精神干渉の代償
あれから二日かけて移動をした。途中どこかの村に寄ることもなく基本的には森の中を移動しているのでどこにいるのかはわからない。わかるのは日の位置で南下していることだけだ。
誘拐犯一行は全部で六人。アリオラの他に長身のマント男、こいつは仲間からウルタ様と呼ばれている、あとはモブっぽい男が四人。モブは軽鎧を着こんでいるのでぱっと見は商人と護衛の冒険者といったところか。途中二度ほど冒険者とすれ違ったが怪しまれることも無かった。
ソルージアは拘束されていないがずっと無表情でマント男、ウルタの命令通りに行動している。
俺は反抗する態度は一切出していないが、拘束は解かれることなく移動中は馬車につっこまれている。
まだ日の高い時間、一行の足が止まった。どうやら休憩するみたいだ。
焚火の準備を手伝わされるために俺も馬車から出された。穏やかな川が流れていて、川べりにはいくつか焚火の跡がある。旅人たちの休憩スポットなんだろうか。
食事は道中狩った獣の肉と野草のスープに、小麦を水で溶いて石で焼いたものという比較的バランスの取れた食事だった。食事も終え、そろそろ出発の準備をしようかという流れになった時だった。
「ねえ、そういえばそろそろ精神干渉の限界じゃない?」
アリオラがソルージアを見ながらウルタに尋ねた。
「あまり長時間の精神干渉は精神崩壊を引き起こすから控えたほうがいいって説明にあったわよね。そろそろ三日経つわ、いったん解除したほうがいいんじゃないかしら」
「ああ、そういえばそうだったな。別にガナン家の娘が精神崩壊しても構わないが。…いや、自我を残しておいた方が都合はいいか。」
とんでもないことをサラッと言ったなコイツ。
「おい、服を脱いで横になれ」
ウルタの命令で恥ずかしげもなく全裸になるソルージア。うわっ、ロリコンかよこいつ。精神干渉を解く前にってか?
俺が怪訝な眼差しを向けているとアリオラが話しかけてきた。
「何か勘違いしているような顔ね。あいつに少女趣味はないわよ。見てればわかるわ」
ウルタがソルージアのペンダントに触れて魔力を流す。すると無表情だったソルージアに表情が戻ってきた。だがそれはとてつもない恐怖を感じているような顔。
「あぁぁぁあああぁぁぁぁぁっぁあああああああ! いやぁぁああぁああぁぁあっぁぁっ!」
悲鳴とともに体中の穴から水分をひねり出すソルージア。
「長期間の精神干渉によって抑えられていた自我が戻るとその間に感じていたはずの感情が一瞬で押し寄せてくるのよ。あの子の場合は限界ギリギリまで魔道具を使われていたから相当な苦しみでしょうね」
長年仕えてきたとは思えない、他人事のように俺に告げるアリオラ。
「あなたも今は大人しくしているみたいだけど、変な気を起こしたらあのペンダントであの子の二の舞になるわよ。それが嫌なら今まで通り従順な態度でいることね」
そうか、俺に忠告するために話しかけてきたのか。まあ俺の精神値なら効かないだろうけど。
出すものを出し切っても尚、声にならない叫び声をあげているソルージア。それは数分間に渡って続いた。
ようやく落ち着き、川の水を浴びさせられた彼女は体を拭き、服を着た。ああなるのがわかっていたから服を脱がせたのか。
…ああなるのがわかっていて魔道具を使い続けていたのか。
ソルージアに対して好意はないが、流石に同情する。
俺と同様に手足を拘束された彼女は荷馬車で蹲るように座っていた。小刻みに震えるのは泣いているのかもしれない。
「…さい」
「え?」
舗装されていない、ただ森を切り拓き踏み固められただけの道なので馬車の中はガタゴトと静かではない。そんな中で蚊の鳴くような声でソルージアが何か言っている。ここには俺と彼女しかいないので俺に向けての言葉だろう。
よく聞こえないので仕方なく彼女の隣へ行く。
「ごめんなさい」
なぜ謝るんだ?
「操られていたとはいえ、私があなたを街に誘いなんかしなければあなたまでが誘拐されることはありませんでしたわ。全ては私のつまらないプライドのせい。巻き込んでしまってごめんなさい」
操られていた時の記憶もあるのか。いや、そもそも俺もターゲットみたいだったし、巻き込まれたとは思っていないさ。
「私があなたに対して嫉妬心なんか抱かなければこんなことには…でも安心するといいですわ。辺境伯家の人間としてあなたは無事に返して差し上げます。私の命に代えても」
プライドが高いのはそれだけ貴族としての矜持があるからか。割といいやつなんじゃないか。それにもう立ち直り始めている、メンタル強っ!
だが命に代えてもなんてのはよろしくないな。別に追い込まれているって状況でもないし。いや、彼女は十分追い詰められているのか。それなのに自分を犠牲する決心が出来るなんて見直したぜ、ソルージア。
正直自分だけ助かればこいつのことなんてどうでもいいと思ってたからな。すまん!
こうなったらこの子も無事に帰さないといけないな。
闇魔法の【影移動】で自分以外も移動は可能だ。消費魔力は倍増するが【邪神の魔力】を開放すれば問題ない。だが俺の実力がバレるのは避けたいな。
うーむ。
うーーーーむ。
……あっ! やばいやばいやばいっ! 大事なことを忘れていた!
ソルージアにはわからないように慌ててステータスを表示させる。
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邪神の魔力
・開放時に邪神の力を纏う。魔力を無限に使用可能。
・開放中、世界に邪神の存在を示す。
・生物を殺害した時にステータスアップ。
・一定期間開放しないと暴走し、その身を邪神の魔力に滅ぼされる。(残り80時間)
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ここのところ【邪神の魔力】を開放していなかったからな。すっかり残り時間のことを忘れていた。あと三日間と少しか。
それまでには一度【邪神の魔力】を開放する必要もあるな。
うーん、今の状況を整理しよう。
俺とソルージアは何かの力を持っている可能性があり、それの確認のために拉致された。だが確認の結果その力はないと判断されたものの、組織とやらの駒にするためにどこかの拠点に移動している。移動にはポータルというものが関係している。今後も狙われる可能性があるので組織とやらは壊滅させたい。
思ったよりもいいやつだったソルージアを見殺しには出来ないので俺の実力がバレないように彼女をガニルムに送り届けたい。
三日以内には【邪神の魔力】を開放する。マストで。
誘拐犯は皆殺し。
以上だ。
どれだけ拘束状態が続くかわからない今の状況だとソルージアにばれないように【邪神の魔力】を開放するのが一番難しいか。
なにせ解放時にはビジュアルも変化してしまうからな。
さて、どうするか…。
「大丈夫ですわ。私がきっとあなたのことだけは…」
すっかり黙っていた俺を心配してソルージアが声を掛けてきた。だがそんな彼女も不安で震えている。人間、窮地に陥るとその本性が見えるっていうがこの子はいい子だな。よし、励ましてあげよう。
彼女の隣に寄り添う。
「安心してください。忘れましたか? 俺の方が貴方よりも強いってことを。それに従者になる者が主人に守ってもらうなんておかしいでしょう」
おどけて俺がそういうとソルージアの瞳から涙が溢れてきた。
「俺が貴方を守ります」
場の雰囲気に流されてくっさいセリフを言ってしまったぜ。
だがこれだけは言わせてもらう。お前の従者になるつもりはないけどな!
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