開拓所襲撃

「ちぃっ!」


 何度目かわからない投石を回避しつつ、棍棒で殴りかかってきたゴブリンの頸動脈を切り裂く。自慢の鉈もこれだけ休みなく使い続けていると切れ味が鈍ってきたようにも感じる。


 いや、鈍ってきたのは切れ味ではない、俺の動きか。


「負傷者は後退! 手当を急げ!」


 いつの間にかこの場を指揮することになっちまった俺が声を張り上げると、俺目掛けて火魔法による攻撃が飛んでくる。


「【水纏】」


 残り少ない魔力で水魔法を鉈に付与し、火魔法を打ち落とす。


「ゴブリンメイジがまだ残っていたか」


 厄介な上位種は粗方潰したはずだが、まだわずかに残っていたのか、それとも増援か。倒してしまいたいが、遠距離攻撃は魔力を食うから今は使えねぇ。そうこうしているうちにゴブリンメイジは数多いるゴブリンに紛れ姿を隠してしまった。


 気がつけば俺の足元にあったゴブリンの死骸は別のゴブリンによって引きずられ、群れの中に埋もれていく。そしてすぐに湿った音と咀嚼音が聞こえてくる。奴らは仲間の死骸をも喰い、エネルギー源としている。


 現在、第六七六開拓所はゴブリンの群れに襲われている。その数は百や二百ではない。多くの仲間が倒れ、今もまた一人が負傷し近くにいた仲間によって開拓所に運び込まれた。


 今やこの門を守るのはわずかに十数人。皆が満身創痍だ。


 いくらEランクのゴブリン相手とはいえ、休む間もなく次々と襲い掛かられたら傷を負う。傷が増えれば血も流れ集中力が切れる。そこに一撃デカいのをくらえばCランク冒険者といえども、その命はあっけなく散ってしまう。


「諦めるなよ! きっとシエイラから増援がやってくる!」


 自らの命を何とも思わないのか、また数匹のゴブリンが特攻を仕掛けてくる。それを倒しながら、この場にはいない相棒を思い浮かべた。


 事の発端は数日前。


「ゴブリン? 別に珍しいもんでもねぇだろ」


 開拓依頼を受けて早数か月。同じ時期に依頼を受けたドッチェとは門番の当番が同じになることが多く、話してみると共通点も多かった。お互いにパーティを組むことなく冒険者活動をしているのも共通点の一つだ。


 そんなドッチェと森側の門、俺達の間じゃ裏門と呼んでいる、を警備していた時だった。「ここ数日、ゴブリンがよく出るらしい」とドッチェから話を振られたことに対する俺の返答だ。


 頻繁ではないが、この森でもゴブリンは出現する。繁殖力が高いが群れを成さなければただの雑魚。群れを成したとしてもこの開拓所の戦力なら脅威になることはないだろう。その程度の魔物だ。素材も採れない厄介者。


「それが妙な行動をとるって話だ。数匹がまとまって行動して、戦闘になると必ず一匹を逃すようにしているらしい」

「どのグループもか?」

「ああ。うん?」


 何かに気が付いたドッチェが腰に差した剣を鞘に入れたまま振るう。ガンという音がして、こちらに飛んできたこぶし大の石が弾かれる。


「言ってるそばからってやつか。【流水蛇斬】!」


 俺も武器である鉈を抜き、水魔法と剣技の複合技を森に向かって放つ。蛇のようにうねる水の斬撃。


「ギャア」「ギャ」「グゲ」と醜い声が聞こえてくる。ドサドサと何かが倒れる音を確認してから技を放った場所を見に行くとゴブリンが三体倒れていた。


 そう、それが始まりだった。


 それからというもの、ゴブリンの襲撃は間隔を徐々に縮め、その数を増やしていき開拓所を取り囲むほどのゴブリンの大群となった。どこからか湧いて出てきたのか、これだけのゴブリンがこの森にいたなんて信じられない。


 ゴブリンに包囲された、この開拓所を囲む木製の柵。これはただの柵ではない。元Aランク冒険者であるこの開拓所のボスによって強化魔法が付与されているので、ゴブリン程度では傷をつけることはできない。開閉の必要がある為、強化ができなかった門さえ守れば開拓所内に侵入されることはない。それがこの開拓所がなんとか持ちこたえている要因の一つでもある。


