全力開放

 よ、よくも俺の右手を!


 児童虐待だぞ!


「【治癒】」


 咄嗟に光魔法の【治癒】で止血をする。光魔法スキルがマックスな俺にとって復元することは簡単だが敵の油断を誘えないかと思って止血をするに留めた。


 まあ出血は命に関わるしね。


「うぐっ」


 とりあえず痛がっておこう。実際に痛い。めっちゃ痛い。


「ほう、光魔法まで使えるか、あまり抵抗するな。さらにどこかの部位がなくなるぞ」


 脅しですね、脅迫罪だぞ、この野郎!


 ちょっと強いからっていい気になりやがって。こいつは絶対に許さねえ。


「主様!」


 どこからどう見ても大ピンチな俺。そんな俺を心配して声を上げたのは自己暗示で俺の忠実な部下になることを夢見るエルフさん。


「【疾風撃】」


 彼女が繰り出した風魔法スキルによる風の刃は地面を削りながら一直線にアルブムに向かう。


「ちっ、巫女風情が!」


 煩わしそうに魔法を剣で受けて相殺させるアルブム。


 よし、隙あり!


 【煌円光破】と呼ばれる攻撃の際に手放してしまっていた自分の大剣を左手で拾い上げる。掴んだ一瞬で込められるだけ魔力を込めてアルブムに投擲。


「無駄な足掻きを!」


 元は普通の鉄製だった俺の大剣。【邪神の魔力】による影響で変質したこの剣は俺の魔力と非常に相性がよく、多少距離があってもそこに込められた魔力を操るくらいのことは出来る。


 風の刃を受けた剣とは逆の剣で俺が力任せに投げ放った大剣を弾こうとし、剣と大剣が接触したその瞬間。


 今だ!


 刀身全体にひびが入ると、漆黒の大剣は眩い光を放ち爆散した。


 数か月間だけの付き合いだったけど、お前には世話になったな。そんな感傷をちょっぴり感じながら全速力でミトの元に向かう。


 彼女と共闘するのかって?


 いやいや、ミトの実力はよくわからないがあのステータスでは俺と共闘したところでアルブムを倒すことは無理だろう。


 ということで逃げます。


 敵わないなら逃げるしかないでしょ。


 伝家の宝刀【影移動】の出番です。


「今日のところは引き下がってやるが、これで勝ったと思うなよ!」


 一応大声で負け惜しみだけ言い放っておこう。こちとらまだ十歳のお子様なんだぞ。おっきくなったら負けないんだからねっ!


「【影移動】」


 影の中にずぶりと沈む俺とミト。


「させるかぁ!」


 沈みきる瞬間にアルブムが放った【煌円光破】が頭をかすめる。危ねぇじゃないか、こんちくしょう!


 …。


「ふぅ、危なかった」


 ついつい安堵の言葉がでてしまうくらいには切羽詰まった状況だったな。


 【影移動】で転移してきたのは絶対安心拠点のラスファルト島。断崖絶壁のこの島は邪神がいると特定されているにも関わらず未だ誰一人として上陸できていない俺の拠点だ。


 謎の白骨死体さんがいた石碑のある洞窟の入り口付近には、いくつかのテントや石でつくられた炊事場などがあり、生活するには一通りのものが揃っている。


 これだけの備品をどうしたのかって? そんなもん盗賊さん達から徴収したに決まっているだろう。一応生活魔法の【清掃】綺麗にしている。多少使用感は残っているが気にするほどのものではない。


 っと、いつまでも脇に抱えたままじゃ失礼だな。


 先ほどからやけに静かにしているミトに目を向けると、その両手はダランと力なくぶら下がっている。


 あれ? どうした?


 慌てて横にしてみると彼女の脇腹にはこぶし大程の穴がぽっかり空いていた。傷口は焼けているため出血は滲む程度だが彼女に意識はない。


「おい! ミト! しっかりしろ!」


 彼女に呼びかけながら【治癒】をかける。自分の右手の治療をするつもりだったが流石にこの怪我はまずい。


「おいっ、おいっ! ミト!」

「…あ、主様…」


 意識が戻った彼女が反応する。


「ごふっ、う、げほっ、げほ…」


 こちらの呼びかけに反応したと思ったら大量の吐血。そして【治癒】をかけている傷口は一向に塞がらずさらには出血がひどくなってきた。


「なんで…」


 フルパワーで【治癒】をかけているのにむしろ悪化していくようにすら感じる。俺の【治癒】であれば部位欠損すら治すことが出来るのはずなのに。


「うぅ、主様、あまり無理はなさらないでください」


 弱々しく【治癒】をかけ続ける俺の手を握るミト。


「私のことよりも、どうかこの右手の治療を…」


 うっさい! 俺の光魔法スキルは最大値だぞ。それに【邪神の魔力】によって魔力は無限。治せない傷があるわけないんだ!


