探索を終えて

「いやぁ、久しぶりの太陽! 人間やっぱりお天道様の下が一番だね! ミト、そう思わないかい?」


 ぐっと両手を上げて伸びをしながら先頭を歩くモナが振り返る。


「そうですか? 私は植物に囲まれた地下遺跡の空間も好きですよ。それに主様が一緒であればどこだって楽園のようなものです」

「あー、はいはい。あんたに同意を求めたあたしが馬鹿だったよ。しっかしレイブンがいると汚れ知らずで探索が出来るんだからありがたいねぇ。パーティ組んでよかったって心から思うよ!」


 ミトのそっけない返事にこれ以上の話の展開がないと悟ったのか、今度は俺に話しかけてきた。ミトは必要以上のことはあまりしゃべらないし、フッサはそれに輪をかけて無口だ。俺もそこまで話し好きではないので、今や彼女がこのパーティのムードメーカーだ。


「そういってもらえると生活魔法の使いがいがあるよ。俺としてもモナの警戒力にはいつも助けられているしお互い様でしょ。よくあそこまで魔物を判別できるよね」


 地下遺跡から冒険者ギルドへの道すがら。時刻がまだ昼過ぎなのは思った以上に帰路のペースが速かったからだ。地下遺跡近くには冒険者をターゲットにした食堂がいくつもあり、そのどれもから食欲をそそる香りが漂っている。


 ぐぅ。


「あはは! 大人びているところがあるかと思えば、この匂いでお腹を鳴らすなんてまだまだお子ちゃまだねぇ」


 ぐう。


「あら、成長期の主様なら可愛らしいものですが、いい歳をしたレディがお腹を慣らすなんて随分ですね」


 パーティを組んでからは【裏倉庫】も【影移動】も探索中に使えないので食事は他の冒険者と同様に携帯食料や干し肉、食用の魔物肉を食べるくらいで手の込んだ料理は食べていない。だから余計にこの香りに体が反応してしまう。


 今すぐに食堂に入ってお腹を満たしたいところだけど、今の俺たちは探索で手に入れた魔物素材をこれでもかと背負っているので店に入ることは憚られる。ということで歩くペースが気持ち早くなった俺とモナ。やや早歩きで冒険者ギルドの裏手にある素材の納品所へ直行するのだった。


「おっ、今を時めく紫電の一撃の面々じゃねぇか」


 納品所で俺たちを迎えたのはこの冒険者ギルドの副ギルド長で、魔物素材に関してのエキスパートのクリーガさん。


「今日もたくさん納品してあげっからね! 査定頼んだよ!」


 ドスンと背負っていた素材をカウンターに下ろすモナ。


「おいおい、もうちっと丁寧に扱えよな」

「はは、悪いね」

「大丈夫、モナにはデリケートな素材は持たせてないから。はい、ギルドカードと大体の素材の目録」


 そう言って俺は自分のギルドカードに魔力を流し青く発光させてからカードを渡す。それと一緒に今回俺たちが持ち込んだ素材の大体の量を記載したリストを渡す。


 目録は必要なことではないのだが、俺達のように大量に納品する場合は査定する職員さん達の負担軽減と、無いとは思うが素材の横領を防ぐために最近やり始めたことだ。


 査定する職員だって人間だ。査定しやすいように素材毎にまとめ、生活魔法の【清掃】をかけて綺麗にし、目録と一緒に納品する冒険者と、雑に剥ぎ取った血まみれの素材を納品する冒険者。どちらの冒険者に対して好意的な心情を抱くかは言うまでもない。


 なんだかんだ目立っている俺達だ。極力敵を作らないように、特にギルド職員さん達には嫌われないように心掛けている。


 結構査定におまけしてくれるしね。


「ちょ、ちょっとレイブン。あんたねぇ。言い方ってもんがあるだろう。年上への敬意ってもんをね…」


 モナがなにやら言っているが、まぁいつものやりとりだ。


「ミトとフッサも素材を…って、フッサどうしたの?」


 なにやらしきりに鼻をあちこちに向けては匂いを嗅いでいる。


 納品所は素材を取り扱うだけあって生臭さや、薬草の独特な香りが混じった何とも言えない臭いが充満している。


「む、いや。なんでもない」


 そう言って素材を納品するフッサだが何とも落ち着きがない。


「また随分と潜ったなぁ」


 素材の目録を見ながらクリーガさんが呟いている。他にも何人かいるマッスルな職員さん達もクリーガさんが持つ目録を肩越しに見ては、感心したような表情や驚いたような表情を浮かべている。


