ポータル
ソルージアに守りの誓いを立ててから一日。俺たちはさらに森を進んでいた。腹時計の具合からそろそろ昼休憩かと思っていると馬車が停まる。
「あー、長かったな。ようやくポータルに到着か」
不気味なほど静かな森にモブの独り言がやけに響く。
「おい。さっさと降りろ」
そういうなら拘束を外せよな、などと思いつつ外から掛けられた声に従い馬車から降りると目の前には石造りの建物の残骸があった。随分古いものなのか壁はツタに浸食され屋根は崩れ落ちたのかあるべきところには何もない。その代わりに不自然な形で生えた大樹がその建物を守るように枝を広げて屋根の代わりになっていた。
建物の入り口付近の草は取り払われており、それなりに人の行き来があるのか建物周辺の土は踏み固められている。
ここからは徒歩なのだろうか。馬車から降りるなり足の拘束は外された。その代わりにまるで罪人のように両手を拘束され、そこから伸びたロープをモブが持ち前を歩いている。後ろから蹴り飛ばしてやりたいが横には監視の目としてか、他のモブが隣を歩いている。こんな森の奥まで来ても逃げないように警戒はされているみたいだ。
「こっちだ」
マント男のウルタに続き建物の中に入る。ウルタ、ソルージア、モブA、俺、モブB、アリオラの順に一列で進む。モブCとモブDは馬車に残って周辺の警戒をしている。
ここに来るまでに何度も魔物に遭遇したが誘拐犯たちは危なげなく撃退していった。つまりかなりの手練れということ。
建物の中の床は崩れ落ちていて地面が見えている。崩れ落ちたであろう床材は撤去されているので歩くのに不自由はない。建物内の壁もかなり崩れていてなんとなくの間取りがわかる程度だ。廊下跡らしきところを進み、最奥の部屋に入る。もちろん扉なんてない。
部屋の奥の壁、そこだけはやけに綺麗な壁の凹みになにやら宝石のようなものをウルタがはめるとその先にあった地面がなくなり下り階段が。
おぉ、いつぞやの女盗賊の財宝の隠し場所を思い出させるギミックだな。
階段の天井には等間隔で明かりの魔道具があるので森の中よりも明るく歩きやすくなったと感じるくらいだ。らせん状の階段を下っていくと半球状の大きな空間に出た。
足元には大きな魔法陣が描かれており外側にはなにやら魔道具らしきものが魔法陣を囲むように等間隔に設置されている。
何より驚いたのはその中心には大人一人分の大きさはある、綺麗に削り出された魔石が淡い光を放ちながら浮かんでいた。
「なんて大きさ、あんな魔石みたことありませんわ」
精神干渉が解かれてから誘拐犯たちの前ではずっと無言だったソルージアも思わず声に出してしまうほどの大きさだ。
魔石とは魔力が長い時間をかけて自然に凝縮され物質化したものだ。入手方法は主に二つ。魔物の体内で生成されたものを入手するか、大気中の魔力が濃い地域で採掘するかだ。人工的に魔力を圧縮して魔石を作る研究がされているらしいが未だ実用化には遠いと母が言っていた。
原理としては俺の黒騎士モードの時に纏う鎧もどきに近いのだが、こちらは俺の魔力供給が絶たれると霧散してしまうので似て非なるものである。
魔物の体内で生成される魔石は心臓の十分の一程度の大きさというのが通説だ。採掘される魔石は精々拳程度の大きさらしいので、あの大きさの魔石はそれこそ天に届くほどに巨大な魔物の体内で生成されたとしか考えられないが、そんな巨大な魔物はお伽噺でしか聞いたことはない。
つまりこれほどの大きさの魔石なんて存在するわけがないんだ。
ソルージアの質問には誰も答えない。
マント男が魔法陣の外側に設置された魔道具の一つに触れる。無色の光を放っていた魔道具は赤く光り、その赤い光が魔法陣に流れて同じくと魔法陣も赤い光を放つ。同じく無色の光を放っていた巨大な魔石も魔法陣に呼応するように赤い光を放った。
すると宙に浮いた魔石と魔法陣の間の何もない空間に魔力が集まっていく。その空間が大きく歪むと真っ白なローブを纏った黒髪の女が現れた。
転移か! ポータルって言っていたのは転移装置のことだったのか。
