介してくれたのは魔道具店店主のウェディーズさん。
怪しさ満載の人物だがその情報網は侮れない。今のところは適度な距離感でいい関係を築けていると思う。あれは敵に回してはいけないタイプの人種だ。
俺達が借りたのは煙突のある二階建ての家。一階はリビングダイニングとキッチン、二階は各自の寝室だ。「とある秘密」の地下室もついている。建物の二倍程の広さの庭があり、借りた当初は雑草が生い茂り荒れ放題だったが、今では美しく整えられている。いつの間にか見たことがない花が咲き乱れていたりするのはミトの植物魔法によるものだろう。
大きな暖炉のあるリビングはカントリースタイルの家具ででまとめられ、まるでどこかのモデルルームのよう。なんとこの家具を選んだのはモナだ。言葉遣いは粗野な割に細かいところまで考えられたインテリアコーディネート。読書好きだったり、実はいい所のお嬢様だったりして。
二人掛けのソファの中央にどかりと座ったモナをちらり。
「あんだい? あたしの顔になんかついてんのかい?」
…やっぱ、それはないか。
ローテーブルを囲うようにコの字型に設置されたソファ。二人掛けのものが対面するように置かれ、三人掛けのものは暖炉に向けて設置してある。青年の獣人とフッサは三人掛けのソファに座り、ロウタと呼ばれた子供獣人は泣き疲れてしまったのか二人の間でスヤスヤと寝息を立てている。
「それでフッサ、この二人は?」
「うむ、これがコージ、そしてそこで寝ているのがロウタ。二人とも我の故郷、ミストフォードのものだ」
「二人ともフッサのことを兄ちゃんとお呼びになっていましたが弟さんではないんですか?」
キッチンから人数分のお茶を持ってきたミトがフッサに質問する。甘いフルーツの香りがするので、食後のデザート代わりのフルーツティーかな。お茶請けはシエイラでも評判の焼き菓子だ。コージ君、尻尾が揺れているぞ。
「血縁という意味では我とこの子らは兄弟ではない。だが故郷では全ての子供は里の子として育てられるからな。この子らは我の弟といっても過言ではない」
うん? フッサからしたらロウタなんて子供みたいなもんじゃないのか?
あれ、そういえばフッサっていくつなんだ? 俺はてっきり中年男性くらいのイメージだったんだけど…。
「そういえばフッサって何歳なの?」
「む? 言ってなかったか? 我は十九歳だ」
え? えーーーーーーーーーーーーっ!
一人称、我とか言ってるからもっと歳取ってると思ってたよ! 十九歳ってことはオチ兄と変わらないくらいじゃんか。
驚きの事実! 仰天している俺とは対照的にお茶を楽しむ女性陣二人。えっ? 知ってたの?
「そんなことよりも、コージ。一体何故お前たちがシエイラにいる?」
「うっ、あの、その…」
ちらちらと俺達を見るコージ。なにか込み入った話なのか? 席外そうか?
「ピーニャが、ピーニャが大変なんだ…」
「ピーニャというとロウタの姉のか?」
「ああ」
膝の上に置いた両手をぎゅっと握りしめる。あえてロウタの姉って言ったってことはこっちは血縁関係ってことか。
「俺の…、俺のせいなんだ! 俺だって狩りが出来るんだって皆に知ってもらいたくって…。それで俺…。ホワイトボアを狩りに行ったんだ。だけどそれをピーニャに見つかっちゃって。あいつが止めるのも聞かずに狩りに飛び出して、それで…」
いつの間にかコージの目は真っ赤になり、その瞳からは大粒の涙が溢れていた。
「うっ、ホワイトボアを見つけていざとどめを刺そうとした時に…隠れていたもう一匹に気が付かなくって。俺のことを心配してこっそりついてきたピーニャが俺を庇ったせいで大怪我しちゃって…」
「違う! コージ兄ちゃんのせいじゃない!」
目が覚めたのかロウタがコージの袖を掴んでそう叫んだ。
「僕が、僕がいけなかったんだ! 誕生日にホワイトボアのお肉が食べたいだなんて我儘を言ったから!」
涙ながらにそう訴えるロウタ。
「ピーニャの容態は?」
「長老様の魔法と蓄えの薬を使って傷は塞がったけど目が覚めないんだ…。ここならもっと効く薬があると思ってきたんだけどお金もないし、お店の人も冷たくって…。途方に暮れていたらロウタがフッサ兄ちゃんの匂いがするって走り出して」
フッサがちらりと俺の方を見る。まぁどんな怪我でも俺の光魔法でちょちょいのちょいだからね。魔法でそのピーニャって子を助けることも出来るだろう。軽く頷いて協力の意を示す。
それとほぼ同時に席を立つモナとミト。
帰って来た時にまとめて部屋の隅に置いた荷物を二人してガサゴソといじっている。
「二人ともどうしたの?」
「どうしたもこうしたもないだろ」
「あら? そのミストフォードに向かうんじゃないんですか?」
俺が光魔法スキルの高レベル所持者とは知らないモナは「ストックの薬も持っていくか」と自分の部屋に荷物を取りに行った。ミトも「蓄えの薬を使ってしまったなら薬草をいくらか持っていきましょうか」と言って庭の一角にある薬草の鉢植えに向かった。
なんだなんだ、以心伝心ってやつかな。皆それがさも当然だと言わんばかりに準備を始めた。
「そういう訳だから二人はこれ食べて待っててよ」
まだほとんど手を付けられていない焼き菓子をコージとロウタに勧めると「いいの?」と二人はフッサの顔を窺った。フッサが頷くと口いっぱいにお菓子を頬張り、その美味しさに言葉を失くしていた。
そのお菓子、ガツガツ食べるものじゃないんだけどね。その様子が何だか微笑ましく思えた俺は追加のお菓子を出すべくキッチンに向かったのだった。
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