閑話:アルブムという男
「ちっ逃したか。今のは闇魔法の【影移動】…。【暗黒星雲】をあの出力で放ち、光魔法で傷の治癒もしていたな」
白銀に輝く鎧の男は逃した黒鎧に対して考えを巡らせていた。
激しい戦闘の爪痕。土埃が舞う地下空間の壁の一部は崩れ転移装置を中心に描かれていた魔法陣も削れ、不完全なものになってしまっている。魔法陣の外縁に設置された制御装置もいくつかは壊れてしまった。
「おい、装置本体は無事か?」
その問いに同じ素材の鎧、男の鎧に比べ体を覆う部分は少なく装飾も控えめな鎧を着た部下二人のうち一人が返す。
「はっ、アルブム様の【絶対防壁】のおかげで本体は無事です。魔法陣と制御装置の復旧には時間がかかるでしょうが、あれらは補助機能にすぎません。我々なら装置本体さえ無事なら転移は可能です」
「そうか…」
アルブムは思案する。ここを放棄するかどうか。
組織が禁呪により生み出した人造魔石と地脈から得られる豊富な魔力のおかげで複数拠点への転移を実現したダイベルポータル。この近辺、いやこの大陸にこれ以上の場所があるとは思えない。
とはいえこの場は組織だけが知る場所ではなくなってしまった。
そして【影移動】が使える手練れの戦士。
闇魔法スキルがレベル八以上で使える【影移動】。スキルにもよるが魔法系スキルでレベルが六になれば達人と呼ばれてもおかしくない。スキルレベル八など到底普通の人間は至ることのできない境地である。
高レベルな闇魔法に加え瞬時に傷口を塞ぐことのできる光魔法。粗削りではあったが剣技も上等で体捌きは一流。それにあれだけの大剣を軽々と振り回す膂力か。
(部下だけだったら返り討ちにあっていたな)
転移装置の調整をしている二人を一瞥する。
優秀な部下ではある。それは彼らが装備しているミスリル合金の鎧が示している。組織内でも戦闘に特化した部隊、その中でも一部の上位者に授けられるのがあの鎧だ。しかし彼等だけではあの黒鎧には勝てなかっただろう。それだけの力量を持つ者と組織から離反したと思われる巫女。
(念のための「鈴」が役に立ったか)
巫女ミト。聖神教の神官の地位を捨て我らが神にその身を捧げたという変わった経歴の持ち主。特殊な役職である巫女が得られる情報は多い。そのため彼女の行動には監視が付けられていた。入信当初は大げさに、そして段々と監視の目が緩んでいるように見せていったが、その実、常に影から監視の目があったのだ。
影からの報告にて無断でポータルを使用したことが判明。その際に付き人を殺害したため組織からの離反と断定。その後を追って戦闘になった。
「手引きをしたのが何処のどいつか知りたかったが…。まあいい、巫女は長くは持たないだろう。黒鎧の右手も切り落とした。あれほどの強者の部位欠損で手に入れた巫女もすぐに死ぬ。これに懲りてしばらくは下手なちょっかいはかけてこないか…」
今ではカーディナルナイトという大層な称号を持つアルブムだが、元は組織内でも裏切り者の処分を専門としていた。彼がその時に手に入れたのは【信徒殺し】というユニークスキルだ。ユニークスキル、つまり世界で彼しか所持していないスキルである。
神を深く信仰する者は、信仰した神から多からず祝福を受ける。彼のスキルはその祝福に反作用し、信仰が強ければ強いほど強力な呪いをかけることができる。呪いをかけた相手が死ぬまでは使うことは出来ないという制限はあるものの、人々は皆何かしらの信仰をもつ。だからこそ誰に対しても必殺足り得るスキルだ。
巫女の風魔法スキルによる攻撃に対して放ったカウンターにはこの【信徒殺し】の呪いをかけてある。
今もその呪いが巫女の身体を蝕んでいるのがアルブムには感じることができる。
(もう少しか)
過去の経験から呪いが力を強め巫女の命がわずかなことがわかる。
今まさに呪いの力がその命を食い尽くそうとした時だった。
地下空間にも関わらずまるで突風が吹き抜けたような感覚。それと同時に身体の底から湧き上がる恐怖、狂気。
「…、これは間違いない、ズワゥラス様の御力」
狂おしいほどの憎悪。
(今すぐにでも誰かを血祭にあげ、その返り血で全身を清めたい)
今までに感じたことのない強さの御力だ。
その快感に酔いしれているアルブムに青い顔をした部下が話しかける。
「あのう、これはどうしましょうか?」
そう部下が指さすのは足元に転がっていた死体。部下と同じ鎧をきた男だ。
アルブムからしたらどうでもいい話だが、組織内での派閥争いというのがある。派閥も何もズワゥラス様に全てを捧げればいいだけで、むしろ派閥を名乗ること自体が不敬極まりないと考えるアルブムだが、そんな彼の言動を快く思わないとある司教が送り込んできた間者。どこかで処分しようと思っていたので、黒鎧が放った攻撃の盾としたのだった。
(首をあの司教に送り付けるか、いやわざわざ煽ることもないか…)
「デズラゴスに届けてやれ、確か死体を欲しがっていたな」
同僚の死霊魔法使いの顔を思い出し、部下に告げる。
「はっ! 転移の準備が整いましたがいかがしましょう」
気がつけばもう一人の部下を中心に魔法陣が展開されている。これは転移装置とリンクし座標の設定と起動を行う魔法陣だ。この部屋に刻まれていた魔法陣とその外縁に設置されていた装置は誰でも転移装置を使えるようにするための補助装置で、適性を持った者であれば転移装置本体と魔石さえあれば転移が可能なのだ。
「お前たちは先に戻れ。この場所の情報は漏れているだろうから私は装置を撤収してから戻る」
「「はっ!」」
アルブムの指示に従い転移装置を起動させこの場から消える部下二人。
二人の転移が終わり転移装置が発光をやめるとアルブムは装置に向かい手を向ける。
「【裏倉庫】」
彼が闇魔法スキルを行使すると地下空間に鎮座していた巨大な転移装置は空間に出来た歪に吸い込まれた。
「【影移動】」
自らの影に沈んでいくアルブム。
(私の他にも闇魔法スキルと光魔法スキルを高レベルで所持するものがいたとはな。だがあの右手ではもう十分には戦えないだろう)
いつの間にか消えていた巫女にかけた呪いの反応。黒鎧は取り逃がしてしまったが裏切り者の始末は出来たことで溜飲を下げつつ組織の本拠地に戻るのであった。
◆◆◆
閑話は以上です。ストックが溜まるまで一時掲載はお休みさせていただきますが、今月中には投稿を再開いたします。引き続きよろしくお願いします!
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