閑話:帰還、その後
「…というわけですの。レイブンが巻き込まれてしまったのは私の弱い心、醜い嫉妬心が招いた結果ですわ。ユークァル男爵、オルチジャン様、謝罪いたしますわ」
対面するタトエバンとオルチジャンに深く頭を下げるのは保護されたばかりのソルージア。彼女はこの数日前で余程辛い目にあったのか、見るからに痩せこけ肌や髪からは艶が失われていた。しかしその瞳からは以前にもまして力強い意志を感じ取ることができる。
「頭をお上げください。そうですか、レイブンが…」
ガニルム砦に設けられた仮の辺境伯用の執務室、今この場には対面するソファにソルージアとダンテ、タトエバンとオルチジャンがそれぞれ座っていた。
ソルージアから洗脳されていたことや彼女らを攫った組織のこと、ヤマダと名乗る冒険者に助けられたこと、レイブンがソルージアの救出を優先し自らの意志で残されたこと等を聞いた大人たちは皆が神妙な顔だ。
「無事、なのだろうか…」
「私が言うのもおこがましいですが、ヤマダという冒険者、手練れのようでしたわ」
「近接戦闘も魔法スキルもあって単独行動でギルドから潜入調査の依頼を受ける冒険者か。レイブンが連れ去られた転移先というのがわからない以上、その冒険者についてギルドに問い合わせてみるのがいいでしょうね」
「ふむ、冒険者ギルドが全ての冒険者を把握しているとは思えんが、それほどの力量の者なら何か情報が掴めるやもしれんな」
「そう、ですね…。それに森の中にあるという転移装置。そこまでの移動日数やソルージア様が目撃された魔物の情報だとダイベル大森林にある可能性が濃厚でしょう。調査隊を編成されるならば、どうか私を加えていただけませんか」
ソルージアが持ち帰ってきた情報をもとにレイブンの捜索に加わりたいと進言するタトエバンであったが、その発言には待ったがかかった。
「それはならん」
「何故です!」
「タトエバンよ、お前はもう一介の騎士ではないのじゃ。ダイベル大森林の奥地は魔物の巣窟じゃ。領地を預かるその身に何かあったらどうする」
声を荒げるタトエバンだったがダンテにより諌められる。手がかりがあるのに自ら動けないことへのもどかしさ、それが彼を急き立てる。
「我が剣、未だ衰えてはおりませぬ。魔物ごときに遅れはとりません。この剣の錆びにしてくれましょう。それに万が一の時はこのオルチジャンがおります」
「父上…」
「ふぅ、頭を冷やせ。お前一人が調査隊で出来ることは限られておる」
「ですが!」
「ならんと言ったらならん、ちっとはお前が指導した騎士を信用せい」
「くっ…」
タトエバン自身も無茶を言っている自覚はある。三日前とは違いダンテが感情を抑えていること、オルチジャンとソルージアの前であるということが彼に自制心を留めていた。
「それにこの件、我が領だけの問題でもないようじゃ。転移装置を持ち複数拠点を持つ組織じゃ、イリュシュ王国内だけでなく他国でも活動しておるかもしれん。そしてステータスを授かった子をターゲットに何かを探している。…他にも攫われている子がいるかもしれんな。無論レイブンの捜索は優先的に行うが…」
どこか歯切れが悪くなるダンテ・ガナン辺境伯。彼の、いやこの場の全員の脳裏に「あること」が過る。
ソルージアが保護されて間もなくのこと。ここ数か月間感じることのなかった邪気、それも途轍もない程強烈な邪気がここガニルムでも混乱を起こしていた。
聖神教により街全体に施された邪気に対する防御は一切の機能をすることなく消え去った。体調不良を訴える民が多発し、特に邪気に対する抵抗力が弱い子供は皆がその恐怖に泣き叫び、あやすべき大人も動くことさえままならなかった。
魔道具や魔術的機構はそのほとんどが機能を停止するか異常な動作をし、現在も大部分が復旧していない。通常は夜間でも魔道具の灯りで主要な通りが照らされているガニルムだが、現在は一部の施設で火が焚かれている他は夜空に浮かぶ二つの月に薄っすら照らされているだけだ。
