閑話:冒険者ギルド休憩室にて
ゆったりとした音楽が流れる室内。
あらかじめ録音してある音楽を流す、ただそれだけのための魔道具を際限なく使えるのはこの場にいる者達があこがれの職業と言われる所以の一つでもある。
職員とわかるように支給された制服に身を包み、お茶を片手に思い思いの時間を過ごしている。激務の中、束の間の休憩。一度この部屋を出れば荒くれもの相手に、気の抜けない時間が待っている。
「あら、ノンノ。いいの? こんなところで休んでいて?」
部屋に設置されたいくつかのテーブル。そのうちの一つで休んでいた女性に声をかけたのは、眼鏡をかけたやや面長の女性。その顔立ちはこの場にいる女性の御多分に漏れず、世間一般でいうところの美人に該当される。彼女たちの職場である冒険者ギルド、その花形でもある受付係の一人だ。
「いいって何がですかー?」
ノンノと呼ばれた、たれ目がちの女性が頬杖をつきながら気怠そうに返答する。彼女に断ることもなく目の前の席に座る様子から、この二人の親密度がうかがえる。
「期待の新人君、パーティ組んだんですって?」
「はぁ、その話ですかー。さっきギルド長に報告してきたところですよー」
やれやれ、といった様子のノンノ。
「レイブンさんとミトラさんがパーティを組むのは、むしろありがたいんですけどねー。流石に二人だけでの探索は警戒が疎かになりますし、それだけ生存率も下がりますからねー」
「でもよりによってあの二人と組むとはね」
「うーん、言われてみれば割とぴったりなんですよねー。モナさんもフッサさんもCランク冒険者。しかもお二人だけで地下二十階層以下を長期探索できる実力者ですからねー。Eランクにも関わらず二週間の探索実績のあるレイブンさんとミトラさんとは似ているところもありますしねー」
ズズとお茶をすする二人。一方は心底疲れた様子、だが一方は少し楽しそうだ。
「獣人族」
眼鏡の女性がその単語を放つと、ノンノは深いため息をついた。
「よりにもよって、ですよー。公には差別の撤廃は言われていますけどお、店によっては獣人ってだけで、入店拒否や不当な値段のつり上げ、依頼も獣人だとお断りって人もいますしねー」
「あんたはどうなのよ?」
「私ですかー? うーん、うちも親戚たどれば獣人族に殺された人はいるとは思いますよー。でもそれを今言っても仕方ないですしねー。フッサさんも何度か対応したことありますけど、ちょっと無口なだけで大人しいかたですからねー。もっと厄介な人がたくさんいますよー」
「ゲルドア三兄弟とか?」
くすっと笑う二人。この冒険者ギルド内での鉄板ネタの一つ、ゲルドア三兄弟。自分たちの強さを過信してギルド内で好き勝手暴れ、受付係からの助言を受けずに地下遺跡へ向かい「大変な目」に遭ったという冒険者だ。碌でもない冒険者の例えとして使われている。
「ギルド長はなんて?」
「はぁ、改めて提携店舗に不当な差別はしないように通知しておけ、差別があった場合は提携の取り消しもちらつかせておけ、だそうですー」
「あら、大変ね」
シエイラは先の戦で人族と獣人族が激しく争った場所でもある。地下遺跡のあるこの街は魔石を無尽蔵に得ることが出来る戦略的にも非常に重要な拠点。
多くの血が流れ、未だにこの街の多くの人々は獣人族に対する嫌悪感を強く持っている。邪神復活でより悪化していたその感情はこの邪竜騒動で更に悪化することは目に見えている。
「はぁー、他人事だと思って楽しそうですねー。各店舗を回って注意喚起をしてこなきゃいけないんですよー。」
ノンノが脇に置いてある鞄から取り出した一枚の紙。そこにはびっしりとシエイラにある冒険者ギルドとの提携店が書かれてあった。
「どれだけ効果があるか、よね。そういえば彼等が泊っているのって金の小麦亭でしょ? 大丈夫なの? 獣人の宿泊拒否をして問題になったって記録がなかったかしら?」
その疑問へは得意そうな顔で答えるノンノ。
「ふふん、それについては先に人を向かわせて宿泊拒否しないよう、根回しはしておきましたよー。宿泊拒否したのは前の店主、今の店主のご両親ですから大丈夫だとは思いますけどねー。今の店主や女将さんは差別には否定的ですしー。それにレイブンさん達にも長期でこの街に滞在するなら拠点を構えたほうがいいんじゃないか、ってアドバイスしておきましたしー」
「あら、流石ね。不動産屋も紹介したの?」
「いえ、それは何か伝手があるようなことを言っていたのでー」
「ふぅん」
「あー、地下遺跡の件が一息ついてようやくお休み貰えると思ってたのにー」
先ほどの表情とは一変、しかめっ面でテーブルに突っ伏した彼女。しかし数秒後、目線だけを正面の女性に向けて呟くように問いかける。
「地下遺跡、結局何があったんでしょうねー」
「邪教の連中が地下遺跡の魔力を利用して邪竜の復活を目論見たけど、不完全な状態で復活。あげく邪竜に皆殺しにされたって調査結果が出たじゃない」
「そうなんですけどねー」
どうにも納得がいっていない表情だ。
「なによ?」
「いくらなんでもタイミングが良すぎじゃないですかねー。高ランク冒険者が偶々いない時に、しかも偶々開拓所にゴブリンの群れが襲撃した時ですよー」
「そんなこと言ったって受付の私たちはそれを信じるしかないじゃない。それよりも、例の黒鎧って誰なのか聞いた?」
邪竜を一撃の魔法で仕留めた謎の人物。彼女たち、いやこの街全体で大きな噂となっている。誰も正体を知らない謎の英雄。
領主様のお抱え騎士、通りがかりの高ランク冒険者、邪教を裏切ったダークヒーロー、地下遺跡に封印されし古代の戦士。
噂の数は数多あるが、そのどれもが推測を出ることはない。
「グランドマスターの直属の冒険者だって話よ」
「グランドマスター直属ですかー?」
「そう、秘密裏に行動している冒険者たちがいるって噂よ」
無論彼女たちはその存在など聞いたことはない。
「そんな人がいるなら「これ」を手伝ってほしいですよー」
トントンとギルド提携店リストを叩くノンノ。その目に光はない。
「仕方ないわね」
そういって胸ポケットに入っていた、彼女が最近購入した文字を書くための魔道具でリストの数店舗に線を引く。シエイラにある魔道具店で販売しているボールペンという魔道具。最近ひそかにギルド職員の間で流行っている。
「ここは行ってあげるわ。貸し一つだからね」
「うおぉおおお、ありがとうございますー」
その大声で何事かと集まってきた休憩中の職員たち。
「あら、このお店なら帰りがけにあたしが行っておくわよ」
「ここは俺ん家の近くだな、任せろや」
気がつけばそのリストのほとんどに線が引かれていた。
「名も知らぬ英雄よりも皆さんの方が頼りがいがありますよー! ありがとうございますー!」
「「「「貸し一つだからね(な)」」」」
その貸しを返すために彼女が配った手作りの焼き菓子。あまりに衝撃的なその味で体調を崩した人が多数出たのはまた別のお話である。
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