巫女再来
「救出が強引になってしまってすまなかった。私は冒険者のヤマダ。とある依頼であの組織を調べていた」
ヤマダ、そう、山田。俺の前世での名前だ。咄嗟に思いついたのがそれだったんだ。仕方ないだろう。
「ヤマダ様。助けていただいたこと、改めてお礼申し上げますわ。ですが私だけ助かるわけにはいかないのです。もう一人、私と一緒に誘拐された人がいるんですの…」
その本人が目の前にいるとも露知らず。俺は元気ですよ。
「レイブン・ユークァルのことだな」
「なぜその名前を。それにあなたは私の名前も…」
助け出すときに思いっきり名前呼んだからな。
「君を助け出す前に私は彼、レイブンに会っている」
「えっ? じゃあレイブンは?」
「彼は無事だ」
「レイブンは何処に?」
ぐいぐい来るな。まぁ落ち着け。ちゃんと説明してやるからさ。
「その前に今、我々がいる場所の説明からさせてもらおう。ここはガニルム。恐らくは倉庫地区だろう」
「ガニルム? 確かに見覚えのある建物だとは思っておりましたが…。ですが私たちは何日も移動して、更に転移装置で移動したのに…。まさかまた転移を? でもここには転移装置もありませんし。どういうことですの?」
俺はおもむろに脇に置いていた古びた魔道具をソルージアに見せる。
「これは…」
「アーティファクト、と言えばわかるだろうか。古代の遺跡から発見されたもので制限はあるものの転移魔法を発動できる代物だ。とはいってもかなりガタがきていてな。辺境伯邸の前をイメージしていたのだが、かなりズレてしまったようだ」
「すごい、そんなものがあるなんて…」
アーティファクト。現代では再現できない神話時代の魔道具だ。
これはそんな大層なものではなくただの古い魔道具だけどな。いつかは手に入れてみたいぜ!
「俺のとっておきさ。これがあるから今回のように潜入調査依頼を受けていたんだが。それはさておき、この魔道具には三人が転移出来るだけの魔力が貯めてあった」
「三人分、という事は既にレイブンはガニルムに?」
まあいるっちゃいるよ、ここに。だけどそれは伝えない。
「いや、そう事は簡単ではなくてね。この魔道具では最大で二人しか転移が出来ない。そして君と俺、今回の転移で残りは一人分の転移しかできないし、残念ながらこいつもかなりの年代物でな。恐らくもう一度使えば壊れちまうだろう」
貴族としてかなり上等な教育を受けている彼女のことだ。色々と察したのだろう。かなり貴重な魔道具で救出されたこと。レイブンをここに連れてくるのは不可能であること。
「そんな…。でもなぜ彼を先に助けなかったんですの?」
「ふぅ、彼は男爵家の三男、君は辺境伯家の長男の子。どちらが優先されるべきかは私が説明するまでもないだろう。それにこれはレイブンに頼まれたことでもある」
「え? レイブンが?」
「そうだ、彼を救出した時にも魔道具についての説明をした。彼は迷うことなく言ったよ。自分のことはいいから君をガニルムに送り届けてほしいとね」
「そんな…」
嘘だぴょーん。
そんな悲しい顔をしないでくれよ。俺の罪悪感が半端ないぜ。
「安心しろ。私が残りの転移で彼の元に戻る。約束しよう。彼を必ず送り届けると」
具体的には王都の学園に君が入学してからだな。それまでは行方を眩ませてもらって、従者として入学させられることがなくなってから帰宅しよう。
多少強引だがこれで学園への入学は阻止できるだろう。そしてじっくりと魔物を倒してステータスアップに励みましょうかね。
うーん、いっそのことこのまま五年間、成人まで修行の旅にでも出るか? いや、流石にこのままずっと行方不明ってのは、十年間育ててくれたユークァル家に申し訳ないか。
さてと、それっぽい理由もつけたことだしボロが出る前にずらかるとしようか。
「あまり長居するとレイブンが心配だ。私はもう戻ることにしよう。もう安全だと思うが念のため」
そう言って空に向かって威力を調節した【閃光】を放つ。これで異変を察知した警備兵でも来てソルージアを保護してくれるだろう。
「じゃあな」
空に放った魔法にソルージアが気を取られている隙にその言葉だけ残して【影移動】で転移する。一応【閃光】でフワッと魔道具を照らして、さも発光しているかのような演出つきである。
「―――――――――――――!」
何かソルージアが叫んでいたが聞き取ることは出来なかった。きっと助けてくれたことに対する感謝でも伝えていたのだろう。ここ数日でわかったが彼女は気位こそ高いものの人間性は素晴らしい。十歳とは思えないくらいだ。是非素敵なレディになっていただきたいものだ。
ソルージアもガニルムに帰したことだし、あの謎砦を調べて「組織」とやらのことを調べるとするか。幹部のコードネームがお酒の名前じゃない限りは組織の正体を突き止めるのに時間はかからないだろう。
「あれ?」
【影移動】を発動して座標と座標を繋ぐ宇宙的な謎空間に移動してきたのだが、鼻と口の一部を塞がれているような息苦しさを感じる。
いつも通り目の前に黒く歪んだ亀裂が広がるので、そこに触れて転移先の確認をしようとしたところ。
バチンッ、と電気が流れたような衝撃が走り亀裂が閉じてしまった。
痛ってぇー!
