開拓所へ

「落ち着けぇ!」


 ギルドの喧噪を切り裂くような怒号。声のした方を振り向くとカウンターに乗り、腕組みをしたマッスル職員さんとギルド長がいた。どこかで聞いた声だと思ったが、さっきの怒号はマッスル職員さんか。


「お前らが混乱してどうする! ギルド長から話がある! 心して聞け!」


 誰かが「ギルド長と副ギルド長」と呟いた。えっ? あの人副ギルド長なの? さっき思いっきりさぼっていませんでした?


「地下遺跡についてだが、現状はまだ何があるかわからない。対氾濫結界は先の竜型の魔物による攻撃で破壊されている。地下遺跡も引き続き警戒が必要だ。…が、開拓所が襲われているなら放ってはおけない。Cランクは地下遺跡の調査、開拓所への救援のどちらかに向かってもらう。この場にいるCランク冒険者は直ちに戦闘準備をしてギルド裏手に集合だ! いいか、これはギルドからの指名依頼だ。そんな腑抜けはいないと思うが拒否は出来ない、いいな!」


 その一言でどことなく不安げだった冒険者たちの顔が一気に引き締まる。覚悟を決めた顔。普段は併設された酒場で騒いでいるだけの飲んだくれたちだと思っていたが、そこはベテラン冒険者。流石の切り替えだ。


「職員は冒険者の振り分け、物資の用意だ!」


 地下遺跡にはまだあの竜のような魔物がいるかもしれないし、Cランク冒険者すら倒す程の集団がいるかもしれない。


 開拓所はCランク冒険者以上がそのほとんどを占める拠点。魔物がいる森に接しているのでその造りは魔物の襲撃に備えたものだ。そこからの救援依頼ということは、この場にいるCランク冒険者が行ったとて焼け石に水程度の増援となるかもしれない。


 つまりどちらに行くにしろ冒険者たちには相応の危険がある。


 まぁ。地下遺跡の方はこれ以上何か起きる心配もないと思うから安心なんだけど、それを知っているのは俺だけだしな。


 準備を整えにギルドを出る冒険者たち、その流れに乗って俺も建物を出た。


 行先は宿にしている金の小麦亭ではない。


 ギルドを出て門に続くメインストリートを歩く。この街に来た時は開拓所から戻ってきた「希望の風」はじめ多くの冒険者と共に、にぎやかな馬車に揺られて通った道を。シエイラの街から開拓所へ続く街道。そこに繋がる門へと。


「レイブン」


 ギルド前の人だかりを抜けた俺に物陰から声がかけられた。聞き覚えのある声。


「フッサ! 無事だったんだ!」


 知ってたけど。


「…うむ」


 鎧は身につけておらず、ラフな格好。そのため地下遺跡で会った時よりもモフモフの露出面積が多い。


「獣人は耳もいい。ギルド内でギルド長が言った話は我も聞いた。我もCランク、地下遺跡の調査か開拓所の救援に向かうことになるだろう」


 一歩、フッサが俺に近づく。


「レイブンが宿にしている金の小麦亭は反対ではないか? どこへ行くつもりだ?」

「え? あぁ、散歩だよ、朝の散歩」


 さらに一歩、フッサが俺に近づく。鼻をピクピクと動かしているけど、俺って匂うかな?


「レイブンが開拓所で過ごしたことがあるというのは我も知っている」


 ギルド内では酒の肴にされているらしいからね、俺の話は。俺が違う大陸出身ってのはこの前の会話でフッサも知っているようだったけど、開拓所のこともモナから聞いたのかな。


「開拓所に行くつもりか?」


 そうだよ、と言ったら止められそうだ。だけど、なんだか確信を持っているような聞き方なんだよな。散歩と誤魔化したけど完全に無視されているしなぁ。


「別に止めはしない」


 なんと答えようかと悩んでいるとフッサから意外な言葉をかけられた。


 え? なんで?


「例えレイブンが幼き子供だとしても、力がある者の行動を邪魔することを獣人は好まない」


 そういうもんなのかね。まあ、俺って有望株なEランク冒険者だしね。


「だから我もともに行こう」


 え? なんで? いやいや、黒騎士モードで移動するつもりだからついて来られると迷惑なんだよな。


「足手まといにはならぬ。我が邪魔だと判断したら置いていっても構わない」


 俺の嫌そうな顔に対し、そう提案してきたフッサ。それなら、速攻で置いていくよ?


