閑話:タトエバン・ユークァル

 レイブンとソルージアが誘拐されたのではないか。


 その報せが届いた時、タトエバン・ユークァル男爵とダンテ・ガナン辺境伯は同室で辺境伯お抱え騎士団の訓練計画について話し合いをしているところだった。


 日も暮れ始めた時間、いつまでたっても合流しないことを不審に思った、別行動をしていた護衛役の騎士が倉庫地区を視察中の一行を探すも辺境伯家が管理する倉庫には見つからず。倉庫地区の周辺警戒をしていた兵を動員し捜索したところ、人目に付きにくい場所にある、木っ端商人が管理しているという小さな倉庫でもう一人の護衛騎士の死体が発見された。


 どんなに心身を鍛え上げた武人であっても我が子が行方知れずとなった場合、平静を保てるのだろうか。


 その疑問に対しての答えの一つがここにあった。


「離してください! 今ならレイブンの気配を探って追いつけるかもしれません!」

「落ち着かんか! 邪気を発する邪神配下の魔族ならともかくいかに親子といえども特定の人間の気配を探って追うなどお前には無理じゃろう!」


 実の息子から山賊と揶揄されるほどの厳つい男が筋骨隆々のこれまた大男に床に押さえつけられているという光景。荒くれものが集まる冒険者ギルドならいざ知らず、ここは辺境伯領の政治の中心地ともいえる場所である。


 両者ともに魔力による身体強化を行っているため床はヒビ割れ、書類は宙を舞っている。不運にもその場に居合わせていた文官は為す術もなく部屋の隅で座り込んでいた。


 報告に来た騎士でさえも両者が発する強者のオーラに後ずさりしてしまっている。


「落ち着け! 落ち着かんか! 二人の亡骸が無いとなればまだ無事なはずじゃ。であれば誘拐犯からなにか連絡があるじゃろう。下手にこちらから探し回って二人に何かあったらどうするつもりじゃ!」

「亡骸が無いかといって無事とは限りますまい! ダンテ様こそソルージア様が心配ではないのですか!」

「愚か者!!」


 瞬間、ガナン辺境伯が発する魔力が攻撃性を持ち部屋中の装飾品は壊れ、窓が吹き飛び壁も大きく崩れた。


 魔力が吹き荒れる寸前に咄嗟に護りに入った騎士のおかげで文官達こそ無事ではあったが部屋の状態は散々なものだ。


「心配でないわけがなかろう!! しかし貴族たるもの常に冷静に物事を考えなければならんのじゃ!」


 魂の底からの叫び。愛する孫娘が攫われたのだ、心配でないはずがない。しかし辺境伯としてこの地を護り続けてきた彼はその想いをぐっとこらえていたのだ。


 自分の言動の愚かさに気が付きようやく冷静になったタトエバンは身体強化を解く。それに呼応するようにダンテも身体強化を解くと部屋にはようやく静寂が訪れた。


「申し訳…ありません」

「うむ、少し休んで頭を冷やしてこい」


 破壊されたソファの残骸を足で払い、出来たスペースにドカッと腰を下ろすダンテ。物思いにふけっているのか、心を落ち着かせているのか、腕組みし目を瞑る彼に対し一礼をしてからタトエバンはその場を辞した。


 (レイブン…)


 ガニルム砦に設けられた自室に戻りながら行方が分からなくなった息子のことを想う。


 我が子たちの中でもレイブンの強さはずば抜けていた。スキルを授かる前ですら一般的な兵士になら負けない程の強さは持っていたが、スキルを授かってからは歴戦の騎士でもあるタトエバンからしても異常と思える強さだった。むろん、十歳にしてはという枕詞がつくが。


 だからこそ期待し、だからこそ道を外さぬように厳しく稽古をつけてきた。妻であるソンナからは幾度となく苛烈なまでの稽古について苦言を呈されていたが決して手を緩めることはしなかった。そして見事なまでに全てを吸収していく我が子。


 ━レイブン自身が強さを望んでいる。


 変に大人びたところがあり、何を考えているか掴みどころのない息子ではあったがそれだけは確信できた。


 四男であるライアンが生まれるまではユークァル家の末息子として、兄姉はじめ皆から甘やかされていたが、強さへの向上心は誰よりも強かった。


 剣術スキルは流石にまだ低いが、体捌きのセンスは素晴らしく王国騎士時代に青藍騎士という二つ名まであったタトエバンですら気を抜けないと感じるほどの力量。魔力操作にしてもここ数か月で覚えたとは思えないほどの才能を秘めていた。


 そんな息子があっさりと誘拐されたなんて。護衛騎士の死体が発見された現場には騎士が抵抗した痕跡はみられず、また戦闘の痕跡も一切なかったらしい。


 (あの息子が無抵抗?)


 日々の稽古では実力差が歴然な自分へもどうにか一矢報いようとあの手この手で対応してくるレイブンが抵抗せずに捕まるなんてことはあるのだろうか。


 タトエバンは一つ仮定をする。


 (もしかしてわざと抵抗せずに攫われたのか?)


 実に荒唐無稽な話ではあるが、あの息子ならその場の状況判断次第ではあり得るのでは。「誘拐犯の隠れ家まで行って、他に仲間がいないか確認してから犯人全員とっ捕まえてきました」、そう言ってなんでもない顔で戻ってくる息子を想像すると、なんともありそうな光景で不謹慎ながら、ついつい表情が緩んでしまう。


 (いかんな、冷静になるのとあり得ない想像に耽るのは違うな)


 つい緩んでしまった顔に手を当て表情を戻す。


 おかしな想像をしたからか、砦内に漂うどこかひんやりとした空気のおかげか、誘拐の報せを聞いて頭に上っていた血は平常時並みになっていた。


 (ガニルム内でのことはダンテ様にお任せするしかないか…)


 幾分かの領地を治める立場である自分もここでは騎士指南役でしかない。自室に戻ったタトエバンは自分がこれから何をすべきかを考えた。


 (ソンナにはすぐに連絡せねばいかんな。まずは早馬の手配か)


 引き出しから便箋を取り出し妻への手紙をしたためていると、ノックもせずに入って来たのは長男であるオルチジャンだった。


「父上!」


 部屋にノックもなく入った無礼を詫びることもなく、いつも冷静沈着なオチが見せたことのない表情で詰め寄って来た。


「落ち着け」


 つい数分前までの自分のことは棚に上げてそう諌める。


「レイブンの為に我々が出来ることを考えるぞ」

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