街を囲む防壁に施された魔物避けも機能していないため、非番の兵や騎士、冒険者も総動員して周辺の警戒に当たらせている。神官や光魔法を使える者は魔力ポーションを飲みながらも休みなく救護活動を続けている。
混乱収拾のため奔走したダンテ、タトエバン、オルチジャンの三名は疲弊しきっていたがレイブンについても翌日に持ち越すことは出来ないと、ようやく時間がとれたのが、まもなく日が昇ろうとするこの時間だ。
レイブンの捜索や彼等を攫った組織の調査について、しばらくは人員を割くことは難しいことはこの場の誰もがわかっていた。
「とにかく、少し休んだらタトエバンは領地に戻れ。魔物が活性化するかもしれんからな、領地の警戒を怠らんように。もどかしいことじゃが、ひとまずはレイブンのことはそのヤマダという冒険者に任せるしかないじゃろう。よいな?」
そう言うと足元に置いてあった箱をローテーブルの上に置くダンテ。箱自体に魔石が埋め込まれ魔術的な文様が刻まれており、その複雑な構造から複数の仕掛けが施されているようだ。
箱の中央の魔石にダンテが手をかざすとカチャと音が鳴り、箱が開く。
そこには手のひらに収まる程の大きさの銀色に輝く立方体の金属が二つ。
「これは…?」
「伝声の魔道具じゃ。最近開発されたばかりの最新式での、対になっている物同士で距離を無視して会話が可能じゃ、ほれ」
片方の金属を持ち魔力を通すと両方の魔道具が光を発する。
「あー、あー」
『あー、あー』
魔道具に向かってダンテが声を発するとほぼ同時にもう片方の魔道具からもフィルターを通したような、それでいてダンテのものだとわかる声が聞こえてきた。
「距離に応じて魔力が必要になるがお前の領地からなら問題はなかろう」
『距離に応じて魔力が必要になるがお前の領地からなら問題はなかろう』
起動したままの魔道具からはダンテの声が再び重なるように聞こえてくる。ほれ、と言わんばかりに目線でタトエバンを促すと慎重に魔道具を取り出し語り掛ける。
「あ、あー」
『あ、あー』
今度はダンテの持つ魔道具からタトエバンの声が同時に聞こえてくる。動作を確認できたからかダンテが魔道具を停止させると両方の魔道具は光を失った。
ダンテ以外の三名は声が出ないほどに驚いていた。それもそのはずである。今までの通信用の魔道具といえば大型のものや、一方的にメッセージを送るものだった。これほどまでに小型化され双方同時通信ができる魔道具はアーティファクトと呼ばれる、古の時代、今よりも魔道具技術の栄えていた過去の超遺物しか存在しなかったのだ。
「製法や出所は教えられんが、これがあればレイブンの捜索状況はより緊密に連絡をとりあうことができるじゃろう」
ダンテは「ほれ」と気軽に渡しているがこの魔道具は存在自体が国家機密に準ずるもの。辺境伯家にも国王とのホットライン用の他にはこの一対しかない。国内にも二桁は出回っていない非常に貴重なものだ。
碌に人員を割くことができないこの状況において、ソルージアの脱出を優先させたレイブン、そしてその一族に対してダンテができる最上級の便宜である。
その後いくつかの確認をし、空が白み始めた頃にこの場はお開きとなった。
ダンテ・ガナン辺境伯とオルチジャンはこの日以降も辺境伯領の混乱収拾のため奔走することになり、タトエバン・ユークァルも翌日には自領に戻っていった。
そして当事者の一人であるソルージア・ガナン。翌日、普段は兵たちの訓練で使われているガニルム砦の中庭に彼女の姿があった。邪気の影響で手の空いているものは全て出払ってしまったガニルム砦、それはこの中庭も同様であった。
人気の無い中庭で一心不乱に一人剣を振るう彼女。
その視線の先にいるのは身の危険を顧みず彼女の救出を優先した同い年の男の子か。それとも彼女を救出した黒い全身鎧の冒険者か。
並々ならぬ覚悟で自らを鍛える彼女が「炎姫」と呼ばれ近隣諸国から恐れられるようになるのは遠くない未来のことである。
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