「こいつがあるってことは三十五階までいったのか」

「まぁね、ゴブリンエリアは相変わらずしょっぱいけどこいつは金になるからね」


 地下三十一階から続くゴブリンたちの出現階層。だがそれを抜けて地下三十五階に到達すればヒールボアという魔物がいる。


 ボアの中では小型の魔物で緑色の苔を体に生やした魔物だ。小型のボア、といっても体高は一メートルほどあるので通常のボアに比べてだが。防御していない状態でその突進を受ければ内臓破裂は間違いないが、この階層に到達できる冒険者にとっては大した脅威ではない。


 その肉は高級レストランで出される程の美味さだが、この魔物で最も価値があるのは体に生えた苔だ。これは高機能回復薬の素材となるため高値で取引されている。そして骨や皮膚も薬品や錬金の素材になるため血の一滴まで素材になる非常に換金効率の高い魔物なのだ。


 大容量のマジックバッグを持たない俺達では納品できる素材に限りはあるが、かなりの収入になる。


「Cランクのお前たちならともかくDランクのお前たちが納品するような魔物じゃねぇんだがな」


 モナとフッサを一瞥した後、俺とミトに視線を移したクリーガさんが何かを訴えるような目で呟く。


 そう、この三ヵ月の間に俺とミトはいくつか依頼を受けて、冒険者ランクはDに昇級している。Cランクに上がると指名依頼や開拓依頼があるのでこれ以上の昇級はしなくていいと俺は考えている。


 …考えているのだが…。


 俺の事情を知らないモナやフッサ、冒険者ギルドの面々はしきりにCランクへの昇級を勧めてくる。それをのらりくらりと躱しているのだが、これも言外に早く昇級しろという圧力だろう。


 まぁ、そんな圧力には屈しないけど。


 いつも通り最上級の査定結果を受け取ってから正面受付で魔石と合わせた報酬を確認する。手持ちの現金は十分なので各々のギルドカードに振り分けてもらう。


 俺たち紫電の一撃の報酬に関しては、半分はパーティ資金として俺たちが住んでいる家や探索に必要なアイテム、武器や防具の補修代金に企てている。


 武器防具の補修代金は各自が払うべきというパーティも存在するのだが、前衛と後衛でその損耗率が違うのは当然だからということでパーティ資金から捻出することにした。


 そして残りの半分は四等分している。その使い道はもちろんそれぞれで、ミトはガーデニングに凝っているようでなにやらよくわからない魔道具を購入したり、モナは意外にも読書好きらしく報酬を受け取るたびに毎回大量の本を買っている。


 俺? 俺はもちろん今後引き籠るためにそのほとんどを貯金している。


 ヒールボアはもちろん地下遺跡を単独で攻略している最中に手に入れた魔物はしっかりと【裏倉庫】にしまってあるので、それらも資産と考えればひと財産築いている。だがこの世界何があるかわからないからね、もっともっと稼いでおきたい。


 報酬を受け取った後はギルドに併設された酒場で腹を満たした俺達。


 獣人であるフッサと行動していると、店によっては嫌な顔をされることがある。嫌な顔をされるくらいならまだしも、明らかにサービスに差があったりすることも。その点ギルドの酒場ではそんな差別を受けることはないし、ゴブリンキングを一撃で倒したという話が広がっているフッサに突っかかってくるような冒険者はいないので落ち着いて食事ができる。


「くぅぁあ! 食った食った」


 大きく膨らんだお腹をポンっと叩き、どこから取り出したのか爪楊枝を口にくわえたモナ。その姿は定食屋から出てきた中年サラリーマンのよう。


「うむ、量を気にせず食べられるというのはいいな」


 なにかしみじみと隣で呟いているのはフッサだ。探索中の食事量足りなかったのかもしれない。食事当番はミトが主に担当しているので彼女と探索中の食事量について相談しようかな。


「うわっ!」


 そう考えながらギルドから出た俺たち方へ飛び込んできた白い毛玉のような物体。それを見事にキャッチしたフッサは口をあんぐりと開け驚いている。


「フッサ兄ちゃん!」


 飛び込んできたのは毛玉ではなかった。俺よりも小柄、五歳児くらいの身長の犬型獣人だった。

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