 昼夜を問わず襲撃は続いた。所詮ゴブリンと甘く見る者はもういない。考えを変えたか、考えることが出来なくなったか。


 いくら討伐しても減らないゴブリン。群れはゴブリンだけではなく、魔法を使えるゴブリンメイジや近接戦闘スキルを持つゴブリンウォーリアが混じっている。


 そしてこの群れを率いるのはゴブリンキング。Bランクに分類される魔物だ。


 奴が姿を現した時、ボスと選抜メンバーでその首を狙ったが、深手を負わせたもののあと一歩のところで倒すことは出来なかった。


 ゴブリンキングは倒せなかったが、この突撃でゴブリンキングの周囲を固めていた上位種のほとんどを倒せたのは幸いだったかもしれない。こちらも相応の犠牲は出しちまったがな。


 ボスは元Aランク冒険者だが、魔道具を使用しながら戦う補助特化タイプ。もちろん俺達よりは強いが単身でBランクの魔物を討伐するのは力不足だった。先の戦いで魔道具を使い果たしてしまったため、今は俺たちに補助魔法をかけつつ、全体の指揮と負傷者の救護にまわっている。


 本人は前線で戦いたそうだったけどな。もちろん、それは全員で引き留めた。あの人がいなくなったら指揮を執る人がいなくなっちまうからな。


 そしてゴブリンキングへの突撃と時を同じくして、シエイラへの救援要請を向かわせることができた。ゴブリンの大群はシエイラに繋がる街道も埋め尽くしていたが、ゴブリンキングへの突撃でその包囲網が緩んだ隙に、なんとか突破することが出来たらしい。俺は見ていないから、聞いた話だけどな。


 要請に向かったのはドッチェだ。風魔法の使い手のあいつなら、この開拓所の誰よりも早くシエイラに辿り着けるだろう。納得の人選だな。


 とまぁ、そんな感じで今はシエイラからの救援を待っている状況だ。時間的にはそろそろ到着した頃だろうか。そこから冒険者をかき集めて、馬車をすっ飛ばして来てもあと一日はかかるか。くそっ、こっちはもう限界ギリギリだっての。


 明け方、何かに怯えるようにゴブリンたちが一斉に森に逃げるという現象が起きてからは、ゴブリンの襲撃はこの裏門だけになった。


 何か不吉なことの予兆かもしれないが、こっちとしては戦力を集中させられるのでありがたい。集中したところで十数人しかいないんだがな。


「ナルダ! 前!」

「うぉっ! アブねぇ!」


 仲間の声で何とか俺の顔に向かって投げられた石をガードすることができた。ゴブリンたちは突撃する仲間たちに当たることも厭わずに投石でも攻撃してくる。これが厄介で気を取られるし、それなりに衝撃もある。防御の緩い場所に不意打ちをくらえば致命傷にもなりかねない。


「おっ、止んだか?」


 何度目かわからない襲撃の波間。よし、この隙に体勢を立て直せるか。


「お、おい。あれ…」

「まじかよ…」

「どうすんだよ…」


 仲間たちから絶望の声が聞こえてくる。その気持ちもわからないでもない。


 引いたゴブリンたちに代わり出てきたのは、深手を負わせたはずのゴブリンキングだった。


「ははっ、随分元気そうじゃねぇか」


 勘弁してくれよ、そう叫びたかったが悪態をついちまうのは冒険者の性ってやつか。


 人間よりも小柄なゴブリンとは違い、俺達とそう違わない体躯。その身の丈と同じ長さの大剣を担いだゴブリンキング。


 俺の言葉を理解しているのかはわからないが、俺をあざ笑うかのような笑みを浮かべている。


「うおぉぉおおお!」


 残りの魔力をつぎこんで両手に持つ鉈に込める。鉈から俺の肩までを水属性の魔力が覆う。


「【水纏豪牙】!」


 俺のとっておき。全力を込めた一撃。


「ギャ」


 しかしその一撃は片手で造作もなくそれを受け止められてしまった。ゴブリンキングが浮かべる笑みは一層深くなる。くそ、俺のことを舐め切ってやがる。


 門に吹き飛ばされる俺を待っていたのは、衝撃と魔力を使い切ったことによる脱力感。


 なんとか立ち上がったが、吹き飛ばされたときに武器まで手放しちまったらしい。


 ゴブリンキングは俺を見定めると、大剣を持った手を大きく振りかぶった。


 あぁ、そうか、俺はここまでなのか。


 俺に向かって放たれた大剣。それは俺の身体をつらぬ…。


 …くことはなかった。


 いつまで経っても来ない痛み。瞑ってしまっていた目を開けると、どこかで見た覚えのある少年の背中と、少年によって叩き落されたのか地面に落ちている大剣。


 少年の脇には巨大な狼がゴブリンキングに向かって唸り声を上げていた。


「お前は…」


 振り向いた少年の顔は予想していた人物。だが記憶の少年よりも、少し大人びているのは気のせいだろうか。


「救助隊第一号到着、なんつって」


 数週間前にその出立を見送った少年だった。

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