第二章
冒険の始まり
投稿再開いたします。二章の開始です。どうぞよろしくお願いします。
◆◆◆
「そろそろ休憩にしようか」
「そうですね、では少々お待ちを」
俺はレイブン・ユークァル、十歳。イリュシュ王国のド田舎に領地を与えられた木っ端貴族の三男坊だ。その正体は異世界からの転生者、山田太郎。神様のトラブルで死んでしまった俺はその歪みを正すために、この世界に転生し五十年程生きなければいけなくなってしまった。
剣と魔法に魔物も存在するファンタジーなこの世界で長生きするために、転生時に授かった成人するまでは命の危険に対して幸運値が爆上がりするっつー特別な加護を利用して、世界最強とまでは言わないがそれなりの強者を目指している。この世界での成人は十五歳だからあと五年は死に物狂いで頑張る予定だ。
この世界では十歳の誕生日にスキルを授かるのだが、転生時に使用されたエネルギーってのがこの世界の邪神だったせいで俺のステータスとスキルは大変なことに。
世界中でも邪神が復活したって大騒ぎ。幸い俺が原因というのはバレてはいないがこれがバレたら人類全体から討伐対象になってしまう。天才型で努力型な俺の力でなんとか邪神の力を隠すことは出来るようになったが、貴族令嬢の従者として学園に通うことになってしまった。
学園なんぞに通うことになったら成人までに加護を利用して俺自身を超強化する予定が狂っちまう。巻き込まれた邪神を信仰する組織による貴族令嬢の誘拐事件。これを利用して行方をくらますことに成功した俺の冒険が今ここから始まるのだ!
「主様? そのガッツポーズはどうされました?」
「あっ、いや、なんでもない、なんでもないんだ」
ついつい心の中のモノローグに夢中になってしまい、拳を振り上げてしまった俺の奇妙な行動に突っ込むわけでもなく、首を傾げて訪ねてきたのはミト。
邪神を信仰する組織の巫女という特殊な立場だった彼女は未来を視ることができるというスキルで俺との幸せの未来を確信。妄信的に俺を慕ってくれている黒髪エルフさんだ。見た目は二十歳くらいのお姉さんだが本当は百七歳。人は見かけによらないよね。
ちょっとしたトラブルで俺の眷属になってしまった彼女はその影響で紫色に染まってしまった一束の髪を指先でクルクルするのが癖になっているみたいだ。…無言のクレームじゃないよね?
俺たちが今いるのは深い森の中、道なき道をミトのスキル【占星術】が指し示す方向に向かって進んでいる。その先に何があるのかはわからない。
なんでこんな遭難みたいなことになっているかって?
ミトを追ってきたカーディナルナイトのアルブムとかいう謎組織の追手との戦闘後、俺が拠点にしているラスファルト島で一晩を明かした俺たち。島からの唯一の移動手段である俺の闇魔法スキルで使える【影移動】だが、移動可能な座標はラスファルト島、自分の影、ガニルムの倉庫地区、ポータル、山の砦の五つだけ。
ラスファルト島と自分の影は移動の意味がない。ガニルムへ移動し万が一見つかってしまったら学園入学まっしぐらだから、しばらくはガニルムには近づきたくない。ポータルと呼ばれていた謎組織の転移装置がある場所は危険。ということで、消去法でこれまた謎組織の拠点である山の砦に移動した。
誘拐された辺境伯の孫娘であるソルージアをガニルムに送り届けた後、何故か転移できなかった山の砦だが無事に【影移動】で移動は出来た。
黒騎士モードと俺の中で読んでいる【邪神の魔力】を解放した状態で暴れまわった後なので、かなり警戒して【影移動】してみたらあらびっくり。
砦は数百年経過したのかってくらい蔦やコケに覆われ、その壁の一部は木が突き破り廃墟というか遺跡のようになっていた。もちろん、人気なんかありゃしない。
タイムスリップでもしてしまったのではないかと心配になる俺だったが、ミトが「植物魔法によるものでしょう。主様が転移してすぐにこの場を放棄したのでは?」と推測していた。そうか、こういう使い方もあるんだなと感心してしまった。
ミトの推測ではかなりの高レベルの植物魔法使いによるものではないか、俺の【影移動】が失敗したのは植物魔法が行使されているタイミングで魔力の干渉が上手くいかなかったのでは、とのことだ。
彼女は魔力の扱いに長けたエルフ。その彼女がそう言うのならそうなのだろう。小難しい理論の説明が始まりそうだったのでそれ以上突っ込んで質問するのはやめた。
ミトもこの砦の場所については良く知らないらしく遭難状態になってしまったのだ。放棄されていなかったら誰かとっ捕まえて近くの街がどこにあるか聞き出すつもりだったんだけどなあ。
そういう訳で当てになるかわからないがミトの持つ【占星術】というスキルで進む方向を占い、それに従って移動しているわけである。
どうせ占いなんて当たらないんでしょ? と懐疑的な俺だったが彼女が言うには結構当たるらしい。実際このスキルを利用して巫女という立場になったのだからそうなのだろう。異世界だしね。
