怪鳥との戦い
グワァと野太い声で鳴く怪鳥ガルラ。その赤く濁った瞳は俺のことを見つめている。そのまま地上まで降下するかと思ったが十五メートルほどの高さで滞空したままだ。
「皆逃げるんじゃ!」
長がそう叫ぶ。まぁほとんどの人は既に逃げた後なんだけどね。
俺に向けた光線からわかるように、殺意マックス状態のガルラ。話し合いでお帰りいただくというのは無理な話だろう。鳥に言葉が理解できるかどうか知らんけど。
「ミト!」
「【風の矢】」
俺達の中で唯一の遠距離攻撃持ち、ということになっているミトの風魔法と弓術の複合技がガルラに向かって放たれる。しかしその攻撃はガルラに届くことすらできなかった。
数本一斉に放たれた緑色に輝く矢はその体を覆う分厚い魔力の壁によって防がれてしまった。
「無駄じゃ、ガルラの巨体は常に風魔法で覆われておる。その魔力は空を飛ぶためのものとされているが今の攻撃でわかる通り、外敵からの攻撃も防ぐ。生半可な威力の攻撃ではガルラに傷をつけることすら叶わぬ」
いつの間にかこちらに移動してきた長。その言葉の端々からは諦めに似た感情が滲み出ているようだ。
「くそっ、空にいられたんじゃまともに攻撃できやしないよ!」
腰に差していたナイフを投げたモナがそう叫ぶ。魔力を流して強化された投げナイフ。それはガルラがその大きな羽を羽ばたかせただけで勢いを失くし地面に叩き落された。
「ちっ、やっぱりあたしの攻撃じゃ駄目か…」
「ならば!」
今度は大剣を構えたフッサが跳躍をした。ミトの風魔法の援護を受け、獣人特有の身体能力でガルラの目の前まで飛び上がったフッサが大剣を振り下ろす。
「ぐはぁっ」
だが空中での振り下ろし、踏ん張りのきかないその状況での振り下ろしでは十分な威力は出ない。目の前の羽虫でも払いのけるようにその翼で振り払われたフッサは地面に叩きつけられる。風魔法を纏った身体に触れたフッサはその一撃だけで全身に裂傷を負った。五階建ての建物と同じくらいの高さからの落下の衝撃に加えてそれだ。たった一撃で大ダメージを負った彼だが、吹き飛ばされても尚手放さなかった大剣を支えに立ち上がった。
「しっかし、なんでまたこいつはこの集落を襲うんだい?」
フッサを支えながらモナが呟く。当然の疑問だろう、俺以外にとっては。
「むう、恐らく先ほどのアプレアの一撃…、あの魔力がガルラのことを刺激してしまったのかもしれない。今年は例年よりもホワイトボアが少ないと集落のものが言っていた、獲物が見つからずにガルラの気が立っていたとしたらあるいは…」
ガルラがアプレアさんの魔力で刺激された、というのはあり得るかもしれない。そこで俺のことを視認したガルラが、ってことになるのかな。
「なるほどね、あたしのせいか…」
長と共に俺たちの元にやって来たアプレアさん、責任を感じたのか、そう呟いた後は口を一文字に結びガルムを見つめる。
アプレアさんだけならチラ見で終わったかもしれないしなぁ。結局は俺の加護のせいってことだろう。
「ふぅー」
深呼吸をしたアプレアさん。彼女の四肢を再びあの魔力が覆う。
おっ、間近で見られるとは…。ふむふむ、なるほど。やっぱり魔力そのものに変化が起きているな。
「ふんっ」
あ、ちょっと待って、まだ見足りないんだけど。
そんな俺の想いが届くはずもなく爆発的な加速と跳躍でガルムに迫った彼女が巨体に入れた一撃。それは確かにガルラの防御を突破し、その身体を大きく凹ませた。
「ギャアアア」
その身を襲った痛みに対してなのか大きな声で鳴くガルラ。確かにダメージは与えたようだが、致命傷とはいかない。
重力に逆らうことの出来なかったアプレアさんが着地するのを待たずにガルラの嘴に魔力が収縮する。眩い光と共に放たれた熱線。それが彼女を直撃した。
「ガハァッ」
空中でその身を縮こませ、両腕と両足でガードしたのか消し炭になることは免れたアプレアさんだったが受け身をとることなく地面に叩きつけられその意識はない。
邪魔者はいなくなったとばかりに、俺のことを睨みつけるガルラ。このままだと長をはじめみんなを巻き込んでしまうな。
「ミトとモナはみんなの手当てを!」
そうとだけ頼み皆から離れた俺を狙い無数の風の弾丸が放たれる。一発一発の威力は高く、その弾丸は広場の地面を抉っていくが直線的な攻撃のため避けることは難しくない。
