稽古と決闘

 意図しないところで辺境伯の孫娘から反感を買ってしまっていた俺。辺境伯邸の客間で一週間ほど滞在する予定なので極力彼女とは関わらないようにしよう、そう思っていた。幸いにも向こうも俺のことを嫌っているみたいなのでこれ以上関わらないようにすればヘイトが増えることもないだろう、そう思っていたのに。


「本気でかかってくるといいですわ!」


 初めて対面した砦の中庭で訓練用の木剣を持った彼女と俺は対峙していた。


 ドウシテコウナッタ。



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 あれは滞在二日目の朝のことだ。父と兄と三人で朝食後に談笑していたところへ辺境伯がやって来た。


「タトエバン! 稽古じゃ、付き合え!」


 いきなりやって来てこれだ。なんとなく気配はわかっていたので来訪自体には驚きはしなかったが開口一番この発言には呆れるしかない。


 残念ながら脳筋族である父もノリノリで、というか事前に話をしてあったのかいつものことなのかもしれない。兄は巻き込まれないように「私は仕事がありますので」と去って行ってしまった。レイブンも一緒に来て仕事を見学するかい、と言ってくれたのだが脳筋爺と脳筋親父がそれを許すはずもなく、首根っこ掴まれたまま辺境伯邸の裏庭に連れて行かれてしまった。


 そこには既に一人の男性が待っていた。父よりは少し年下だろうか。鍛え上げられた体を持ち、髪は後ろに撫でつけている。動きやすいような恰好で準備運動をしていた男性はこちらに気が付くと一礼をしてきた。


「ダンテ様、タトエバン様おはようございます。そちらが例の?」

「待たせたな」

「おはようロック。そうだ、俺の息子のレイブンだ」

「おはようございます、えーっとロックさん?」


 とりあえずロックさんとやらに挨拶をする。彼はニコリと笑っておはようと返してくれた。


「ロックは辺境伯領の騎士団で団長をしている、昨日は遅くまで周辺の魔物狩りをしていたからまだ会っていないだろう?」


 そういえば昨日兄に連れられて騎士団の詰所にもいったが副団長さんしかいなかったな。しかし武勇に優れた辺境伯、騎士から武勲を上げて貴族になった父、辺境伯領という特殊な場所の騎士団長を任されている人。そんな大人と朝から稽古って……。


 俺のステータスは魔力や精神とかは素の状態でも異常に高いけど生命力や力、素早さなんかは一般人より高いとはいえずば抜けているわけじゃない。そりゃあ【邪神の魔力】を開放して魔力のゴリ押しすれば余裕だろうけど普通の状態じゃこの三人に敵う道理がない。稽古だから倒す必要はないんだろうけどさ。


 そうこう考えながらとりあえず俺も体をほぐしていると父とロックさんが周囲に魔道具を設置し始めた。あれは稽古中に発する魔力の余波が周囲に漏れないようにするための魔道具だ。衝撃波で窓が割れたら大変だからね。家でも稽古の時に使っている。


「あれ?」


 設置した魔道具をロックさんが起動させた時に思わず声が出てしまった。いつもの魔道具だと薄い透明な膜が半球状に張られるのだが濃紺の膜が張られたのだ。


「レイブンはこのタイプは初めてだったな。これは稽古の時の衝撃や魔力を遮断するのと外側から中が見えないようになっている魔道具だ。これで外のことは気にしないで稽古に集中できるだろう。ロックは光魔法スキルを所持しているからな、いつも通りやっても大丈夫だぞ、いやハンナがいなくなってからは抑えていたからな、久しぶりに思い切りできそうだ」


 五か月ほど前に魔法学園に通うために家を出た姉、ハンナ。彼女の神聖魔法スキルによる治癒魔法がなくなったおかげで父からの稽古は最近軽めになっていたのだが。


 ちなみにここ数か月は親の目を盗んで盗賊や魔物狩りに勤しんでいたため俺自身が強くなる為の行動は疎かになっていない。


「ではまずレイブンの力量をご覧ください。レイブン、始めは身体強化無しでいくぞ」

「はい、お父様」


 魔道具で区切られた空間の中央付近で俺は両手で木剣を持ち正眼に構える。対する父は片手で木剣を持ち切っ先は下げたまま。やや口角が上がってはいるが一切の隙は見当たらない。


「いきます!」


 一気に踏み込み木剣を振り下ろす。カンという乾いた音とともにその一撃は難なく受け止められる。そんなことはわかりきっていたので続けざまに打ち込んでいくが、その全ては簡単に受けられてしまう。そして父は連続して剣振るう俺の隙を見つけるや否や、片手に持つ木剣で水平に薙ぎ払ってくる。


