救出

 こちらスネーク、敵組織の拠点らしき場所の潜入に成功した。


 なんつって。


 先ほどから建物内を歩き回っているのだがどうにも変な感じだ。石造りで窓が少ない。まるでガニルム砦みたいだ。というか細かい造りや装飾は違うもののほぼ同じじゃないかな、これ?


 ここ数日間、兄に連れられて歩き回った記憶を頼りに出入口に向かうと予想通りそこには開けっ放しになった大扉があり、外には見晴らしのいい景色が広がっていた。


 やっぱりそうだ。この世界では砦といえばこの構造なのか? いや砦って占領されにくいように複雑な造りになっているんじゃないかな? であればどの砦も同じ構造ってのはおかしいか。


 そんなことを思いつつ、大扉の両隣に立つ門番はスルーして外観と立地を確かめに外へ出る。【隠者】の効果で門番は俺にはまったく気が付かない。


 砦はどこかの山の斜面を切り拓いて建てられたよう。周りを見渡してもここよりも標高が高い山が多く、この砦以外に人工物は見当たらない。もし小さな建物があったとしても木々に隠れてわからないだろうけど。


 外観は予想していた通りガニルム砦と瓜二つ。ガニルム砦はガニルム鉱で塗装されているので濃紺だがこちらは周囲に同化させるためだろうか深い緑色で塗装されている。うーん、偶然ってこともなさそうだな。


 さてと、気になることはあるが、一先ずは砦がつくる大きな影に移動して【影移動】の座標に登録しておこう。


 現在の座標は古い順に秘密基地、絶海の孤島ラスファルト、自分の影、ガニルムの倉庫地区、ポータルと呼ばれていた転移装置となっている。


 山の砦を新しく登録したので秘密基地は登録から外れてしまったが、ガニルムの倉庫を指定しているので問題はないだろう。ガニルムまで行ければ身体強化フルパワーで自宅には一日もあれば帰宅可能である。次の登録でラスファルト島が消えてしまうから要注意だな。


 砦の外には警備兵らしき人が二人一組で巡回をしていたり、物見櫓で遠くを監視していたりしている。これだけの警備ということは重要な施設なんだろうな。


 気配察知は砦の外では機能するが砦を調べようとするとなんだか靄がかかっているような感じがする。


 違和感を残しつつも外周を探っていると、砦に向かって真っすぐに走ってくる人が気配察知に引っかかった。


「おい、もっと早く走れよ! もう始まっちゃうよ!」

「待ってよー! 大体奥の方まで採取に行こうっていったのはお兄ちゃんじゃない!」

「だからそれは謝ったじゃんか! ほら早く!」


 ドタバタと砦を囲む山林から二人組の子供が小走りでやって来た。どことなく雰囲気の似ている二人、会話から察するに兄と妹なのだろう。こいつらも組織とやらの一員なのか?


 走る兄妹はその様子を見て苦笑いする門番に「まだ外にいたのか! 儀式は始まっているぞ」と急かされている。兄妹と門番のやり取りはとても誘拐を行う組織とは思えないくらいにほのぼのとした雰囲気だ。もしや誘拐のような悪事は裏の顔で表向きは真っ当な組織なのか?


 門番のいう儀式なるもの。それに向かう二人の後を追いかけて再び砦内に戻って来た。ガニルム砦と同じ造りなのであれば中庭に向かっているようだ。


 砦の正門と同様に開け広げられた中庭へ続く扉。その先には多くの人がなにかに熱狂している姿が見える。それなのに騒音や気配が一切感じない。まるで消音状態で映画を見ているような不思議な感覚。遮断系の魔法だろうか。


 前を行く兄妹はそれに対して何も気にしない様子で中庭に入る。


 特にトラップのようなものはないので恐る恐る俺もそれに続く。


 何か薄い膜を突き破るような感覚。そして先ほどまでは一切感じなかった大人数の気配にガヤガヤとした人混み特有の騒音に熱気。


 中庭にいるのは性別も年齢もバラバラだが、似たような服を着ており全員が中庭に設けられた祭壇のようなものへ視線を注いでいる。壇上には派手な装飾が施された紫色のローブを纏っている人物が。


 右手には黄金の輝きを放つ身の丈ほどの杖を持ち、左手には分厚い本を持っている。壇上のそのスキンヘッドの男の目は窪み病的なまでに白いその肌で何歳くらいなのかは判別できない。気味の悪い男だ。


「皆の祈りに感謝を。我らが神もこの想いを受け取ってくれるだろう」


 拡声の魔道具でも使っているのか中庭の端にいる俺にもはっきりと伝わる男の低い声。それに対して集まった人々は思い思いの言葉を発している。学校の集会のような秩序は感じない。こういったときは黙って偉い人の話を聞くというのが染みついた元日本人としてはなんとも奇妙に感じるな。


「そして今日は嬉しいことがもう一つある。新たな強化信徒の誕生だ! ズゥ・ラレ・オゼット」


 気味の悪い男がそう宣言するとワーッと歓声が響く。皆がズーラレオゼットとか意味不明な言葉を叫んでいる。キショっ。


 気味の悪い掛け声でスルーしそうになったが気になる単語もあったな。強化信徒?