「さて、どうするかな」
ガルラの攻撃を避けながら考えを巡らす。
この広場は紫電の一撃のメンバーだけではなく集落の人もまだ残っている。勇敢にも武器を構えている人や物陰から戦いの行方を見守る人等。いくら人族との交流があまりないといっても、流石にこの状況で黒騎士モードにはなれない。モナも見ているしね。光魔法や闇魔法もマズいだろう。だけど生半可な攻撃では傷を与えることは出来なさそうだしな…。
剣を抜き、魔力を通す。ここまではいつもの動作だ。そして見様見真似でアプレアさんがやったように魔力の形態を変化させられないか試してみる。魔力自体が弾けるような、そう、触れたものを巻き込んで爆発するようなイメージ。
「いけるか?」
少しだけ、ほんの少しだけだが何かがいつもの魔力と違う気がする。
そうこうしている間もガルラの攻撃は止むことはない。一向に攻撃が当たる気配がないのに苛立ったのか、再びその嘴に魔力が集まっていく。
そして放たれた熱線だったが不意打ちでもない限り予備動作のあるその攻撃が俺に当たる訳がない。
攻撃の隙を狙って、ガルラの元へ跳躍。その翼へ渾身の一撃を繰り出した。
パチパチ、パキン。
泡が弾けるような音、そして中ほどから折れる俺の剣。
魔力を武器に流すというのは非常に繊細な魔力操作が必要だ。アプレアさんの真似をすることに気を取られ過ぎていたためにおざなりになってしまった魔力操作。その結果、先日新調したばかりの剣が折れてしまった。
結構高かったのに…。
しかも結果はパチパチという、まるで炭酸泉に入ったような無数の気泡が弾ける音がしただけ。
コレジャナイ。
弾けるってのはそういう意味じゃないのにな。イメージが悪かったのかな。
自由落下する俺だったが熱線を放ったあとの硬直で追撃はなく無事に着地。再び魔力について考察をする。
思い通りにはいかなかったが魔力の形態を変化させることには成功した。もっと明確なイメージが出来れば…。
魔力が弾ける、爆発する。火薬とか? ガス爆発? ボカーンとなってブワァーってなって…。って、駄目だ、駄目だ。爆発なんて身近にしょっちゅう起きるものでもないからイメージが出来ない。
もっと身近な何か。そんでもって攻撃を高めるような性質。とはいっても普段俺が使うのは剣術スキルがメインだしなぁ。
…剣術。
そうか、俺が最も使ってきたのは剣術だ。剣のように触れたものを断ち切るような、魔力自体が鋭い剣であるようにイメージすれば!
中ほどから折れてしまった剣だが魔力を流す媒介としては十分だ。むしろ刃が折れてしまったからこそ、刃があった部分を補うように魔力を留まらせる。そしてその魔力自体が触れたものを全て切り裂くようなイメージ。
…いける!
明らかに今までの魔力とは違う異質な魔力。維持するための魔力消費も段違いに増えている。
よし、これなら!
しかし魔力を変質させることに気をとられていた俺はガルラから放たれた熱線に反応が遅れてしまった。
「ギャア!」
ガルラがその野太い声で一鳴きし、放った熱線。何とか躱すことが出来たが、苦労して作り上げた魔力の剣はその熱線に当たってしまった。わずかに残っていた刃と鍔は消失し、残ったのは俺が握っていた柄の部分だけ。
「いい感じに出来てたのに…」
「ギャ」
まるで俺のことをあざ笑うようにガルラが鳴く。どことなく小馬鹿にしたような鳴き声だ。
ムカァ!
「…よくもやってくれたなぁ」
足元に生えていた雑草。それに思いっきり魔力を込める。【大樹の怒り】で生み出した根のように一気に太く成長したそれをガルラに向けて放つ。俺もそれに掴まればあっという間にガルラの顔の前に到着だ。
消滅させられた魔力を復元するように柄だけとなった剣に魔力を込める。
「まだ俺が技を考えてる途中でしょうがっ!」
思いっきり振りかぶったその一撃。まるで豆腐でも切るかのように僅かな抵抗。あれほど皆の攻撃を通さなかった風魔法の防御を突破し、その首を切断。
首から大量の血を広場に降らせながら堕ちるガルラ。怪鳥との戦いはあっけなく幕を閉じたのだった。
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