焚火を囲んで談笑とはいかないようで

「━━ガキはまだ目が覚めないのか?」


 誰かの話し声で目が覚める。うーん、なんだか頭がクラクラする。


「魔法薬なら一定時間の効力を発揮するけど、使ったのは調合毒なのよ。効果には     個人差があるものよ」


 ここはどこだ? どうやら木の板に寝かされているようだ。両手両足は縛られて身動きはとれないし、口も塞がれていて声も出せない。


 そういえば誘拐されたんだっけな。


 荷馬車の中か? 隙間から入るぼんやりとした光に照らされた木箱や麻の袋が目に入る。外からは焚火のパチパチという音とマント男とメイドの話し声が聞こてくる。


「そうは言うがガナン家の娘はとっくに目が覚めているぞ。薬を嗅がせてからもう半日だ。ガナン家の娘の倍近くというのは流石におかしくはないか?」

「だから個人差があるのよ。レイブン・ユークァルが毒の効きやすい体質なんじゃないかしら。それに私が用意したんじゃなくて組織から支給されたものなのよ。私だってこれ以上はわからないわよ」


 確か加護の【邪神の恨み】のせいで毒の効果倍増なんだったな。


「このまま眠ってもらっているほうが手が省けるじゃない。いちいち闇魔法で言うことを聞かせるのも手間でしょう。ペンダントは一つしかないし」

「ああ、それもそうか」

「はぁ、お屋敷にいるときは夜の見張りなんて無かったからこんなのも久しぶりね。それにしてもこうやってあなたと火を囲むのも随分と久しいわね。これまではどんな任務をしていたの?」

「その質問には答えられない」

「あっそ。別に大して興味もないからいいけど。だけど退屈じゃない。何か面白い話でもないの」

「お前を楽しませるのは任務には含まれていない」

「はぁ、相変わらずつまんない男ね」


 それっきり二人の会話はなくなりしばらくは焚火の音が静寂の中に響いていた。


 …暇だな。


 麻痺毒は抜けているようで体に力も入るし魔力も動かせる。黒騎士モードで全員ぶち殺してもいいし、【影移動】でスマートに行方を眩ませることも出来る。


 ただそれじゃあ駄目だ。こいつらはどこかの組織に属している。ということはこの場をどうにかしてもまた狙われる可能性があるってことだ。こいつらを殺すとしても組織について何か情報を得てからか。


 【精神操作】で情報を聞き出すか? いやもう少し泳がせてこいつらの拠点についてからの方が都合いいだろう。魔法で何か細工をしようにも少なくともマント男とメイドは闇魔法スキルを持っているようだし安易に魔力を放出して警戒されても困る。


 ということはもう少しこのままでいるか。


 …それにしても腹も減ってきたし喉も乾いた。俺のことを殺すつもりはなさそうだから食事くらいはくれるだろう。とりあえず目が覚めたアピールでもするか。


「うーん、うーん」


 ガタガタとわざと音を立てるように体を動かす。


「目が覚めたようだな」

「そうね、どうする」

「暴れられても厄介だ。軽く脅しておけ」


 わかったわよ、と言いメイドが動く気配がして、バサっという音とともに荷台の幌の一部が開けられた。


「おはよう、坊や」


 赤髪メイドのアリオラは動きやすい旅装に着替えており、パッと見は商人のようだ。


「うーん、うーん」


 とりあえず呻いてみる。


「あまり大きな声は出さないでね。大声を出したらどうなるかわかるわね? まあ魔物を引き寄せて餌になるのがオチでしょうけど」


 そういってナイフを俺の首元に当てる。


 呻くのをやめて恐怖におびえたふりをする。こちとら日々の稽古で真剣を使うことだってあるんだ。油断していないこの状態なら、万が一この女が切りつけてきても一瞬で身体強化して防ぐことだって可能だ。恐れることはない。だけどこの場は十歳の貴族のお坊ちゃんらしくビビりちらかしておこう。


「聞き分けがいい子は長生きできるわよ」


 アリオラはそう言ってナイフで俺の口元を覆っていた布を切り裂く。ナイフの先端が触れた頬に血がにじむ。このアマ! もっと上手に外せよな!


 そんな感情はおくびにも出さず声を抑えて話しかける。


「あ、あの何か飲み物をいただけないでしょうか? あと、その、おしっこもしたいのですが」


 いや、まじで喉乾いているんだよね。魔法使っていいなら生活魔法で飲み水出すけど。それに膀胱も割と限界である。


「ふぅん、もっと喚くかと思ったけど開口一番が飲み物とはねぇ」


 先程までの無表情から面白いものを見るような顔に変わるアリオラ。


 人間の体は水分がほとんどなんだぞ、まずは水だろ、何がおかしい!


「「お前たちは何者か!」とか言うと思っていたわ」

「大体の自分の置かれている状況は理解しています。あなた方は私と姿は見えませんがソルージアを誘拐した。ここがどこだかはわかりませんが街から連れ出したということは殺害するつもりはない。剣術の他にも体術と魔法のスキルを授かってはいますが剣の稽古に重きを置いていた私には武器のないこの状態ではあなた方をどうにかすることは出来ないでしょう。ですので、まずは自分の生理的な欲求に従うことにしました」


 オドオドしながらも状況の確認と無力アピールをする。本当はお前なんて速攻でぶち殺せるけどな!


「へぇ、随分と賢いのね。でもあなたのステータスが既に大人並みっていうのは知っているのよ。だから完全に自由にはさせられないわ。いらっしゃい」


 ヒョイっと俺を脇に抱えると馬車を出る。外には焚火の前にマント男がおり、俺がいた荷馬車の他にも、もう一台荷馬車がある。


「小便は見えるところでさせろ。ユークァル男爵にかなり鍛えられているという話だ、油断はするなよ」

「わかってるわ、ほら立ちなさい」


 マント男の視界に入る場所に立たされる。手は後ろで縛られ、足も縛られているのでバランスが難しいがなんとか踏ん張るとアリオラがズルっと俺のズボンを脱がす。流石にアソコを持ってはくれないので体を反って放出をした。屈辱感をもっと感じるかと思ったがちょっと気持ちいいな。


 いやいや、決して人に見られているからじゃないぞ。大自然の中でいたしているってことに快感を得ているだけだ。そう、決して人に見られているからではない。


 ジョボボボ。


 頃合いを見計らってズボンを履かされると焚火の近くの切り株に座らされる。両手の拘束を解かれて何やらスープを手渡された。ちゃんと具も入っている。駒として使うって言っていたし、俺を害する気は無いらしいな。


 尚、両足が切り株にびっちりと拘束されている。どうやら無力アピールは効いていないようだ。

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