冒険者ギルドへ
ガタゴトと街の大通りをゆっくりと進む豪華な馬車。俺の他に無表情な赤髪メイドのアリオラ、辺境伯家の騎士が二名、まるで仮面のような貼りつけた笑顔の辺境伯家令嬢のソルージアの五名が乗車している。
気まずっっっ。
ソルージアからのお誘いを受け、兄は父に即座に了承をとってきた。なんならこの誘い自体が大人たちの入れ知恵なんじゃないかと俺は疑っている。決闘騒ぎで気まずくなった俺たちの仲を良くすれば学園に通うときにいい方向に繋がるという魂胆が見え隠れしている気がする。
その証拠にまるで人形のように笑みを絶やさないソルージア。俺に「数々の無礼ごめんなさい」と謝ってきてからはずっと同じ表情のままだ。いや、すげーな、それ。表情筋どーなってんだ? 貴族の特殊スキルで表情固定とかあるんじゃないか? きっとその表情の裏では俺に対してのヘイトをさぞ積み上げているのだろうよ。
もう一度言おう。気まずっっっ。
「あ、あの」
そんな絶妙な緊張感のある車内の沈黙が破られた。護衛のために同乗している騎士の一人だ。
「本日はどのような経路をお回りになるのでしょうか。我々は急だったのでソルージア様とレイブン様の護衛という事しか聞いておりません。ガニルム内で危険はないとは思いますが…」
そういれば俺もどこを見て回らせてもらえるのか聞いていなかったな。というかこんな気まずい雰囲気で回るならサクっと終わらせてもらいたい。あ、出来れば人気の無い所には行ってみたいな。【影移動】の座標登録しておきたいからさ。
そんな護衛騎士の疑問に答えたのはメイドのアリオラだ。
「まずは冒険者ギルドに向かいます。レイブン様が冒険者にご興味があるそうですので。そこで馬車を降りて南市場と鍛冶通りをご見学いただきます。馬車はその間に商業ギルドへ向かわせます。鍛冶通りで辺境伯家と懇意にしている鍛冶師の元を見学した後、商業ギルドへ向かい馬車でお戻りいただく予定です」
「なるほど、承知いたしました」
ほうほう、冒険者ギルドに市場、鍛冶師か。なかなかいいチョイスじゃないか。雰囲気は最悪だけどちょっと面白そうだな。冒険者ギルドといえば異世界転生の定番中の定番だ。面子的に絡まれイベントは起きないというのは残念だな。まあ登録も出来ないだろうし。
「折角ですし倉庫街もご案内してはいかがです? ガニルム鉱はじめガナン領の特産品を目にするのも貴族としていい勉強になりますわ」
「そうですね、そうしましょう。ガニルム領内から徴税された品々が集まっておりますので」
そういえばうちの領地で収穫された麦もいくらか運ばれていったはずだ。特産品というほどのものがない我が領地では主に麦を栽培している。あとは野菜類の栽培や一部で畜産もしているが自分達で消費してしまう。まぁ特産品があるような重要地を騎士上がりの貴族に与えるはずもない。だけど父が治めるようになってから収穫量は年々増えていると聞いている。ああ見えてやるべきことはやっているようだ。
俺の意見など聞かれることもなく「ではそうゆうことで」とメイドの一言で再び無言になる車内。護衛の騎士たちも聞きたいことは聞けたようで車窓から周囲に目を配らせている。砦の訓練でも感じたがガニルム領の騎士や兵は傲慢なところもなく皆が職務に忠実なようだ。ラノベでは権威を笠に好き放題するイメージがあったがそんなことはないようだ。まぁ貴族の前だから猫かぶっているのかもしれないけどな。
ちなみに護衛騎士は自領の街中での警備ということで帯剣はしているものの、防具面では騎士服と呼ばれる丈夫な生地で作られた服だけで鎧は着こんでいない。隣でガチャガチャうるさいのも嫌なのでよかった。
無言の車内に耐えること数分、馬車はひと際大きな建物の前で停まった。どうやらこの建物が冒険者ギルドらしい。ガニルムはガニルム鉱を産出する際に出た石材を使った建物が多く見られるがこの冒険者ギルドも同様に石材の組積式構造の建物だ。
辺境伯家のものとわかる紋章入りの馬車が冒険者ギルドの前に停まると周囲の視線を集める。そりゃそうだよな。俺だってそうするさ。だが衆目環境になれていない俺はなんだか針の筵に座る気分だ。
「到着です、さあ行きましょう」
先に降りた騎士に続いて俺も降りる。一応貴族のマナーとして、しぶしぶ、嫌々だが後から降りてくるソルージアに手を差し出す。一切の表情を変えず笑顔のまま「ありがとう」といって俺の手にそっと手を乗せてくる。十歳とは思えない優雅な振る舞いだ。
「あなたの手を借りる必要なんかありませんわ」とか言って振り払われないでよかったぜ。
「おぉ」
大人数人が並んでも十分な広さの入り口には扉はない。よく見ると蝶番の痕跡があるので最初は扉があったのだろうが取り外されたようだ。ギルドの中はまるで大きなパブのよう。そこかしこにあるテーブルでは食事をしたり、何か紙を広げて話合ったり、まだ昼なのに酒を飲んで騒いでいる人もいる。皆冒険者なのだろうか。とても賑やかだ。
奥には左右に分かれたカウンターがあり、その一つはバーカウンターのようにサーバーから黄色の液体を木製のジョッキに注いでいる人がいる。異世界にもあるんだ、ビール。カウンター内では料理人らしき人がせわしなく動いて料理を作っている。うちの方じゃ大人たちが祝い事の時に葡萄酒を飲むくらいだからな。
そして反対に設置されたカウンターには制服に身を包んだ女性が受付嬢のように等間隔で並んでいる。それぞれの女性の前にはポツポツと人がいて何やら話をしている。あれが受付カウンターだろうか。こちらのカウンターの中では同様の制服を着た人たちがデスクに座ったり壁にある棚からなにやらファイルを取り出したりしている。さながら役所って感じだ。
入って右側に設置された受付カウンターの方が比較的静かなようで、カウンターの横には大きな掲示板の前に真剣な顔でなにか話している集団もいる。あれが依頼ボードだろうか。
左右のカウンターの間には奥に続く通路もある。冒険者らしき人は意外と軽装だ。街中ではフル装備でいる必要もないもんな。何人かは依頼帰りなのかごつごつした鎧を着ている人やボロボロの皮鎧を装着した人もいる。
ビバふぁんたじぃ異世界。目の前にテンション爆上がりの俺。ついつい、「すっげー」と少年らしい感想を漏らしてしまったらしい。騎士さんの俺を見る目が生暖かいぜ!
