救出
シエイラの街の中心部から離れた一角。歓楽街に程近い場所にこの街のスラムがある。スラムと言ってもこの街では地下遺跡に潜ればある程度の収入を得ることは出来る為、他の街に比べれば比較的治安はいいらしい。
他の街のスラムを見たことが無いから知らんけど。
そんなスラムの中心地には地下遺跡に続く入口がある。今にも崩れそうな住宅が並んだ一角、そこにある、崩れ「そう」ではなく実際に崩れ落ちた住宅の跡地がそれだ。だがこの入口は現在警備隊とCランク冒険者によって封鎖されている。入口の周囲にはいくつものかがり火と照明の魔道具が灯されている。ここからの進入は出来ない。
その一角を横目に通り過ぎ俺がやって来たのはスラムの外れ、この街を囲む城壁に程近い場所だ。密集していた建物はまばらになり、人の気配も無い。
雑草が生い茂った廃屋。元は何かの商店だったのかやや大きい建物。怪しげな魔道具店の店主ウェディーズさんからの情報ではこの建物の地下室が地下遺跡に繋がっているらしい。
建物に入り程なくして地下への階段を見つけ、生活魔法で足元を照らしながら地下室へ。六畳ほどの広さの部屋の壁はレンガ造り、床は石畳のシンプルな部屋だ。一見地下遺跡に繋がる入口があるようには見えない。
「えーっと…この辺かな?」
ウェディーズさんからの情報を頼りに階段の右側の壁を叩いていくと、詰まった音だったのが高く奥に響くような音に変化した。
目星をつけて思いっきり殴ると壁はあっけなく崩れ、更に下に続く階段が現れた。下っているということは地下遺跡に繋がっているはずだが階段の先は真っ暗だ。地下遺跡内、特に一階から三階は壁に設置された松明の灯りである程度の明るさは確保されているので繋がっているなら先には明かりが見えるはず。
警戒し、引き続き生活魔法で足元と正面を照らしながら進んでいくと、何も見えないのにも関わらず圧倒的な存在感の魔力を足元に感じる。目に見えない床が存在するかのようだ。
これが例の対氾濫結界というやつだろう。地下遺跡に蓋をするように張られた結界。ギルドで聞いた話だと地下遺跡の魔物が街に出てくるのを防ぎ、更に街と地下遺跡間の魔力干渉を遮断するというもの。
ウェディーズさんからの情報にはご丁寧にこの結界についても説明が書いてある。
結界の外、つまり街から地下遺跡への進入は可能。一方、地下遺跡から街へは魔物に限って制限されるらしい。つまり人の出入りは自由ってことだ。ただし地下遺跡側から高出力の火魔法を使うと結界は壊れてしまうとのことだ。絶妙なセンスのイラストで「ダメ絶対」と添えられているところが何だか腹立たしい。
別に使えませんから、火魔法は。あっ、生活魔法の【火種】でも【邪神の魔力】の解放状態の威力ならいけるかな。やらんけど。
とどのつまり俺がこのまま進んでいっても問題ないということだ。
右足を進める。視界には何も変わりないのに、まるで生温い水に足を踏み入れたような、何かが纏わりつく感じがする。気持ちがいいものではないけど、ここで時間を潰している場合じゃない。
思い切って進んでみる。何段か下りると足元から何かが纏わりつく感じが消える。上半身は不快な状態なのでなんだか変な感じだ。そのまま進むと結界を通り抜けたのか不快さはなくなった。
歩みを進めても相変わらず自分の明かり以外には何もない。
「壁?」
しばらく進むと明かりに照らされたのは進路を塞ぐ壁。なるほど、地下遺跡側からもこの階段に上れないようにしてあったってことか。この壁のせいで先に明かりが見えなかったのか。
【邪神の魔力】を解放し、黒騎士モードになってから壁を破壊。
その先には見慣れた地下遺跡一階の光景が広がっていた。床も壁も天井も石造りに埃とカビの合わさったような臭い。
この状態でこの階の魔物の攻撃を受けても致命傷になることは無いが念のため魔力を薄く広げて周囲の魔物の存在を確かめる。
だが一切の反応はない。
「おかしいな。警備隊も地上に戻っていて巡回は中止されてるはずだから魔物が多いと思ったんだけど」
まぁ、一階の魔物の数はどうでもいいか。
「【影移動】っと」
フッサとモナの拠点のある地下二十三階に転移。対氾濫結界の中に入ってしまえば転移は自由だ。植物魔法スキルで転移用の座標地点を隠すために設置していた壁を解除。
「臭っ!」
解除した瞬間、地下二十三階では嗅いだことのない腐臭が俺の鼻をつく。
そしてかなりの広さをカバーしているはずの魔力感知にも魔物の反応はない。この階層にも魔物がいない?