「ねぇ、お兄ちゃん。強化信徒ってなあに?」


 ナイスだ、名も知らぬ妹属性の子よ。


「お前は初めてだっけ? 聖神教とかいう間違った教えを広めている集団に洗脳されてしまった人を神様の祝福で正しい教えを伝えてあげると、感動して司教様の言う事をよく聞く人になるんだよ。そうやって直接司教様に祝福してもらった人のことを強化信徒っていうんだ」


 うん?


「祝福の時に泣き叫ぶんだけどその声がすっげぇ気持ちいいんだ。みんなそれを楽しみにしてるんだぜ」


 おいおい。


「前に見た時は祝福の最中に髪の毛を搔きむしって司教様と同じような頭に自分でしちゃってすごかったんだ」

「そうなんだー、楽しみだね!」


 は?


 いやいや、なんかおかしくないか? この二人? 常識からして違うのか? それともこの二人も洗脳されているのか?


 とんでもない儀式だな。しかもそれをこの連中は皆楽しみにしているだって? いかれてやがる。とはいえここで正義感を振りかざして生贄を助けようとも思わない俺も大概だけどな。


 自分大事。


 祭壇にいる武装している兵士以外は軽装だし力押しで何とかなるだろうけど、ここで俺が見知らぬ誰かを救ったところで対処療法にすぎない。どうせまた誰かが生贄になるはずだ。


 であればここはこの組織の情報を得て組織を壊滅出来るように動いた方がいいだろう。なによりも今後の自分のことも考えてな。


 そうこうしているうちに鎧を着こんだ兵士たちが大きな箱のようなものを担いで壇上にやってきた。箱らしきものは布で覆われていて、その中を伺うことはできない。


 きっと哀れな生贄さんがいるんだろう。南無。


 丁重とは言い難い置き方をされた箱。その布を兵士が取り払うと獣をとらえるような大型の檻に黒い貫頭衣を着させられた金髪の少女がいた。


 あれ? その顔までは確認できないが嫌な予感しかしないな…。


「とある貴族の子である。まだ成人前だが、なんとスキルを三つも授かった優れた子である。祝福を授ければきっと神の為に働くよき仔となるだろう!」


 気味の悪い男がそう補足した。…ってソルージアじゃねぇか! 目に魔力を集中させて一時的に視力を上げてみると猿轡をされながらも何かを訴えながら檻を必死で叩く見慣れた少女がそこにいた。


 前言撤回。


 仕方ない、助けるしかないだろう、これは。


 ハァ、この砦に【影移動】の座標は登録してあるし、ソルージアを助けてから改めて潜入するか。


 祭壇までは人が多く容易に近づけそうにもないので【隠者】を解除して身体強化を発動。


 中庭の壁を使い三角飛びの要領で一気に壇上まで移動する。


 空中で愛用の黒い大剣を【裏倉庫】から取り出し着地地点にいた兵士に一閃。


 首から上を失くした兵士。突然の侵入者である俺に他の兵士は怯むかと思ったがそうはいかないようだ。


「何者だ! 神聖な儀式になんてことを!」


 気味の悪い男が声を荒げると壇上の兵士が一斉に俺に向かってくるがどうにも動きが単調というか不自然だ。


 深く考えても仕方ないので隙だらけの兵士の首を撥ねていく。


「ソルージア、伏せろ!」


 突然自分の名を呼ばれた彼女は一瞬固まったが、それが何を意味するのか察したようで俺の指示通りに頭を抱えて檻の中で伏せた。黒騎士モードだと顔の周辺にも魔力が展開しているので声も本来の俺の声とは変わっているので、俺ことレイブン・ユークァルだと気が付くことはないだろう。


 彼女が伏せたことを確認して檻の上部を大剣で薙ぎ払う。何か魔力を纏っていたようで一瞬魔力抵抗を感じるが力で押し通す。ガキィンと甲高い音とともに檻の上部は吹き飛んだ。


