怪しげな訪問販売
ギルドを後にした俺たちは金の小麦亭にやってきた。
「部屋空いてるかな?」
「ほとんどの冒険者が地下遺跡から戻ってきているとなると空いていないかもしれませんね」
「そうだよなぁ、その時はラスファルト島に行こうか」
気を紛らわすようにそんな会話をしながら。
「すみませーん!」
「はいはーい!」
宿の奥からやって来たのは女将さん。俺たちの姿を見ると驚き、そして駆け寄ってきた。
「あんた達! 無事だったんだね! 一週間経っても戻ってこないからあたしゃてっきり…。よかったぁ…」
俺とミトをぎゅっと抱きしめ涙混じりの声で無事を喜んでくれている。随分と心配させてしまったようだ。ギルドでも反省したけど予定期間を大幅に超えた探索はもうやめよう。
その後も俺たちの身を案じていた娘のマリカちゃんが大泣きして大変だった。年齢が近い俺のことをとても心配していたらしく、冒険者ギルドに俺たちが戻ってきていないか毎日確認しに行っていたそうだ。
その後は特盛の夕飯を食べ部屋に戻った俺たち。ここの食事は絶品で食後はいつも幸福な気持ちで満たされるのだが、フッサとモナのことが気がかりでどうにもモヤモヤする。
尚、俺たちが泊っているのは前回と同じ部屋だ。予想していた通り、地下遺跡から戻ってきた冒険者たちで満室になるところだったのだが、マリカちゃんが俺たちの戻りを信じて女将さんに頼み、ずっと空けてくれていたらしい。
「あのお二人のことが心配ですか? モナさんは二度、フッサさんは一度しかお話する機会はありませんでしたよね?」
ミトが言わんとしていることもわかる。この世界、殊、冒険者という職業では別れは身近なものだ。それが永遠の別れだろうとも。その別れで一々心を乱されていてはいつか自分の身が危険にさらされる。
大体俺自身、この世界では既に多くの死を振りまいてきた。盗賊や組織の人間、考えないようにしていたが、直接だろうと間接的だろうと俺の放った邪気の影響での影響で命を落とした人だっているはずだ。
そんな俺が一度や二度話したことがある人を心配するのはおかしな話かもしれない。ソルージアと違い、あの二人が命を落とそうとも俺に影響がある訳ではない。
それでも。
「まだ助かるかもしれないと思うとなんだかなぁ」
「もう手遅れかもしれません」
「だけどさ、だからって何もしないでこのままゴロゴロするのもな…」
「…主様はあのお二人の無事を望むのですね」
ベッドに腰掛けなんとなく天井を見つめる俺。弱い灯りに照らされた天井。
僅かな魔力の波動が放たれるとポワっと明るさを増す室内。向かいのベッドに腰掛けていたミトが何かに祈るよう両手を胸の前で握り合わせている。
ミトが祈るのは邪神。だが祈るべき邪神は消滅しその力は俺の中。つまり邪神に祈っているなら「祈りを捧げたのはお前か、何を望む」とか言ったほうがいいかな。
そんなことを考えながら向かいに座る彼女を見る。やがていくつかの小さな光が彼女の周りをフワフワと不規則に回りだす。しばらくそれが続くと光のうちの一つが握り合わせた手に吸い込まれる。彼女の手に淡い光が灯ると同時に周囲の光は消え、もう一度僅かな魔力の波動を感じる。
これはミトのスキル占星術か。以前使った【探索】はこの後、握る手を開くと光る矢印がでてきたのだが。
「駄目、ですね。主様の望みがどうすれば叶うのかを占ってみたのですが」
淡い光は儚く散り、元の弱い灯りだけとなった部屋に沈黙が訪れる。
望みが叶うことはないということなのか。
コンコン、という遠慮がちに扉を叩く音が沈黙の続く部屋に響いた。
「レイブンさん、ミトラさん、お客様がいらっしゃっていますが…」
扉を開けるとマリカちゃんが立っていた。その目は散々泣いた影響かやや腫れている。
客? 俺たちを訪ねてくる人?
