甘い香りの特産品
「まずはこちらの倉庫からご覧ください」
先導するメイドが案内したのは入り組んだ路地の先にあった小さめの倉庫だ。荷物の搬入口の横にある出入口には申し訳程度に辺境伯家の紋章が飾られている。
「もっと大きな倉庫を想像していました。こちらには何が?」
先ほどまでの流れで護衛騎士に聞いてみる。まぁこっちの騎士さんは俺ともう一人の騎士さんとの会話にもほとんど入ってこなかったのだが。
「むぅ、申し訳ありません。こちらの倉庫のことは存じ上げておりません」
「それもそうでしょう、こちらの倉庫は魔道具による管理がされているので通常の巡回ルートからは外されております。騎士様が知らないというのも無理はありません」
「というと何か特別なものが?」
この規模の倉庫に収まるようなもので、尚且つ魔道具での管理が必要なら倉庫地区よりも砦や辺境伯邸の敷地内のほうが保管にむいているんじゃないのか?
「えぇ、ですが危険もあるのであまり人が多い場所では保管ができず、このような倉庫地区の奥まった倉庫に保管されているのです」
一体何が保管されているのか。メイドの案内にしたがい倉庫の中に入る。倉庫の中には明かりは無く、窓もないようなので入口から入る光のみ。だがこの入口付近が他の倉庫の影になっているため、手前付近に乱雑に木箱が置かれていることしかわからない。
メイドに続きソルージアが倉庫に入る。薄暗い倉庫だが入るのに躊躇もない、何度か来ているのか? その後に続き俺も倉庫に足を踏み入れる。倉庫の中は花の香りのような甘い香りで満たされていた。危険なものの割にはいい匂いがする特産品ってことか? そんなのあったかな?
その香りに気を取られていた、まさにその時。
「うぐっ」
どさっと人が倒れる音で後ろを振り向くと背中から剣を生やした護衛騎士が。白い騎士服が血で染まっていく。
「え?」
だがそこに護衛騎士以外に人影も気配もない。咄嗟に魔力を展開して周辺を探知しようとしたのだが。
「痛っ」
俺の右腕に鋭い痛みが走る。しまった、先に身体強化をすべきだったか。そう思ったのも後の祭り。徐々に失われていく体の感覚。だが意識ははっきりしている。麻痺毒か?
そのまま為す術もなく崩れ落ちる俺の体。視線の先には俺の血の付いたナイフを持ったメイドが無表情で俺を見下ろしている。そしてその横には変わらずに笑みを浮かべ続けるソルージアが立っていた。
「私の任務は完了かしら」
そう呟くメイド。誰もいない方向に向かって話し続ける。
「それで? 私はこの後どうすればいいのかあなたは聞いているの?」
誰もいなかったメイドの横の空間が一瞬ブレると黒いフード付きのマントを被った長身の誰かが現れた。
「ああ、俺たちとともにガニルムを離れてもらう。俺たちは『ポータル』から本拠地に戻るがお前には『ポータル』で連絡員から指令があるそうだ」
「ふぅん。なるほどね…。はぁ、長期任務が一区切りついたと思ったらまた別の任務ね。労いの言葉の一つも欲しいところね」
「お前は誰かに感謝されるために組織にいるのか?」
「言ってみただけよ。世界に混沌と絶望を、でしょ」
「ああ、世界に混沌と絶望を」
デカマントは声から察するに男か。こいつらの会話に出てきたポータルってなんだ? 組織に長期任務ってことはこの誰かの命令ってことか? じゃあソルージアはどうしてずっと無言なんだ? ソルージアも組織の一員ってことか?
「ああそうだ、まずは干渉権を俺に渡してくれ」
「そうね、闇魔法スキルはあなたの方が高かったわね。闇魔法スキルが高ければ高いほど干渉しやすいのだったわね」
メイドはそう言うとソルージアが身につけているペンダントに触れた。ペンダントが赤く光り、笑みを浮かべたソルージアの表情が不気味に照らされ、続いてマント男がペンダントに触れると発光は収まった。
「これからは俺の言う通りにしろ。その表情はやめていい」
マント男の言葉を聞いたソルージアは辺境伯邸から続けていた笑顔から一瞬で無表情となった。今の感じは闇魔法の【精神操作】か? 恐らくあのペンダントが魔道具なのか? それにあいつらの話だと闇魔法スキルが扱うキーになっているのか。
つまりソルージアはあのメイドに操られていた、ということか。いつから操られていたのかはわからないが、変に俺に突っかかってきたりしていたのもこのペンダントのせいだろう。
得た情報から思案するも体がマヒして動かない上に魔力も自由にできない。この状態では魔法スキルが使えないので手詰まりだ。【邪神の魔力】を開放して邪気を抑え込まなければこいつらをなんとかすることは出来るだろうけど体が動かないんじゃどうしようもない。加護のおかげで命に関わることはないはずだし様子をみるか。
「ユークァル家のガキの意識はあるようだが?」
「こっちはまだ『確認』してないのよ」
「ああ、そうか。ならさっさと『確認』しろ。あまり時間はない」
「はいはい、わかってるわよ」
確認ってなんだ? え? ちょっと待ってよ! あっ! まだ十歳の男の子になんてことを!
