閑話:ダンテ・ガナン

 ソルージアとレイブン・ユークァルの行方がわからなくなってから二日が経過した。


 ガニルム砦の辺境伯の執務室、その隣の部屋、本来は来客の待機用として使われていた部屋で砦の主であるダンテ・ガナン辺境伯は部下から捜索中の孫娘達に関する報告を聞いていた。尚、隣の執務室は職人たちによって急ピッチで修復が行われている最中である。


「…以上の状況からソルージア様付きメイドのアリオラが本件に関与しているのではないかと。少なくとも外部の者と接触していたのは事実です」


 確か七年程前から雇っているメイドでどこかの商家の娘だったはずだ。孫娘と一緒に行方不明となったメイド。なにか手がかりがないかと彼女の自室を調べると必要最低限の私物しかなく、さらに調査を進めると不審な点がいくつか見つかったのだ。


「密偵か…」


 ソルージア付きとしてメイドという立場を利用すれば、外に漏れ出ない辺境伯領の情報を流すことも比較的容易にできたはずだ。孫娘の誘拐というだけでも頭が痛いのに辺境伯家の近しいところに密偵が潜んでいた可能性があるなんて。


 武勇には長けたダンテではあるが、政治的駆け引きや情報戦は苦手としている。何か対策を立てなければいけないが妙案は思い浮かばない。この件は王都にいる息子と優秀な片腕であるオルチジャン・ユークァルの二人に丸投げしてしまおうと心に決めた。


 しかしそれもソルージアとレイブンを無事救出してからの話だ。


 辺境伯家の人間はその役目を全うできるだけの強さを持つべし。


 その信念の元、半ば強引に長男から娘を預かり英才教育を施してきた。貴族とは、辺境伯家とは。その教育の結果少しばかり気位の高く育ってしまった孫娘ではあるが、自慢の孫娘だ。子に抱いた感情とはまた別の愛情を抱いた初めての孫、辺境伯としての立場から厳しく接することもあったが、その立場さえなければもっと甘やかしていたに違いない。


 出来ることなら今もソルージアを自分の足で探し回りたい、だがそれは許されない。


 万が一最悪の結果になった場合でも辺境伯としての義務は果たさなければならない。これが貴族に生まれた者の宿命だからだ。


「ふぅむ」


 座りなれない椅子に深く腰掛け考えるのは誘拐事件の黒幕について。


 タトエバンには誘拐犯からなにか連絡があるはず、と言ったもののこの二日間何もない。これが単なる営利目的の誘拐なのか、それとも国内での権威低下を狙った他の貴族の仕業か、もしくはイリュシュ王国侵攻を狙う国外からのものか。


 現時点ではそのどれもが怪しいと言わざるを得ない。何せ得られた手掛かりはメイドが怪しいのではというものだけなのだ。


 無論捜索を行っていないわけではない。発覚後すぐに街の出入りを制限し荷物の一つ一つまで確認させた。門番が買収されている可能性もあるので騎士を各門に派遣する徹底ぶりだ。


 領都内の建物も出来る限り検めた。既に街を出ていた場合に備え街道の巡回を強化し周辺の村々にも監視の目をやった。


 自領内、しかもお膝元である領都で領主一族の者が誘拐されるなど敵対貴族に知られては口撃の格好の標的だ。現国王とは良好な関係を保ってはいるがそれを妬む貴族も少なからず存在するのは事実。辺境伯領の混乱が国政を乱すことはあってはならないが、これをきっかけに万が一のこともあり得るので国王陛下には既に一報を入れている。


 体面を気にして、秘密裏に捜索ということも考えたが騎士や兵を総動員し短期解決を図ることにした。もちろん騎士や兵には詳細、つまりソルージアが誘拐されたということは口外しないように命じてはいるものの、いずれ表面化してしまうだろうと諦めている。既に噂に聡い市井の人には誘拐の件が広がっているとの報告も上がってきていた。


 儂の失脚を狙う者か…。幾人かの顔が浮かぶがどうすることも出来ない。


「北部を警戒する人員を増員せよ」


 捜索状況を報告してきた部下にそう命じる。


 もし他の貴族が関与していた場合、王都もしくはその近郊を怪しいとみるべきか。王都はここガニルムの北部に位置する。既に手遅れかもしれないが潜伏しているとすれば北部の可能性が高い、そう断じて北部への派兵を増員することにした。


 辺境伯領の南東には隣国、南西には魔物の巣窟としても有名なダイベル大森林に接している。隣国が関与している可能性もあるが常時警戒は厳にしており、更に人員を増せばいらぬ警戒をされる可能性もあるため大幅な派兵はできないし、関所での検査を急に強化することも難しい。


 南西のダイベル大森林を南下する国外へのルートは論外だろう。大森林の奥地にはAランクの魔物、数体で国家存続に関わるほどの魔物がいると言われている。あの大森林を縦断するのは不可能と思っていい。


 机の上に広げられた自領の地図に目を落とす。


 (一体どこに…)


「本件の詳細は秘しておりますが、冒険者ギルドに捜索に優れた【遠見】というスキルを所持した冒険者がいるということで、指名依頼を出しておりますが肝心の冒険者の所在が不明とのことで」

「そうか…」

「領内の捜索ならなんとかなるのですが、領外に移動されてしまうと…」


 二日もあればガニルムから移動してガナン領から逃亡される可能性も出てくる。


「…公表することも考えねばならんな」


 天井を仰いだ辺境伯はそう呟く。その表情にはレイブンと対峙した時の溌剌さはなかった。


 それから一日後、辺境伯家としての評判、それを落としてでも誘拐の件を公表しようか検討を重ねるダンテ・ガナン辺境伯の元に朗報がもたらされた。

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