何かが地下遺跡内で起きているのは間違いないが、先ずは二人の救出だ。二人が拠点にしていた場所まで急ぐ。道中、いくつも魔物の死骸が転がっていた。素材をはぎ取ることを考えた冒険者の倒し方ではない。ただ蹂躙するだけの倒し方。ハネトカゲは美しい羽とともにバラバラに切断され、ビートルマンはその甲殻がひびだらけになっている。どの魔物にも体の一部が齧られたような跡も確認できる。
不安な気持ちで進むことしばらく。道中の血痕により不安は大きくなるが、微弱ながらも拠点に魔力は感じる。この先の曲がり角を曲がれば二人の拠点だ。
「二人とも無事か!」
しかし俺の言葉に対する反応はない。目に映ったのは血だまりに横たわる二人の姿だった。
フッサの右目は抉れ、左目にも大きな切り傷がある。全身傷だらけで鎧の隙間から見えるモフモフだった体毛は血濡れで赤く染まりそのボリュームを大きく減らしていた。モナも背中に大きな傷があり、血を流しすぎたのかその顔からは血の気が失われている。二人ともまだ息があるのが奇跡的だ。
光魔法スキルの【治癒】を全力で放つ。全身全霊の全力だと眷属が増えてしまいそうなので、邪気が混ざらないように繊細な魔力コントロールをしながらだけど。
眩い光が二人を包む。程なくして二人の傷は塞がり、モナの顔色も戻ってきた。俺の【治癒】では失った血も戻るので血が足りないなんてことにはならない。最大レベルの光魔法と無限の魔力からなる、それこそ神の奇跡といっても過言ではない治療だ。
正確には神というか邪神の奇跡だけどね。
不気味な雰囲気を放つ地下二十三階からは一刻も早く移動したほうがいいだろう。【影移動】で地下十一階まで転移。アフターサービスで二人の体を生活魔法の【清掃】でキレイにしてあげる。もちろん邪気が混じらないように。
傷が深かったからか、瀕死の状態だったからか目覚める気配のない二人。担いで移動して一旦地上に戻るべきか? そう思っていた矢先。
「こ、ここは」
おっ、フッサが目覚めたな。やっぱ獣人だから回復が早いとかあるのかな。
「傷が…? あれは幻?」
顔や体を触って傷が消えていることを確認している。汚れもないし夢と言えば信じちゃうかもね。
「なんともないか?」
「む?」
声を発したことでようやく俺の存在にも気が付いたようだ。この状態の俺はレイブンとは別人だ。つまり今が初めましてだな。ナイストゥミーチュー。
「怪我をしていたからな、手持ちの傷薬で治療させてもらった。血や汚れは生活魔法で落としてある。おっと、夢だったとか思うなよ。自分達の装備の傷つき具合でわかると思うが」
そう、キレイにしたといっても彼等の傷だらけの装備はそのままだ。
「…うむ、そうか。すまない。助かった」
隣に寝かせてあるモナに触れ、彼女の無事を確認するフッサ。いいなぁ、肉球。
「我が記憶している傷に間違いなければ相当貴重な薬を使ってくれたのではないか? 金はいつになるかわからぬが必ず支払おう。言い値で構わぬ。我はあの時死を覚悟した。人生のすべてを貴殿に捧げよう」
重い、重い。心意気が重いよ。経費は掛かっていませんのでご安心してください。お友達価格で治療費はサービスだよ。
「いや、気にするほどのものでは…」
「そんな訳にはいかぬ!」
俺の肩を掴み、訴えてかけてくるフッサ。そんなに顔を近づけられたらナデナデしちゃいそうになるじゃないか!
「む? 貴殿は?」
「な、何か?」
しまった、ナデナデしようとしたのがバレたか?
「いや。なんでもない。しかし…」
何かを言いだそうとしたがそれを飲み込むフッサ。よし、このタイミングで傷薬(嘘)のことはあやふやにしてしまおう。
「と、とにかく、今この地下遺跡では謎の集団による冒険者の被害が起きている。すぐに地上に戻った方がいい」
「それはマント姿の連中か? 我らも魔物との戦いが終わり油断したところをマント姿の集団に襲われて」
やっぱり、マント姿の連中の仕業か。
「そうか、連中について何か気が付いたことはあるか?」
情報収集大事。これ基本。
「気が付いたこと、か。一瞬のことであったし、情けないことだが逃げ出すのに必死で…。む、そういえば奇妙な臭いがした」
「臭い」
「ああ、何かが腐ったような臭いと、まじないで使う薬草、それに血の匂い」
凄いな獣人。一瞬でそこまで嗅ぎ取れるのか。
「わかった、参考になった。その話はギルドでもしてくれ」
「貴殿はどうするのだ?」
「私はもう少し調査をする。ここは地下十一階だが戻れるか?」
「十一階? 我らは二十三階にいたはずだが?」
「担いできた」
転移で一瞬だけ担ぎましたよ。嘘じゃない。
「それは…、傷の治療をしてもらった上にここまで運んでくれたとは…」
「何度も言うが気にしないでほしい」
「すまない、恩に着る」
できれば今晩中に事態に蹴りをつけてしまいたい。だから二人には先に戻ってほしいというのが本音だ。なんだか魔物がいないみたいだし大丈夫だよね?
「ここが十一階というのであれば我だけでも問題ない。貴殿は貴殿のすべきことを」
「わかった。では私はこれで」
変なボロが出ないうちに、おさらばさせてもらいますよ。二人が無事で、正確には無事では無かったけど、結果的には無事で戻れそうだから安心した。
「貴殿の名は?」
「冒険者のヤマダだ。悪いが私のことはギルドでは濁して伝えてもらえると助かる」
実在しないからね。俺に恩を感じているようだし、適当に誤魔化してくれるでしょ。
地下十階に繋がる階段まで二人を案内し、モナを背負ったフッサの姿が見えなくなるまで見送った。
全くもって面倒な事件を起こしてくれたなぁ、謎のマント姿の集団さんよぉ。
再び【影移動】で地下二十三階に戻ってきた俺。【邪神の魔力】による無限の魔力を地下遺跡のここより更に下の階に向けて展開する。
ありったけの敵意を込めて。
それじゃあ蹂躙を始めようか。
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