閑話:とある城のとある部屋で
「アルブム様、大司教様が至急来られるようにとのことです」
「わかった」
顔を引き攣らせた伝令役が男の背中に向かってそう告げる。
ここはとある国の王城、その謁見の間。この国の王族や貴族、上級役人の惨殺死体が転がり、荘厳な室内にはまるでバケツをひっくり返したように赤黒い血がまき散らされている。
よく見れば数名の生者が、その身を真っ赤にして血の海で息を殺している。
血で染まった剣を魔法で浄化し鞘に納める男。振り向いた彼の鎧は元の白銀に輝く鎧がわからなくなるほどの夥しいほどの返り血で汚れていた。
「わかったな、我らに逆らえばどうなるかが。…この国が手を出した力がどういうものか知らなかったわけではあるまい」
それは僅かに残る生存者に向かっての言葉。
組織の力を利用し、統治に利用した国の末路。所詮は一組織だと侮ったばかりに骨の髄まで吸われ、利用していたはずの力に利用されることになってしまう。
質の悪いことに国民の多くはその事実を知ることはない。結局、だれが治めようとも虐げられる民にとってはどうでもいいことなのかもしれない。
謁見の間を後にした男は絨毯の敷かれた廊下を進む。
この建物の中でも最も豪華な装飾が施された扉の前でその歩みを止める。本来ならばこの国の長たる王の私室。
男が重厚な扉を片手でやすやすと開くと、防音の魔道具の効果が切れたのか女性の叫び声が城内に響いた。
「よく来たな。お前も混ざるか?」
男を出迎えたのは、まるで彫刻のような均整の取れた美しい顔立ちの若い男。緩く癖のある青色の長髪は艶やかで、相応の手がかかっていることが伺える。一糸纏わぬ姿の若い男の体もまた美術品のように美しいものだ。
最新の魔道具でひと際明るく照らされた室内。数人が横になっても十分な広さを持つベッドの中心にはこの国の妃が拘束され、数人の男女に囲まれている。
「いえ、お呼びとのことですが」
そう答えた男が侮蔑の表情をしているのは、フルフェイス兜のおかげで目の前の若い男に知られることはない。
「相変わらずつまらぬ奴だな」
若い男が指をパチンと鳴らすと部屋に響いていた嬌声と叫び声は、まるで遥か遠くのことのように小さくなった。BGMにしては悪趣味なものだが。
「性分ですので」
どこに控えていたのか、メイド姿の女性から渡された肌触りの良さそうなガウンを若い男が纏う。その気配はガウンを渡すと瞬時にして消えてしまった。
「デズラゴスが死んだ、いや、消滅した」
まるで感情の籠っていない声でそう告げるガウンの男。
「なっ! あれが? 何故?」
余程衝撃だったのか男が驚く。それもそのはずだ。男が組織に入ったときから幹部として君臨していた死霊術師。何度殺されても生き返る不死者の男。それが消滅したというのは組織の者なら誰もが驚くだろう。
「遠見の巫女が見たものを記録してある」
どこから取り出したのか、ガウンの男が投げ放った水晶が放物線を描き男の手に収まる。ガウンの男はやたらと豪華に装飾されらソファに体を沈めると、口端を上げた。
男が受け取った水晶には黒い竜が巨大な光の奔流で塵と消える様子が映っていた。やがて映し出されたのは見覚えのある黒い全身鎧。しかし、黒い全身鎧に映像が焦点を当てようとした場面で映像は途切れてしまった。
「これは…」
「お前がダイベルポータルで戦ったというのはこれか?」
「はっ、同一人物かどうかはわかりませんが同じ鎧のようです」
またもやどこからか現れたメイドによって注がれた赤ワインを一口飲むガウンの男。
「デズラゴスが消えたのは、まあいい」
長年組織に尽くしてきた者に対する言葉とするならば、情のひとかけらも感じさせない言葉。
「ファーヴニルの書を失ったのは痛いが、代わりの力などいくらでもある」
「なっ、ですがデズラゴスが進めていた強化信徒やゾンビ兵は…」
「ああ、それなら問題ない。あいつの研究を受け継ぐ者がいるからな」
空になったグラスを掲げ「お前も飲むか」とガウンの男が尋ねるも男は首を振った。
「問題は穢れの杖の行方がわからなくなったことだ」
穢れの杖、組織の計画の一つでキーアイテムとなる杖。デズラゴスが所持していたものだ。とある少年冒険者の【裏倉庫】の中にあるとは、この二人が知る由もない。
「お前にはあの黒い鎧が何者なのか、それと穢れの杖の捜索にあたってもらう」
「はっ」
「今回シエイラから高ランク冒険者を遠ざけるのに少し強引な手を使ったからな。当面組織は大きな力は使えないが…」
「問題ありません」
その返答を聞くと、ガウンの男は二杯目のワインを飲み干した。
「とはいえ、組織として何も助力をしないわけではない」
いつの間にか男の横に現れたメイド。彼女が持つ銀のトレイには三つの黒色のチョーカーが置かれている。
「デズラゴスにも渡したものだがな、上手く使え」
「はっ」
男、アルブムはそれを鷲掴みにし【裏倉庫】にしまい、部屋を出る。一礼して扉を閉める様子をただ見つめるこの部屋の主。
その瞳が怪しく光ったことに気づくものは誰もいなかった。
嬌声も叫び声も聞こえなくなった室内。
彼の持つグラスにはどろりとした赤い液体がいつの間にか注がれていた。
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