「どうもどうもお久しぶりです。いやあ、お二人が行方不明になっていると聞いて心配しておりましたがご無事な顔を拝見できて幸甚でございます」
顔を出してきたのは燕尾服に身を包み、ちょび髭にオールバック、右目に金縁のモノクルを掛けた細身の中年男性。ウェディーズ魔道具店の店主、ウェディーズさんだ。
「ちょ、ちょっと、ウェディーズさん! 下で待っていてくださいって言ったじゃないですか!」
「マリカ様、申し訳ございません。私、どうしてもお二人のご無事を確かめたかったものでついつい気が急いてしまいました。なに、寛大なお二人ですから私の無礼など気に留めますまい」
相変わらずの胡散臭い雰囲気だ。
「さて、ここからは大人のお話、そうビジネスのお話です。大変申し訳ございませんがマリカ様はどうぞお戻りください」
二人は知り合いのようだが、マリカちゃんはどうしていいかわからず戸惑っている。
「あー、とりあえず俺たちに用があるみたいだから話を聞くよ。マリカちゃん案内ありがとう。とりあえず中へどうぞ」
俺としては今この人の相手をする気分ではないのだが、断ったところで素直に帰ってくれそうにないし話だけでも聞くか。部屋に備え付けの椅子をウェディーズさんにすすめ、俺もその向かいに座る。ミトはいつの間にかポットとカップを取り出しお茶の用意を始めている。
「あのう、それでお話とは?」
「突然の訪問なのにも関わらず快くお部屋に招き入れていただきありがとうございます」
別に快くは思ってないけどな。
「大事なお話の前に、一つ準備をさせていただいても?」
そう言って懐から銅色の懐中時計のようなものを取り出す。時計がある面には緑色の魔石が埋め込まれている。
「こちら防音の魔道具です。とても、ええ、とても大事なお話ですのでこちらを使用させていただいてもよろしいでしょうか?」
金の小麦亭には悪いがここは高級ホテルではないから隣の部屋との壁は厚いものではない。この人の声はやたら通るので使ってくれるというなら拒む理由はない。
「それでは失礼して」
俺が頷くとウェディーズさんは魔道具のボタンを押す。緑色の魔石が淡く光り部屋中に薄っすら魔力が広がる。発動の瞬間、ウェディーズさんが魔力を発している感じは無かったので魔力を使用する必要のないタイプの魔道具なのかもしれない。
「さてさて、改めてお二人がご無事に戻られたことを私、心より嬉しく思います。本来なら、そう本来ならばお二人の二週間にも及ぶ地下遺跡探索を詳しくお聞かせいただきたいのですが、残念ながらあまり時間はないのです」
「はぁ」
「商人とは情報が命。私の元には様々な情報がやってまいります」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるウェディーズさん。
「この二週間で随分とお稼ぎになったようですね」
なっ!? なんで知っているんだ? …いや、ギルドにいた人間なら報酬預かりシステムの説明をされていたのを知っているか。あの場にいた誰かから聞いたのか?
危うく「何故それを!」なんて小物感満載なセリフを発してしまうところだったがぐっとこらえる。いつの間にか目の前に用意されていたミト特製のお茶を一飲み。うん、心が落ち着くね。
「え、ええ、まあ」
若干返事が上ずってしまった。こんなことならもっとちゃんと貴族教育を受けておくべきだったな。腹芸は苦手なんだよな。
「そんなお二人に是非ともご紹介した魔道具がございます! 先日はまだ新人ということでご謙遜されお買い上げいただけませんでしたが、今のお二人なら高いお買い物でもないでしょう。他のお店に行かれる前に、是非と思いましてね」
なんだ、俺たちが稼いだのを誰かから聞いて訪問販売に来ただけか。なにか裏があると身構えちゃったじゃないか。いちいち胡散臭いんだよな、この人。
ファサっと光沢のある厚手の布を取り出し丸テーブルに広げると燕尾服の胸ポケットからいくつもの魔道具を取り出しては並べる。マジックバッグでも内臓してるのかな。
並べられたのは懐中電灯のような筒、怪しげな水晶、何かの箱、先日薦められたグレコ工房製の水袋、そして前世との繋がりを感じるボールペン。
いかがですかな、と言われるが今回の稼ぎは俺の無事を知らせる手紙の送料に企てるつもりだ。だから現状必要のない魔道具に使うつもりはない。
「あの、折角来ていただいたんですが…」
お帰りいただこう。
「おっと、おっと、まぁお待ちください。お二人の無事のお祝いということで今ならどれも割引価格での販売とさせていただきましょう。それに特別サービス、私が知っているとびきりの情報の中の一つを特別に、そうレイブン様とミトラ様に特別に教えて差し上げましょう。冒険者ギルド受付嬢たちが狙っている冒険者、この街の領主が夜な夜な入れ込んでいる娼婦の秘密、この宿の看板娘マリカ様が最後におねしょをしたのはいつなのか」
あとはそうですね、と一拍。
「冒険者ギルドも警備隊も知らない地下遺跡への入り口などいかがでしょう?」
彼の右目のモノクルが部屋の灯りに照らされ、怪しく光った。
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