…。なんつって。いかがわしいことはされませんでした。
メイドは俺の口元にハンカチをあてがった。なにやら甘い香りのするハンカチ。スンスン。えぇ匂いですな。
抵抗することもできないので甘い香りのハンカチ越しで呼吸すること数分。
「そろそろいいかしら。レイブン様、あなたのステータスを私たちに見せてくれない?」
は? 嫌ですけど。
「…あら? おかしいわね。量がたりないのかしら?」
そういうと小瓶に入っていた液体をハンカチに含ませ、また俺の口元に宛がった。すんすん、ちょっと香りがきつくなったな。トイレの芳香剤を直に嗅いだみたいだ。気持ち悪りぃな。
「そろそろ大丈夫かしらね、さぁ、あなたのステータスを見せて」
だから嫌だって言ってるじゃねぇか! あっ、喋れないから言ってないか。しかしなんなんだ。いい匂いを嗅がせてあげたからステータス見せろってか? 対価の価値観バグってません?
「…変ね」
「組織が発見したという例の樹液か? 判断力を鈍らせるという」
「そうよ、毒じゃないから検出もされないし効果も十分のはずなんだけど…」
判断力を鈍らせる? そういえば頭がボーっと…。
…。
しないな。
「まどろっこしい。闇魔法を使うぞ。【精神操作】」
マント男の手から闇の魔力が俺に放たれる。
…。
ふふっ、効かないんだな、これが。俺の闇魔法スキルは上限レベルに達していて、さらに闇魔法の上位スキルである邪道魔法も所持している。闇魔法の精神干渉系の魔法は闇魔法レベルが自分よりも低い相手にしか効果がないんだぜ。つまり貴様のその【精神操作】は俺には意味をなさないんだよ!
…。
いや、ちょっと待てよ。【精神操作】の成功は相手の闇魔法レベルと精神状態に依存するという検証結果が日々の盗賊狩りで判明している。
十歳の子供がこんな状態で精神が不安定になっていないのは流石に考えられない。とすると俺がこのまま魔法にかからないと闇魔法スキルを持っていることを疑われてしまう。もしくはさらに追い詰めるために拷問なんてことも…。
「お前のステータスを見せろ」
色々と思案していたらマント男のそんな声が。
仕方ない。見せてやろう。そもそも俺のスキルは王族・貴族やその関係者は既に知るところにあるし、この場で拒否し続けるデメリットを考えるとさっさと見せたほうがいいか。
ステータス、そう念じ、目の前の二人にも見られるようにする。
内容はステータスを授かったときに両親に見せたものと同じだ。ステータスの値は両親しか知らないはずなので問題ないだろう。なによりいじっている時間もなさそうだしな。
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名前:レイブン・ユークァル
年齢:10
※隠匿で偽装中
生命力: 100/100
魔力: 110/110(+30)
力: 90(+30)
精神: 90(+30)
素早さ: 70(+30)
器用さ: 60
運: 60
スキル:
剣術(Lv1)…剣を用いた攻撃に補正。力に+30。
体術(Lv1)…体捌きに補正。素早さに+30。
生活魔法(Lv1)…生活魔法が使用可能。
植物魔法(Lv1)…植物魔法が使用可能。魔力、精神に+30。
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「ちっ」
俺のステータスを見たマント男が舌打ちしやがった。てめぇ、この野郎! ここは「まだ十歳なのにこんなにステータスが高いのか!」とか、話に聞いていた通りスキルを四つ所持か、とか驚くところでしょうが!
「十歳でスキル四つね、羨ましこと」
メイドは苦々しい顔で俺のことを見下ろしているし、なんか反応おかしくない?
「辺境伯が認めるほどの力量の持ち主、それが青藍騎士の息子ということだったから期待していたのだがな。貴族を中心に探す方針は変更したほうがいいのかもしれんな」
「で、どうするの? この子達は」
「別に。加護持ちではなくとも駒としては十分使えるだろう。教育して我々の役にたってもらうさ。街を出るまで騒がれてはたまらん。二人ともしばらく眠らせておけ」
「はいはい」
メイドは先ほどとは別の小瓶からハンカチに液体を含ませる。それを口元に宛がわれた俺の意識はそこで途絶えた。
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