ギルドに入って来た騎士服の人に注目が集まり、その後にメイドを連れたドレス姿の少を見つけると周囲からは「ソルージア様だ」という声がちらほら聞こえてくる。その横でキョロキョロしながら目をキラキラさせているガキンチョが一人。聡い冒険者は事情を察したようで半数近くはすぐに自分達の世界に戻っていった。
ソルージアの姿を確認したギルド職員がすぐに駆けつけてきた。
「ソルージア様、よくぞおいでくださいました。一体本日はどのようなご用件で?」
「突然の訪問失礼いたします。本日はこちらのタトエバン・ユークァル男爵のご子息、レイブン様のガニルムご見学の一環で立ち寄らせていただきました。長居はしませんのでご対応は不要でございます」
ギルド職員に応えたのはメイドのアリオラだ。この人よく喋るな。というかソルージアは対応しないのか? そう思ってソルージアの方を見ると相変わらず同じ笑みを浮かべたままだ。
「あれがユークァル男爵の」
「あの青藍騎士の?」
メイドの受け答えを聞いていた冒険者たちの視線が一気に俺に集まる。
うん?
「せいらんきし?」
聞いたことのない言葉が引っかかった。しかしそれはすぐに護衛騎士の一人が教えてくれた。
「ご存じないのですか? お父上のタトエバン様のことです。タトエバン様が近衛騎士だったころに魔物の大群から王族の方をお守りした際に、鎧が大量の魔物の青い血で染まったことからそう呼ばれているんです」
二つ名持ちとかなかなかやるじゃないか父上。しかも魔物の血が由来って。似合っているじゃないか。今まで俺が聞いたことがないってことは隠していたのか? まぁ確かに恥ずかしいよな、二つ名なんて。…今度呼んでみようかな。
案内は不要と言われたギルド職員だがそうはいかないと言い、ギルド内を案内してくれた。
依頼ボードだと思っていたものはやはりそうだった。ざっと見た感じ高ランクの依頼はなくFからDランクの依頼がほとんどだった。Cランクからはある程度の実力が必要になるらしくほとんどが指名依頼になるんだそうだ。
カウンターに挟まれた通路の先には救護室や仮眠室、冒険者向けアイテムの販売所など思っていた以上に充実していた。見学は出来なかったが訓練用の施設や牢屋なんかもあるらしい。
一通り案内をしてもらった俺たちは冒険者ギルドを後にした。そうそう、案内してくれたのはここのギルドのサブマスターだったらしい。
その後は徒歩で市民たちが行き交う市場を見学。そして鍛冶通りと呼ばれる鍛冶師たちが集まっている通りを見学し、辺境伯家お抱えの鍛冶師の作業場を見学させてもらった。
見学中の俺の疑問には護衛騎士の一人がわかりやすく説明してくれるので非常に楽しい時間だった。
道中特に会話することもなくただ薄っすらと笑みを浮かべ続けているソルージアが不気味な以外はね。
なんだかんだと楽しんでいたこの見学ツアーもいよいよ大詰めだ。ソルージアの提案で訪れることになった倉庫地区。商業ギルドに隣接してあるこの地区には大小様々な倉庫が立ち並んでいる。市場とは違い武装した兵士の巡回が多い。民間の倉庫以外にも辺境伯家の倉庫、つまり領内から税として運ばれてきた品々が保管されているんだ、当然だろう。
この辺りは安全だということで俺の質問に答えてくれていた護衛騎士は商業ギルドに来ているはずの馬車へ帰路の確認ということで行ってしまった。幾分か和やかなムード(当社比)だったのが再びの気まずい雰囲気に。
この倉庫地区は思っていた以上に入り組んだ造りのようだ。大きな通りから細い路地に入ると何度も曲がり角を通過している。途中、催してしまった俺のせいで同じ道を往復することになり、似たような倉庫が並んでいるのも手伝ってどこを通って来たのか最早わからない。先導するメイドは慣れているのか迷うことなく進んでいく。近道なのかな?
ここまでの道中でやりたいことも達成できたし、領内各地から集められた特産品楽しみだな!
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