閑話:ソルージア・ガナン

「何故ですの? お爺様からの課題は全てクリアいたしましたわ!」

「いや、しかしじゃな…。あんな本当かどうかも分からない情報で…」

「ですが王族の方はその情報を基に行動されているというお話ではありませんか!」


 ガニルムの辺境伯邸にて。この地を治めるダンテ・ガナン辺境伯に詰め寄るのは孫娘のソルージア・ガナン。


 今、この場には二人しかいない。


 というのも彼等の話の内容が国家機密レベルのものだからだ。


 近年の研究で人にはステータスの上昇しやすい「ブースト期間」があることがわかってきた。個人差があり、それが訪れているのかどうかも本人ですらわからない。


 そのブースト期間がステータスを授かってから概ね半年後から一年後に訪れやすいというのが最近の論調である。


 こっそりと辺境伯の執務室に侵入し、レイブン・ユークァルの捜索状況を調べていたソルージアがその資料を見つけてしまったのが事の発端だ。


 魔物討伐に向かいたい、彼女は祖父に懇願した。


 ソルージアはステータスを授かってから半年はとっくに過ぎており、そのブースト期間はもう終わっているかもしれない。しかしそこに可能性があれば、すがってしまうのが人の性。ましてや彼女は自分の非力さに嘆き、力を欲している。しかし彼女の保護責任者であるダンテはすぐに首を縦に振ることはなかった。


 ステータスを上げるためには魔物を討伐する必要がある。上昇量を見込むのであれば、それなりに強い魔物を。無論そこには危険が伴う。いくらスキルを得たといっても、強力な魔物相手ではその恩恵はほとんど無いに等しい。万が一のことを想像してしまうのは仕方がない。


 そこでダンテはソルージアにいくつかの条件を提示した。それをクリアすれば魔物の討伐を許可するということになったのだが。


「剣術スキルと炎熱魔法スキルのレベルアップ、兵士相手に十人抜き、兵法書の暗記、全てクリアしましたわ!」


 見てくださいとばかりにダンテの目の前に表示されたソルージアのステータス。そのスキル欄には確かにレベルが二となったスキルが表示されていた。


「こ、こら、いくら家族であってもステータスの無暗に開示するものではない」


 兵士との模擬戦の結果や兵法書の暗記についてもダンテの元へ連絡はきている。ソルージアは全ての課題をクリアしたのだ。


 元より危険を伴う魔物の討伐。不確定要素が多い情報だけで愛しい孫娘を送り出すつもりのなかったダンテ。


 だからこそクリア出来ないような課題を与えたのだ。兵法書の暗記は聡明なソルージアが睡眠時間を削り、それだけに集中すれば可能だと思っていた。だからこそ、そちらに気を取られ兵士との模擬戦で十人抜きを達成することは出来ないだろうと踏んでいた。


 模擬戦の相手は皆、攻撃系のスキルはレベル三以上で数年の経験を積んだ者達。決して手心を加えないようにと伝えてあった。


 しかし、ソルージアはそれを達成してしまった。それに加えてこの短期間でスキルレベルを上げるなんて、彼が十歳の頃には考えられなかったことだ。


 ダンテがスキルレベルの高い兵士を選んだことが、ソルージアのスキルレベルアップに貢献したことは、本人は知る由もないことだが。


「…わかった。ダイベル大森林への遠征を許可しよう」


 ダイベル大森林、ガナン辺境伯領の南西に広がる魔物の巣窟。それだけに人の出入りは限られていて、邪神を崇める組織が転移装置を設置していた場所でもある。


 その広大な大森林の最奥にはAランクの魔物も存在すると言われている。危険な場所だがその外縁部ならある程度の安全性は確保できるだろうとの判断だった。


 しかし彼は考えもしなかった。可愛い孫娘が護衛の兵士を撒いて単身で大森林の奥深くへ行こうと画策しているとは。


「ありがとうございます! お爺様!」

「一週間じゃ、よいな! 必ず護衛の騎士の言うことは守るのじゃぞ」

「はい!」


 その笑顔の裏に隠された狂気的なまでの強さへの渇望。


 彼女は祖父が護衛につけるであろう騎士や兵に目星をつけ、その性格や癖をつぶさに観察していた。全てはその監視網を抜け出すために。


 そして密かに倉庫からマジックバッグを持ち出し、食料や薬、魔除けや野営に必要な道具を揃えていた。約ひと月は少女が生きていくのに必要な量を。


 自分が誘拐されていた数日間ですらどれだけ心配をかけたか。未だ行方が分からないレイブンの父、タトエバン・ユークァル男爵の焦燥具合を見れば、それがどれだけ大変なことか彼女はわかっていた。


 だが、それでも、彼女はこの計画を実行するつもりだった。


 彼女を守ると言ってくれた少年が、その身を代わりにしてくれたおかげで生きて帰ることの出来た自分が、貴族としてこの国に貢献するため。


 力こそパワー。


 ガナン辺境伯の訓えに倣い、誰にも負けない強さを得るために。


 辺境伯の執務室を後にし、自室に戻った彼女。そこへメイドがソルージア宛の荷物を持ってきた。彼女の誘拐以来、ランダムで組み合わせられるようになったメイドが二人。彼女の身の回りの世話をするメイドは必ず二人で行動するように義務付けられていた。


「ようやく出来上がったのね」


 彼女の前に並べられた綺麗な装飾の小箱が三十個。小物入れにしては小さいが、それ自体がインテリアとしての価値を持つ。少女が趣味で集めているといえばそれまでの小箱。


 しかしこの小箱にはある仕掛けがしてある。それぞれの小箱と対になっている魔石に魔力を込めると、小箱が開くというだけの単純な付与魔法。それは彼女のメイドであったアリオラが、誘拐の実行を報せる時に使用した小箱と似た効果の付与魔法で、珍しいものではない。


 彼女が考えているのは、自らが行方を眩ませるときに自分の意思で大森林の奥深くへ向かったという手紙を残し、無事かどうかは小箱を一日ひとつ開封していくことで報せるというもの。彼女は彼女なりに心配を掛けまいと考えていたのだ。


 そしてソルージアが大森林での魔物討伐遠征にやってきて三日目、彼女は計画を実行した。


 護衛の騎士と兵士、増援で捜索に加わった者、それらの捜索で彼女は見つかることは無かった。


 毎日正午に開く小箱。それだけが彼女の生存をダンテに教えていた。



 ━━━━それから一か月後


 ソルージアは大森林を捜索している騎士の元に姿を現した。


 一か月間も魔物が徘徊する森で過ごしたとは思えない程、傷一つない状態で。


「なかなか有意義なひと月でしたわ」


 妖艶にほほ笑む少女はその身に並々ならぬ魔力を纏わせていたという。


 これは「炎姫」と呼ばれ近隣諸国から恐れられるようになる彼女の逸話の一つでもある。

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