「ぐっ、げほっ…。アルブムに【疾風撃】を放った直後、彼が私に放った攻撃を無防備に受けてしまいました…。恐らくは継続的にダメージを与えるもの…。この手の攻撃は術者自身によってしか解除できないものもあると聞きます…」


 継続ダメージだ? なんだ毒か? 呪いか?


「【解毒】! 【解呪】! 【治癒】!」

「げほっ、ごほ…」


 効きそうな魔法を行使するも治る気配もない。だが彼女を包む俺の魔力の中で悪意のあるナニカが蠢いているのだけはわかる。くそっ!


「おい、なんでだよ。俺と笑う未来を視たんじゃないのかよ!」

「わ、私の加護とスキルで視られるのは、…あくまでも、可能性の、ある未来…。うぅ…。そこに至るまでには…、多くの分岐が…。」


 なんだよ、邪神の力とかいって怪我人一人も救えないのか?


「仕方ありません…。これが私の運命だったのでしょう…」


 運命、運命か…。


 …。


 どいつもこいつも運命、運命、運命。


 全部決まっているんだったら俺たちが生きる意味なんてないだろう!


 もう一押し、もう一押しあればなんとかミトに中にいるナニカに手が届きそうなんだ。


 もはや無意識レベルで行っている邪気の封じ込め、それに全身鎧風に硬化させている魔力の操作、そこにつぎ込んでいる魔法に関する全てのリソースを【治癒】にだけ集中させる。


 黒騎士モードが解かれ、その瞬間に俺から溢れ出る邪神の気配。


 魔力を全力で放っているからか、今まで抑えつけていたからか、自分の中から溢れ出る禍々しい気配は今まで感じたことがないくらい濃厚だ。それまでも【邪神の魔力】で若干禍々しいエフェクトが掛かっていた【治癒】だったが最早光魔法とは思えない漆黒の魔力へと変化する。


 あれ? 【治癒】だよな?


 使用者本人がそう錯覚するほどに全くの別魔法のようだ。放つ漆黒の魔力はミトを包むだけではなく、まるで一本の柱のように天に突き刺さる。


 …放っている感覚は【治癒】だ、大丈夫。ダイジョウブ。


 あと一歩手の届かない感じだった、ミトの中にあるナニカ。俺の【治癒】を妨げていたそれはこの禍々しい漆黒の魔力によって握りつぶされる。


「う、ぅう」


 ちょっと苦しそうな声を上げたミトだったが次第にその表情は安らかなものに変化していく。傷が塞がったのを確認し魔法の行使を止める。


 漆黒の光。言葉にすると相反するこの光景で包まれていた周囲を見渡すと、ブラウンやグレーなど素材の色味を生かしたデザインだったテントなどはその全てが黒色に紫の血管が浮き出た気持ちの悪いものに変化し、周辺の植物はそれ自体が意識を持つのではないかと感じるくらいには気味の悪い植物っぽいナニカに変化している。


 黒く変色した地面に横たわるミトは安らかな寝息を立てている。先ほど俺の【清掃】で紫色の素敵な装飾が施された白いローブは灰色に染まってしまったが、彼女自身には変化はない。邪気は生物には影響はないようだ。


 傷を治すときはそんなこと考えている余裕もなく、ただただ全力だったからな。ミトに変な影響がなくてよかった。


 改めて彼女の傷跡を見てみると、そこに風穴が空いていたとは思えないほど綺麗になっている。


 シュルル。


 傷跡に空いていたローブの穴は繊維が触手のように絡み合い塞がれていく。


 …。へぇ、自動修復機能付きのローブかぁ。…。


 ミトには変な影響がなくて本当によかった。


「ここに寝かせたままも悪いか」


 彼女を抱きかかえて俺のお昼寝用に設置したハンモックへ彼女を運ぼうと抱きかかえたその時。ファサっと広がる彼女の艶やかな黒髪。その内側に一束紫色に染まった部分がある。


 彼女がエルフであると俺に伝えた時、確かにそこには無かった色。


 す、素敵なインナーカラーですね。

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