転移装置。この世界でも特A級の魔道具の一つだ。製法は何処かの組織が独占しており非常に高価かつ巨大なため一般に出回ることはない。また発動には宮廷魔導士数人分の魔力が必要で、その消費魔力の多さから気軽に使用することは出来ず、イリュシュ王国でも王城にその存在が噂されるだけという代物だ。ちなみに元王宮勤めの両親に聞いてもはぐらかされた。
恐らくあの巨大な魔石を魔力の供給源にしているのだろう。だがいくら巨大な魔石といえども何度も転移を行えば魔力切れになってしまう。他にも何か仕掛けがあるのだろうか。
「ミト様!」
ウルタとアリオラ、モブ共が転移装置から現れた女に一斉に頭を下げた。
なんだ? お偉いさんか? 随分若く見えるけどな。二十歳前後ってとこか。
「巫女の称号があるといっても私は末席の身、どうか頭を上げてください」
鈴を転がすような美しい声を発する女。
「ウルタ、任務ご苦労様です。それから四十七番も、長期に渡る潜入大変でしたね」
「はっ」
「お言葉ありがとうございます」
四十七番と呼ばれたアリオラは労いに随分と嬉しそうだ。巫女と本人が言っていたがこいつらの組織の中でも何か特別な役職なんだろうか。
「して、この二人が?」
「イリュシュ王国ガナン辺境伯家のソルージア・ガナンとユークァル男爵家のレイブン・ユークァルです。残念ながら二人とも我らが神に関する加護もスキルも持っておりませんでした」
「そう、ですか…」
「ですが優秀な人材なので我らが神の教えを学ばせるために連れてまいりました」
連れて? 攫ってきたの間違いだろ?
「きっと素晴らしい働きをする教徒になることでしょう」
なるかっ!
「さて、四十七番には私とともに神殿に来てもらいましょう。そのために私が迎えにきました」
「神殿?」
「えぇ、長年の潜入の功績を称えあなたに教導師の位が授与されることになりました。おめでとうございます」
「私が?」
なにやら感動している四十七番ことアリオラ。神がどうだとか言っていたしこいつらが所属しているのは宗教的な組織なんだろうか。教導師なんて位はイリュシュ王国唯一の国教である聖神教では聞いたことない。
国内にある土着の宗教も知識としては学んだが同じく教導師なんて聞いたことはない。
俺の知る限りではイリュシュ王国のあるジルバンド大陸ではどの国も聖神教を国教としている。
ということは他の大陸か? バートリア帝国という国家が治めているバートリア大陸をはじめ他の大陸の宗教までは流石に知識はない。だが神が身近なこの世界ではその存在がはっきりとしている聖神教が主な信仰のはず。
などと考えに耽っていたら巫女とアリオラが空間の歪みに歩いていく。
「皆さまに神のご加護を。ズゥ・ラレ・オゼット」
そう言い残して二人は空間の歪みに消えていった。消える直前、巫女が俺のことをみてかすかに笑みを浮かべた気がしたんだが、気のせいだろう。
巫女が移動しても尚、歪みに向かい礼をし続けるマント男。
モブAなんかは「巫女様から直接祝詞を」とかいって呆けた顔をしている。
この状態なら楽に全員ぶち殺せるんだがなぁ。だけどソルージアの目もあるし、こいつらの組織についてももう少し調べたいからそれは出来ない。
「では我々も移動するか。おい、操作は任せた。お前は最後に来い」
未だにトリップしているモブA、ソルージアを拘束している方のモブに命令するマント男。
「二人しか移動出来んからな、先に俺とガナン家の娘が行く。ユークァルのガキ達を送ったらお前も来い」
ユークァルのガキ達、つまり俺と俺を拘束しているモブBだ。しかしこの規模の転移装置でも一度に送るのは二人が限界なのか。なるほどなるほど。
魔法陣の外側に設置された魔道具の前に行きなにやら操作をしだすモブA。赤く光っていた魔石と魔法陣が緑色の光の光に包まれる。
「指定完了です」
「ああ、おい行くぞ」
前半はモブAに向かって、後半は拘束しているソルージアに向かってだ。
なにやら心配そうな顔でこちらを振り返る彼女の揺れる瞳に向かって俺は力強く頷いて見せる。
タブンダイジョウブダヨ。
そんな気持ちを込めて。
俺の想いが伝わったのか彼女も頷くとウルタに連れられて空間の歪みに消えてった。
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