地下遺跡への侵食
「デズラゴス様、やはりこの時間でも定時連絡を受け取れませんので対氾濫結界が作動しているものかと」
「そうか」
フフ、愚かなものだな。自ら滅びる為の供物を用意するのだから。これも全て冒険者ギルドが我らに余計な横槍をいれてきたからだ。一つの街が滅びることになるが仕方ない。全て冒険者ギルドが蒔いた種だからな。
この街で失われる命も、開拓所で失われる命も我らが神の為に有効利用してやるのだから問題はあるまい。ひいてはこの世界の為になるのだからな。
この地下遺跡の本質も知らず、そこから生みだされる魔物に蟻のように群がる愚かな民。その程度の命が我らが神のお役に立てるのだから感謝してほしいくらいだ。
地下遺跡に入って幾日も経過したが、地下二十階までは冒険者の掃討や遺跡への細工など時間をかけてきたが以降は儀式を行うのに必要な深さまで潜るのみ。
この地下遺跡の到達最深部は四十六階。Aランク冒険者でも限界がその階だというのなら地下遺跡全体は六十階程度だろう。地下二十階まで潜ればこの地下遺跡を操作するのに十分だと思っていたが。
「今は二十五階だったか」
「はっ」
そろそろか。
この地下遺跡は心臓部から溢れ出る魔力を元に常に魔物を生み出し続ける。だが現在は地下二十階までの仕掛けた魔道具によってその機能は強制的に停止させている。そして展開された対氾濫結界によって遺跡から溢れ出る魔力は逃げ場を失い地下遺跡に蓄積されていく。
あとはここの権能を一時的に奪うのみ。
「やれ」
「カシコマリマシタ」
横に控えていた新型の死霊兵が秘薬を床に垂らす。拷問の末に愛する者と殺し合いをさせた聖神教徒の血。それにまじないをかけて変質する直前にまであらゆる呪いを封じ込めたものだ。穢れた塊。それが地下遺跡に浸み込んでいく。
そこに込めた呪いの影響か、死霊兵たちは動きを止めそれが地下遺跡を侵食していく様を見つめる。
そこにこの杖を介して我らが神の力を流し込む。この杖は我らが神が顕現した影響で変質した聖樹に血を吸わせ、死銀と呼ばれるドワーフの邪法で作られた金属を纏わせた特注品である。幾人もの魂を宿したこの杖には使用者である者を守るよう命じてある。その魂がどれだけ拒否をしようとも。
杖であり最高傑作の死霊兵ともいえる杖。その材質故、死霊魔法や精神汚染への親和性が非常に高い。無論この地下遺跡への侵食にも相性がいい。
秘薬を中心に巻き起こる小さな渦。その漆黒の渦が時空を歪め地下遺跡の心臓部へと空間を繋げる。この地下遺跡に意識があるとしたら、生きたまま頭蓋に穴を開けられ脳をいじくられているような感覚だろう。
手から杖を手放すと抵抗なく地面に、渦の中に吸い込まれていく。やがて杖は姿を消し渦も消え去った。二階層上で試した時は中心部から離れ過ぎていた為か失敗に終わったが此度は上手くいったか。
瞬間、地下遺跡の抵抗だろうか強力な魔力が辺りを包む。思わず膝をつきそうになるほどの波動。
「うぐぅ…」
しかしそれは一瞬だけ。さらに濃密になった一帯の魔力。
「成功だな」
足元を中心に広がっていく黒の陣。陣が発する光を浴びた死霊兵たちはみるみるうちにその姿を変質させていく。ギリギリ素体の状態を保っていたが、そのどれもが皮膚を突き破り筋肉が肥大し、体からは蒸気を発している。血か腐肉でも蒸発しているのか。
一部の死霊兵はその身に昆虫のような固い甲殻を身に纏う。また一部の死霊兵は骨と腐肉で作られた大きな羽を広げる。与えられた魔力に耐えきれなかったのかドロドロに溶けだした死霊兵。しかし、その身体はまた再生する。
「スライムでも取り込んだか」
地下遺跡の魔物の特徴を持ったキメラ死霊兵の誕生だ。Bランクの魔物と同程度の強さはあるだろう。その数およそ三十。
「いや、Aランクにも近いか。これなら開拓所の仕込みと合わせて、十分この一帯を壊滅させることは出来るだろう。それに…」
これだけではない。黒の陣はその魔力が尽きるまで我らが意のままに動く魔物を生み出し続ける。
変質した魔物はこの地下遺跡では生み出されることがない強力な火魔法のスキルを持っている。これで対氾濫結界も容易に砕け散るだろう。
事前工作によって高ランクの冒険者はこの街から離れている。万全の状態だ。全ては我らが神の手のひらの上。
「ハハハハハ」
笑いがこみあげてくる。
思えば管理していた教育施設に、黒い全身鎧の大剣使いが侵入してから苦労の連続だった。
我らが神の敬虔な教徒を作り上げるための施設。そして戦闘用に調整された個体をメンテナンスするための施設でもあった。組織にとっても、自分の研究にとっても重要な施設。その場所が明らかになるのは非常にまずかった。
急ぎ移転するにも受け入れ先は限られていたため、折角作った敬虔な教徒は半分近くを破棄。素材としては残ったが大して使い物にはなるまい。
移転するのには気に入らない者への借りを作らざるを得なかった。ポータルの緊急使用による魔石の消費、砦を偽装するために「あの」魔法使いにさえ頭を下げた。
しかしその結果これだけの駒が増えたのだ。悪いことばかりではない。何体かは討伐されてしまうだろうが強力な魔物をこれだけ手に入れたのだ。
「フハハハハハ!」
高らかに笑い声が地下遺跡に響いたその時。
奴が、漆黒の全身鎧で身を包んだあの冒険者が突如として目の前に現れた。
馬鹿な! 転移か? いや、高速移動か! 恐ろしいほどの魔力を身に纏い現れた黒いモノ。砦で邂逅したときに比べその存在は明らかに異質な程強大だ。別人のようだが魔力の本質は同じ。あの時は全力ではなかったというのか!?
以前とは違い片刃の剣を振るう冒険者。確かヤマダとかいう名だったか。
しかし、どのような攻撃であろうとも我が杖によって防が…。
あっ、杖。
「しまっ」
次に目に映ったのは首の無い自分の身体。そして、そこから吹き上げる大量の血であった。
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