冬場に突然感じる静電気の比じゃない。腕がもげるかと思った。
改めて亀裂に触れようとしたのだが亀裂は消えしまった。
え? まさかの閉じ込め?
そう思ったところ足元に亀裂が広がり、その亀裂に吸い込まれた俺。
すると景色は一変。ポータルと呼ばれていた巨大な転移装置の元に移動してしまった。
えっ!? なんで!?
どういうことだ? 【影移動】が失敗した?
「お待ちしておりました。我が主様」
思いもよらない事態に困惑していると突然背後から声を掛けられた。驚き振り返ると、そこにはミトと呼ばれていた女性が立っていた。
血まみれで。
「ぎゃあああああぁああ!」
ドクドクと高鳴る胸の鼓動。
まさか、これが恋? ってそんなわけあるか!
いや、もうね、びっくり仰天ですよ。困惑しているところに突然後ろから声掛けられたことで驚いているのに、振り向いたら美女が血まみれで微笑んでいるんだもの。
グロテスクなものには割と耐性があるほうだし、盗賊退治や魔物退治で慣れていたと思ったけど、不意打ちであれはないわ。
あー、びっくりした。
で、なんだって? あるじ? 君のような人材を配下にした覚えはないんだがね。
「あるじ?」
周りに他に誰もいないことを確認して自分の顔を指さし確認。
人違いじゃないの?
「はい、永らくこの時をお待ちしておりました。主様」
そう言って手を胸の前で合わせてにっこりと微笑むミトさん。血まみれのお手てじゃなければとても可愛らしいと思いますよ、はい。
「あー、どこか怪我をされているのでしたら治しましょうか?」
そして咄嗟に出たのがこれである。いや、まあ色々と気になることはあるけど大怪我でもされていたんじゃ大変だ。話を聞いている間にぽっくりいかれても困るし。
「お気遣いありがとうございます。これは全て返り血ですのでご心配は不要です。血を好む主様の為に敢えて綺麗にしなかったのですがご不快でしたか?」
誰が血を好むじゃ!
「怪我をされていないならよかったです。あのう、あなたの主になった覚えもありませんし血を好んでいる事実もありませんが…」
「まぁ、これは大変な失礼を!」
そう言ってハンカチを取り出し返り血を拭きだしたのだが、その布面積じゃどう考えても拭いきれないよね。
「よかったら【清掃】でキレイにしましょうか」
「ありがとうございます。お優しいんですね。流石主様」
ハンカチをポイっと捨てて俺の足元に跪く彼女。何かの儀式の様に彼女の頭に手を置き生活魔法スキルを使用する。
「【清掃】」
通常の【清掃】とは違い若干禍々しいエフェクトが彼女を包むと顔や手、衣服に付着していた返り血はきれいさっぱり。
返り血で赤く染まっていた白いローブに紫色の血管のような、おしゃれな装飾が施されたのは俺からのサービスだよ。
って、やべー。黒騎士モードのままついつい生活魔法使っちゃったよ。大丈夫かな、この状態での【清掃】を人に対して使ったことないけど、精神汚染とかされてないかな?
立ち上がり綺麗になった手や、アレンジが入ったローブを確認する彼女。
気に入らないとしても返品不可でお願いします。クーリングオフ? 異世界にそんなものありません。
「まあ! 綺麗にしていただいただけでなくこのような祝福まで!」
…祝福、ねぇ。この禍々しい装飾を祝福と呼ぶか。この人が巫女と呼ばれる「組織」なる集団。なんとなく、薄っすら感じてはいたものの、気づかないふりをしていたんだが。
「あなた方の組織が信仰しているのって、もしかして邪神?」
「そんなっ…! 確かに世間では邪神と呼ぶ者もおりますが、我々の間ではそのような不敬な呼び方はしておりません。あなた様もどうかそのような呼び方はしないでください。ズワゥラス様、それが私の信仰する神の御名です」
へぇー。邪神ってズワゥラスて名前なのか。知らなかったな。そういえば聖神教で信仰されている神々には名前あるのに邪神はどの物語でも邪神としか書かれてなかったな。
てか発音しにくいな。ズワゥラスって。俺の中では邪神でいっかな。恨まれてるし。
「あなたのお力の源となる神の御名をどうぞご存じでいてください。レイブン・ユークァル様」
黒騎士モードの俺に向かって彼女はそう言ってほほ笑んだ。
あっるぅえぇぇえええ!? なんでバレてるんだ??
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