「だが、我の能力を見てからそれは判断してほしい」


 というか、なんか必死だな。そんなに付いてきたいのかな。


「まぁ、そこまで言うのなら」


 渋々承諾。黒騎士モードは使えないけど、身体強化全力で巻いてしまおう。そうすれば時間のロスも少ないだろうし。とにかく開拓所に急ぎたい。ここで問答をする時間すら惜しい。


「感謝する。では行こう」


 俺の前を歩くフッサ。尻尾めちゃめちゃ揺れてるけど、嬉しいのかな? ワンコの散歩に行く気分だよ。


 揺れる尻尾を追っかけながら、あっという間に街を出て、街道まで来た俺達。


「身体強化で先を急ぐけどいい?」


 馬車で二日の距離。身体強化ですっ飛ばしていけば数時間で到着するだろう。


 開拓所が心配だからね、楽しいお散歩の時間はもう終わりだ。暗に置いていくと宣言する。よく考えてみればCランク冒険者相手にEランクが生意気なことを言っているのだがフッサはそれに対して嫌な顔一つしない。


「いや、我の能力を見てから判断してほしいと言ったはずだ。移動で魔力を消費してしまっては開拓所に到着してから力が発揮できぬであろう。…【獣化】!」


 一瞬の溜めの後、フッサの体が光を放つ。力強くも穏やかな魔力。そこに現れたのは巨大な狼だった。体に合わせて着ていた服も伸びている。まるでペットウェアのようで、ちょっとかわいい。


「【獣化】は獣人族でも限られたものしか使えないスキル。この状態なら人の足よりも速い。開拓所まで我が送ろう」


 巨大なワンコに乗って移動。それは素晴らしい提案じゃないですか、フッサさんよ!


 とはいえ、その速さを先ずは感じてからだな。さぁ、早く俺をその背中に乗せなさい!


 俺が乗りやすいように伏せてくれたフッサの背中に乗ると、掴まるのに丁度いい持ち手がある。へぇ、この服って専用の魔道具なんだ。【獣化】で巨大化しても伸びるから破れないと。確かにスキル使う度に服が破れたら大変か。


「では行くぞ」


 駆けだしたフッサ。そのスピードは早馬とは比べ物にならない。振り向けばシエイラの街は随分小さくなってしまった。


 サラマンダーより、ずっと速い!


 サラマンダー知らんけど。


 こりゃあ能力を見てから判断しろって言いたくもなるよな。でも結構な魔力を消費しているように感じる。獣人族って魔力があまり多くないって聞いたような気がするんだけど開拓所まで持つのかな。


「確かに速いね! でも開拓所まで持つの?」

「ギリギリ、というところだろう。もし我の魔力が尽きたら、我を置いて先に行って構わない」


 魔力切れた状態で置いていくのは見捨てるのと同じだ。魔物が襲ってくるかもしれない街の外でそんなことは出来ない。


 俺は自分魔力の波長をフッサが発している魔力の波長に合わせる。魔力の波長を変えるのはかなりの高等テクニックだが、邪気を抑えたり、無限の魔力を調整したりと魔力操作に関しては最早スペシャリストと言っても過言ではない俺にとってはどうってことは無い。


 というのは嘘で、結構難しいので掴まっているだけのこの状態だからなんとか出来ている。


 波長を合わせた魔力をフッサに送る。俺が移動で魔力を消費しないようにフッサが【獣化】してくれているので、その量は俺からしたら僅かなものだが、これで多少はフッサの負担も減るだろう。


「いいのか?」

「まぁ、身体強化での移動よりは少ないし」

「そうか」


 しかし、なんでフッサは俺を開拓所まで運んでくれるんだ?


「我は恩に報いたい」


 移動しながら何か語りだしたフッサ。


 恩? 誰に?


「あの時、我は死を悟った。そして願った」


 うん? どした?


「我の全てを捧げる代わりにモナを救ってほしいと」


 地下遺跡での話かな?


「もう駄目だと思った。しかし、我もモナも助かった」


 あぁ、黒騎士さんがね、助けてくれたよね。はいはい。


「そなたなのであろう? 我らを助けたのは」


 …。


 …。


 あっるぅえぇぇえええ!? なんでバレてるんだ??


「獣人は魔力に疎い代わりに鼻がいい。レイブン、そなたはあの黒い鎧の人物なのであろう? この鼻は誤魔化せぬ」


 匂い、匂いかぁ。それは盲点だったな。今後は黒騎士モードの時は香水でもぶっかけておくかな。


「だからこそ、我はそなたに全てを捧げよう。我が命も」


 重い、重いよ、フッサさん。確かに助けには向かったけども、身を捧げられるほどのことじゃないから!


「我が神の名の元、そなたに忠誠を誓おう」


 神、獣人の信仰する神って邪神だよね。


 あっ、なんか変な予感がする。


 ちょ、ちょっと待とうか。いかん、いかんよ、この状況。


 俺が魔力をフッサに送っている、つまり二人の魔力パスが繋がっている。


 そして俺に忠誠を誓うという宣言。


 邪神の名の元に、とか言っちゃってる。


 駄目押しで犬好きな俺。


 魔力パスを閉じようとしたけど、どうやら間に合わなかったみたいだ。


 ごっそりとフッサに流れる俺の魔力。【影移動】一回分、つまり五百くらいかな。そして光に包まれる俺達。もし、この瞬間を見ている人がいたら驚いたろうな。なにせ高速で移動する発光物体だ。


 光が収まると、フッサの首元を覆う毛が紫色に変化している。振り返ると尻尾の先も同様に紫色だ。


 …どこかの誰かさんのインナーカラーと同じ紫色。



 じゅうじんのフッサがけんぞくになった!

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