閑話:モナ

 なんだか妙なことになっちまったね。


 あたしは流浪の冒険者。


 なんて気取ってはみたものの、嫌なことがあればすぐに逃げ出しちまう唯の意気地なしだ。


 冒険者になったのだって家が嫌になったから。


 冒険者になって最初のパーティを抜けたのも、あたしに言い寄るパーティメンバーが嫌になったから。


 活動場所を変えたのもパーティを転々とするあたしの評判が嫌になったから。


 あてもなく旅を続けてこの街にやって来た。誰かと行動するのが嫌になったあたしが一人で地下遺跡を探索中に、うっかりミスで大怪我を負っちまった。


 いろんなものから逃げ出したあたしは、誰にも看取られることなく死んでいくのか、そう思っていた時に差し出された手。それは肉球のある手だった。


 今までの冒険者と違って邪な目であたしを見ることはない。まあ、人族であるあたしのことを異性として意識していないだけなんだろうけどね。


 無口で何を考えているかわからない時もあるけど、あたしの意見を言えばちゃんと返してくれる。


 獣人だからってだけで。この辺りの連中はフッサのことを差別するってのもあって、コンビを組んでいるあたしは無二の相棒だって思い込んでいた。


 だけどそれはあたしの独りよがりだったんだ、笑っちまうよ。


 ゴブリンキングなんて大層な魔物を倒したっていうフッサ。ちょっと前に会った別の大陸から来たって噂の少年冒険者のことを急に「主殿」なんて呼び出した。


 フッサが言うには獣人族で語り継がれる物語の中に、命を救われた恩を返すために相手を主君とし命果てるまで尽くした戦士の話があるらしい。どうにもそれに憧れていたらしいフッサは、何が起きたんだか知らないが少年冒険者のレイブンを主君と心に決めちまったらしい。


 これからは「主殿」と共に行動したいとか言い出したフッサ。


 相棒だと思っていたのはあたしだけみたいだった。なんだか虚しくなっちまったね。結局あたしは独り。虚しさの後にこみあげてきたのは諦めだった。勝手にすればいい、そう言ってみたものの、よくよく聞いたら相手の了承をとっていないなんて呆れたことを言い出した。


 相棒としての最後の仕事、口下手なフッサがヘマをしないように見守ってやろうかね。


 そう思っていたのにレイブンからの提案は、あたしも同じパーティに入らないか、だって。


 まぁ、あたしもこの二人には嫌な感情は持っていない。他の冒険者に絡まれていたところに話しかけてきたレイブン。余計なお世話だったけどね。それにミトラは博識だし、あの子が淹れるお茶は今まで飲んだどんなお茶よりも美味かったね。それになにより、獣人だからってフッサのことを色眼鏡で見ないのがよかった。


 別にパーティを組んだからって一生一緒にいるわけじゃないし、それになにより面白そうだしね。特に考えもなく了承しちまった。


 ほんと、妙なことになっちまったもんだね。


 やたらと強い別大陸出身の少年、それに従う美人なねーちゃんにこの街じゃ疎まれている獣人と流れの冒険者のあたし。


 変わり者四人による冒険者パーティ、紫電の一撃の結成だ。


 ゴブリンキングの報酬を受け取ったレイブンに、パーティを結成したなら拠点を借りたほうがいい、なんてアドバイスをしたギルド職員。獣人を泊めたがる宿なんてないからね、気を使ったんだろうね。


 てっきり冒険者ギルドお抱えの不動産屋でも紹介してもらうと思ったんだけどね、なにやら心当たりがあるみたいで、ギルドの紹介を断っちまった。


 それでレイブンに連れてこられたのは、変わり者の店主で有名なウェディーズ魔道具店だ。


「これはこれはレイブン様にミトラ様、おやおや、開拓所の救世主のフッサ様に瞬身のモナ様ではありませんか。レイブン様とミトラ様はゴブリンキング討伐後にいらっしゃいましたね、ようこそお出で下さいました。しかし、そう、しかしながら残念なことに先日からは新しい品は用意出来ておりません。誠に、誠に申し訳ありません。いつでもお越しくださいとこちらからお願いしておきながら、何たる体たらく」

「「瞬身?」」


 やたらと長い口上に誤魔化されたと思ったが、レイブンとミトラがあたしの二つ名に食いつきやがった。まったく。


「おや、おやおや、ご存じないのですか? 瞬身のモナ様と言えば単身で地下遺跡を探索し、その身のこなしで魔物の攻撃を華麗に躱すそのお姿から、いつしか瞬身と呼ばれるようになったということで有名なお話ですよ。レイブン様がこの街にお越しになる前は随分と話題の中心になったものです」


 まぁ、それもフッサと組んでからは変わり者だって評判になっちまったからね。


 って、レイブン。なんだいその目は? 人を小馬鹿にしたような見て。


「まぁ、その話は置いといて。実はウェディーズさんに伺いたいことがありまして」

「ほうほう、この私に。ええ、ええ、もちろん。私とレイブン様の仲ですからね。私がお答えできるようなことでしたらなんなりと」


 げっ、この変人で有名なこの男と通じてるなんて、レイブンもちょっとヤバいやつなんじゃないか?


「実は四人でパーティを組むことになりまして」

「おお、皆さまでパーティを! これは素晴らしい!」


 揉み手で胡散臭い笑みを浮かべる店主。はぁ、あたしはこういった手合いは苦手なんだけどレイブンはそうでもないのか、いたって普通にしている。


「それで、私に聞きたいこととは?」

「パーティで住む家を探しているんです。この四人で住むのに「色々と」都合がいい物件がないかなぁと思いまして。ウェディーズさんならきっといい情報をお持ちではないかと」


 レイブンって十歳だって言っていたはず。なのになんだい、この話し方は。


 やっぱり噂は本当だったのかね。別大陸の王族に連なる家系だって話。あたしも酒場で聞いただけで話半分に聞いていたんだけど、こりゃあそれも真実かもしれないね。上級貴族は幼い頃からそういう教育を受けるって聞いたことがあるしね。


「ほうほう、なるほど。冒険者ギルドから紹介を受けることも出来たはずですが…。そうですか、そうですか。この私を頼っていただいたと」


 相変わらず胡散臭い笑みなのに、なんだか嬉しそうに声のトーンが上がる店主。


「そうだ、皆は何か要望はある?」

「自由に使えるお庭があれば嬉しいです」

「む、我はなるべく人目に付かない場所がよいが主殿の決定には従おう」


 主様だ、主殿だと言っている割には、ずけずけと希望を言う二人。


「モナは?」


 仮宿のつもりのパーティだけど、聞いてくれるってんならあたしも希望を言おうかね。


 なんだか妙なことになっちまったけど、なんだかわくわくしてきたね。

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