つまり、ミトさん有能、そういうことだ。
ミトに少し時間をもらい移動を開始する前に【影移動】の座標をちょっといじくることにした。といっても登録順でところてん方式に古いものは書き換えられてしまうので、移動して登録をやり直しただけなのだが。
一度ラスファルト島に戻って座標の再登録。
その結果、今の座標は古い順に自分の影、ガニルムの倉庫地区、ポータル、山の砦、ラスファルト島となった。この先、どこか新しい座標を登録するときにラスファルト島が消えてしまうのはマズい。何せ、聖神教が総力を挙げても上陸できなかった場所だ。【影移動】で行けなくなったらもう二度と行けないだろう。
誰のことも気にせず【邪神の魔力】を解放出来て、好き勝手魔法の検証が出来る場所なんて他に見当もつかないからな。
「主様、整いました」
ここに至るまでの状況を回想していた俺に対し、植物魔法を駆使して椅子とテーブルを即席で用意してくれた彼女がそう告げる。
すごいよね、地面からにょきにょきと木が生えてきて絡まりあって休憩スペースがあっという間に出来上がるんだもんな。
俺も植物魔法スキルがあるが、一レベルの俺に比べて彼女は五レベル。流石エルフというべきか。
ここからは俺の仕事だ。
闇魔法スキルの【裏倉庫】からポットを取り出して、茶葉を入れる。生活魔法スキルで水を注ぎ、温めるとお茶の完成だ。それを同じく【裏倉庫】から取り出したカップに注ぐ。
いつの間にかミトが切り分けた果物が大きな葉っぱに乗せられている。
これで休憩の準備完了である。ちなみにこの茶葉は薬師のスキルを持つミトが生成したもので少しだけ疲労回復の効果があるとか。
ミトさん有能すぎだろ。
お茶を飲むと優しい甘味の後に優しい清涼感が鼻に抜ける。みずみずしい果物は十分に甘く、移動で疲れた体に染み渡る。
「そういえばミトがいた邪神、いやズワゥラスを信仰している組織ってどういうところなんだ? ズワゥラスを崇めるズワゥラス教ってこと?」
「対外的には、残念ですがズワゥラス様は邪神として知られていますので邪神教と呼ばれることがありますし、組織の幹部に司教や教皇といった役職があるので宗教色は強いのですが信仰は組織の一部です。その目的も様々でズワゥラス様の素晴らしさを広める者、ズワゥラス様の復活を望む者、ズワゥラス様の力を解明しようとする者などがおります。内部の者もズワゥラス教と自らの組織を呼ぶことはありません。皆、単に「組織」と呼ぶことが多いですね。一応正式にはズィ・ラという名があります。古い神々の言葉でズィがズワゥラス様のことを表し、ラが眷属という意味だそうです」
ふーん、ズィ・ラねえ。まあ俺の中では謎組織ってことでいいかな。
「そう考えると、主様の眷属となった私のことみたいですね。ふふっ」
「! ごほっげほっ」
急に眷属化についてぶっこんできたな。嬉しがっていたけど、大丈夫だよね。元に戻せって言われても無理だからな!
俺の動揺に気が付くこともなくうっとりとした表情で紫色に染まった部分の髪を指先でクルクルと遊びだす。ホントそのしぐさしょっちゅうするな。
「あ、そ、そうだ。ソルージアと一緒に攫われたときにステータスを確認されたんだけど、何を探していたんだ?」
「半年前の邪気の発生時に、私とは違う別の巫女が直近でステータスを授かった子供がズワゥラス様復活の鍵を握っていると予知したのです。とはいえ手あたり次第に確認することも出来ないので貴族を狙ったのです。貴族は血筋の関係上優秀なスキルを授かることが多いですからね。主様とソルージア嬢はそのスキルの多さで有名でしたから狙われたのでしょう」
なるほどな、まあ流石に十歳の子がステータスを偽装しているとは思ってもいなかったのだろう。俺の秘密は無事に守られたってわけだ。
さてと、一息ついたしそろそろ移動を再開しようか。
「方向は今まで通りでいいんだよな?」
「ええ」
彼女が目を閉じ、祈るように手を胸の前に合わせるとテーブルの上にポットと同じ高さの光の矢印が現れ、音もなく倒れた。これは占星術スキルによる【探索】だ。この矢印の指し示す方角に俺たちの探し求めているもの、つまり人里があるらしい。
光る矢印は星の導きの力なるものを収縮したものらしい。俺にはさっぱりよくわからないが魔力は使うが魔法スキルとは違うものとのこと。
「方向は間違っていませんね」
「それじゃあ、行こうか」
「はい」
もう数時間もすれば日が落ちるので適当な場所で野営の準備を始めなきゃな。休憩の時や野営の準備は随分手慣れてきたから、いい場所さえ見つけられれば時間はかからないだろう。
森を彷徨ってもう一週間。早く人里に着かないかな。
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