 檻を破壊し、彼女を助けに動き出そうとした時だった。


 足元には死体しかないはずなのに何かに足を掴まれた。


 下を向くと既に首を失くして息絶えているはずの兵士が俺の足を掴んでいた。慌てて周りを見渡すと切り伏せた兵士たちが立ち上がっている。あるべき首がそこにはないというのに。


「なんだっ?」

「我が兵の力甘く見るなよ! この侵入者が!」


 気味の悪い男の持つ杖からは強力な魔力を感じる。この死体の兵士に向かって放たれているのでこいつが操っているのだろう。


「死霊魔法か!」


 死霊魔法。闇魔法にも死者に関する魔法があるが、この魔法スキルはよりその力に特化した魔法が使える闇魔法系統のスキルだ。


 こいつらの動きが不自然だったのも既に死んでいたからか。なるほどね。


 ゾンビってことは光魔法スキルでその力を相殺してしまえばいいのだが、俺の目的はこいつらの殲滅ではなくソルージアの救出だ。


「放せよ、おらあっ!」


 力まかせにゾンビの拘束を振り切りソルージアの元へ。未だ屈んでいる彼女を小脇に抱えて、祭壇まで来た時と同様に中庭の壁を使い出口まで移動する。一部の群衆が俺を捕まえようと追ってくるので後方に向かって光魔法の【閃光】を最大出力で放った。近くであの光量を浴びた人はお気の毒だが命を落とすことはないだろう。


 某破滅の呪文を唱えた後のように皆が「目が、目がぁー!」と叫んでいる。


 俺が抱えている少女からも同じような叫び声が聞こえるが気にしない。気にしないったら気にしない。


 …後で治療はしてあげよう。


 追手が来ないうちに手近な部屋に入り、ソルージアを連れて【影移動】で俺の影からガニルムの倉庫地区に移動する。【影移動】は俺単体の移動だけではなく他の生物も一緒に移動可能だ。生物非生物に関わらずその体積によって必要な魔力が変化する。俺単体だと500消費するが、俺と同程度の体格のソルージアならさらに500追加で1000程の魔力を消費することになる。


 通常時の俺の魔力が1800に届かないくらいなので自分以外を連れて連続使用するには魔力が足りない。消費魔力に見合うだけの効果だし、魔道具を使って転移をするよりは遥かにコスパはいいんだけどな。もう少し消費魔力が少なければいいのに、とは常々思っている。


 だが今の黒騎士モードでは関係ない。何せ無限の魔力だからな。


 ぬらりと影から黒い甲冑姿の男が脇に少女(領主の孫娘)を出てくる姿は悪役感満載であることは認めざるを得ない。【影移動】時に座標と座標の移動の時に通る、なんちゃって宇宙空間で出口付近に人がいないことは確認しており、目撃者はいないので問題はない。


 叫ぶことはやめ、目を抑えながらも「ぐっ…」と痛みを押し殺すように耐えているソルージアを治療しようとするが、ちょっといいことを思いついたので【裏倉庫】をごそごそ。


 おっ、あったあった。ラスファルト島に初上陸した時に見つけた白骨死体さんが持っていた古びた魔道具。ペットボトル程の大きさの筒に古代文字と思われる見たことない言葉が刻まれ、魔石が複数使われているこの魔道具。使い道は未だにわからないが、雰囲気としてはこれから俺のやることにはピッタリだろう。


 準備が済んだのでソルージアの目を治してあげることにしよう、ついでに檻の中で暴れてついた痣や傷も光魔法で治してあげよう。


「【治癒】っと」


 優しい光が彼女を包む。しばらくして痛みが引いたのだろう。何度か瞬きをし、辺りをキョロキョロと見回すソルージア。俺の姿を確認すると、一瞬不満げな顔をした。


 まったく失礼なやつだ。助け出してあげたんだからもっと感謝感激してほしいものだ。


 え? 失明したかと思った? 強力な光による頭痛と眩暈で頭が割れるかと思った?


 大丈夫だって。実際には失明もしていないし頭も割れていないだろう。ホラネ、ダイジョウブ。


「あなたは一体? なぜ私のことを助けてくださったんですの? それにここはどこなんですの?」


 一通りのクレームと助け出された感謝の言葉を受け取ったあと、ソルージアが発した言葉はそれだった。


 待ってました! その言葉!


 それではたった今考えたカバーストーリーを聞いていただこうじゃないか。多少矛盾があっても誤魔化してしまえばいいさ。

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