反抗
「レイブン、お前をソルージア様の従者にどうかというお話をいただいている」
辺境伯家のご令嬢ソルージアから完封勝利と更なるヘイトをもぎ取った俺は、その試合を見ていたダンテ様と父に砦の執務室へ連行された。
接待負けしなかったお説教か? とも思ったが試合前に「わざと負けるな」と言われていたんだし、一応怪我はさせていない。彼女のプライドは傷つけたようだけど。
そして執務室に入り、出されたお茶を飲んでいるところで隣に座る父から言われたのがこの一言である。
え? 嫌ですけど。
それが率直な俺の意見ではある。第一に俺は貴族社会で生きていくつもりはない。それに俺のことを嫌っている人の従者なんて碌なことにはならないだろう。
「ソルージア様は来年王都の王立イリス学園に入学がほぼ内定している。従者となればお前もイリス学園に通うことになるがダンテ様が学費も王都での滞在費も全て援助してくださるそうだ。こんなにいい話はないと思うぞ」
金金金! 騎士として恥ずかしくないのか!!
なんつって。大事だよね、お金。
確かうちみたいな田舎貴族じゃ高額な学費を支払うのは大変だ。兄二人ならまだしも跡取りとなる可能性の低い三男までなんて普通は余裕ないだろう。ちなみに姉は神聖魔法スキルのおかげで特待生として魔法学園に通っている。
そりゃあ親としては子供が上等な教育を受ける機会だ。逃したくないだろう。
だけどなぁ…。学園は四年制。十歳でスキルを授かり、十一歳になる春から学園に通うのが普通だ。でほとんどの生徒が成人するとともに卒業する。つまり学園に通うってことは成人までの「命が危険に晒されない」という俺のアドバンテージを十分に生かせない。
卒業してから鍛えるか? いや、もう貴族社会に骨を埋めるか…。
…。
ふと「死の痛み」を思い出す。
駄目だ駄目だ! あんな苦しみを味わい続けるなんて考えられない。そのためは成人前の【死と再生の神による加護】によるアドバンテージを生かすべきだ。
ここはなんとしてもお断りさせていただこう。とはいえこの父親にも世話にはなっているし、転生しているからといって家族に情が無いわけでもない。辺境伯家と男爵家。この関係性を崩さないようになんとかならないものか。
うーん。
「どうした?」
すっかり黙りこくってしまった俺に心配そうな顔をして父が問いかける。
「いえ…。男爵家の三男としてこういった機会に恵まれるとは思っておりませんでした。えーっと、なので将来は冒険者になろうと思っていたのです。そのためにお父様との稽古にも真剣に励んでおりましたので…。その、なんというか…」
そんな話お断りだぜ! とはっきり言えるわけでもなく、歯切れの悪い返答になってしまった。
「ふうむ」
なんともいえない空気が執務室を包む。そりゃあそうだろう。「普通」の田舎貴族からしたらこんないい話はない。学費も生活費もかからない。なんなら将来の勤め先も決まったようなものだ。まさか俺がこんな渋い返答をするとはこの二人も思っていなかったはずだ。
それに「普通」の貴族の三男が俺のような返答をしたら説教が始まりそうなものだが、この二人は俺がどれほどの稽古をしているかを知っている。
俺も他の稽古というのを知らなかった、精々兄姉の稽古を見ていただけなので、俺だけ厳しいな、でもまあ異世界だしこんなもんか、くらいのものだった。だがガニルムに来て一般的な兵士の訓練を見て確信した。あの父との稽古は異常だ。
そんな異常な稽古をこなして、尚且つそれに見合うだけの実力を身につけている俺が、「冒険者になるために頑張っていた」なんて言ったもんだから二人、特に父は押し黙ってしまった。
「何故じゃ?」
「え?」
「レイブンよ、なぜ冒険者なのじゃ? 確かに跡取り候補ではない貴族の子が冒険者になることはある。じゃが、貴族たるもの国に貢献しようとは思わなかったんかの?」
いきなり「何故じゃ」なんて言ってくるからびっくりしたぜ、従者をやんわり拒否したのを咎められるかと思ったじゃねーか。
それに「国に貢献」って…。お宅の孫娘の従者が国に貢献する仕事とは思いませんけどね!
まぁ、これは冒険者にならなくても騎士や文官といった国に仕える仕事だってあるだろうって意味だと思う。
…転生時に味わった「死の痛み」の苦しみ。
あんなのはまっぴらごめんだ。
だから成人までの加護で死なないうちにガンガン魔物を討伐して強くなって隠居ってのがリスクが一番低いと俺は思っている。
とはいえそんな理由を正直に話すことも出来ないしなぁ。
「えっと、ダンテ様の仰る通り、貴族たるもの国の為に命を捧げるべきなのでしょう。ですが国とはなんなのでしょう。こういう言い方をすると不敬になるかもしれませんが、私は国とはそこに生きる民こそが国だと思っております。もちろん王家の方々があってこそですが」
俺は辺境伯の目をしっかりと見つめて返答を続ける。
「私は民を守る力になりたいのです。冒険者とは魔物から弱き物を守る者達の相互扶助組織がその起源と聞いております。しがらみなく、困窮している民を守る者。それこそが私が望む姿です」
嘘です。
「ソルージア様の従者というお話、大変光栄なことですが…」
「そうか…」
沈黙が場を支配する。
「じゃが、冒険者を志すにしても学園で学ぶことはマイナスにはならんじゃろう。今すぐに冒険者にならなければいけないものでもあるまい。そもそも冒険者に年齢制限もないしな。そうじゃ、成人までは従者として学園に通いその後冒険者になればよかろう」
は?
「寛大なお言葉ありがたく存じます!」
頭を下げる父。は?
つまりは、とりあえずあの孫娘の従者として学園に通うのは決定な、だけどその後の進路については保留にしておいてやろう。本来なら辺境伯家に召し上げられるところを冒険者になる余地を残してやるからありがたく思え。ってことだ。
だーかーらー、それが嫌なんだって!
くっそぉ、加護のことを話せない状況じゃ反論できない…。ぐぬぬ。
話はそこまでとこの場は解散となった。
小さな反抗で翌朝の稽古を断ったら父が何とも言えない顔をしていた。
どうするよ、俺!
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