 体を反りその一撃を回避する。重心が後ろに下がったためそのままバックステップで距離を空ける。しかし目の前にはすでに二撃目が振るわれていた。辛うじてそれを受け止めると、今度は俺が父からの猛攻を凌ぐ番だ。


 そもそも十歳の素の身体では大人の攻撃を受けるのは大変だ。その一撃を受けるたび両手から力が抜けていくように感じる。なんとか体勢を立て直し振るわれた剣を受け流す。


 まさか受け流されると思っていなかったのか少し驚いたような顔をする父。お互いに木剣は地面に向いたままだ。そして無防備な父の左半身に向け蹴りをお見舞いする。それは咄嗟に左腕で防がれてしまうが俺の狙いはこのあとだ。


 蹴り上げた反動でさらに体をひねり空中で体を一回転させ、唐竹割の要領でがら空きの脳天に木剣を振り下ろす。


 え? 手加減? そんな余裕はない。まあ死にはしないだろうし。


 だがその一撃が入る直前に空中に浮いた状態のがら空きの俺の身体に父からのハイキックが見事に入り地面に叩きつけられる。


「グっ、おえぇえ」


 強力な蹴りを喰らった俺はそのまま蹲る。くそっ、今日も一撃も当てられなかったか。しかし相変わらず絶妙な力加減での攻撃だ。意識と戦意をギリギリ失わないくらいの一撃だ。


「俺の剣を受け流すとはな。感心したぞ」


 ニヤリと笑う父。いや、めちゃめちゃ嬉しそうだな。相変わらずの山賊顔なのでかわいらしさの欠片もない笑顔だが。


「よし、次は身体強化してかかってこい」


 ふざけんなよ! こっちはまだ痛みも引いてねえよ! そんな俺の気持ちなんか酌まれることはなく、父の身体を淀みなく魔力が覆う。ちくしょう、むかつくが無駄のない身体強化だ。【邪神の魔力】解放時に邪気を抑えられるようになって俺も上達したと思っていたけどレベルが違うな。


「どうした? かかってこないならこちらからいくぞ」


 クソっ! どこのラスボスのセリフだよ! 瞬時に魔力を全身と木剣に巡らせ、四肢の力を使いゆっくりとこちらに歩いて来ていた父に剣を振るう。


 ガキンと金属同士が打ち合うような音が響き、木剣が交差した場所からはお互いの魔力が火花のように散る。


 そこからは剣だけでなく体術も含めた攻撃の応酬が始まる。こちらの攻撃は悉く受け止められるかいなされる。その隙に攻撃を受けてしまうが身体強化のおかげでなんとか耐えられるが俺の身体には打ち身による痣がどんどん増えていく。


「よし、ここまでだ」


 その父の一言でへたり込んでしまう。両肩を大きく揺らし息をする俺とは違い軽く汗を流しているだけの父。


「どうでしょうか」

「これは…驚いたもんじゃな。この年でまさかこれほどの打ち合いが出来るとは。流石にお前が太鼓判を押すのもわかるのう」

「え、えぇ。剣の技術もさることながら身体強化を使っての戦闘技術は騎士に匹敵するでしょう。無駄のない魔力の流れに、込められた魔力も一流の剣士並みかと…一度傷は治療しても?」

「あぁ、頼む」


 ロックさんの光魔法による治療を受け、全身の傷が癒えていく。魔法を受けながら父に渡された水袋から水を飲み、息を整える。体力までは戻らないのでまだ全身に疲労感が残ったままだが痛みは引いたので袖で汗を拭い、手合わせ後の礼をする。


「これはまた随分と楽しめそうじゃな、次はワシでいいな」


 え? そう言って身の丈ほどの木製の大剣を担いでこちらにやってくる。


 いやいやいやいや、四人いるんだから一回休み入ると思うじゃんか!


「連戦?」

「今までは俺としか手合わせしていないからな。折角ガニルムに来たんだ。この機会にいろんな戦い方を感じてみるのもいいだろう。安心しろ、ダンテ様もロックも実力は確かだ」


 あんたの気は確かか? 安心という言葉の定義について一度議論を交わさせていただきたい。


 俺のそんな気持ちも虚しく、辺境伯の後は騎士団長のロックさんと一対一の打ち合い。その後は対複数人を想定した立ち回りの稽古まで俺の休憩は一切なかった。いや、身にはなるけども!


 まぁ、体力の限界まで動いた後に見学した大人たちの稽古も勉強にはなったし、痛い、辛い、疲れるという事を除けば悪い時間ではなかった。


「よし、ではレイブンが滞在している間は毎日この時間に稽古じゃな。ガハハ」


 そうなりますよね。なんとなくわかっていたけど!


 という訳で朝稽古が続くこと滞在四日目。ダンテ様が俺の剣の腕をソルージアに話してしまったらしい。しかも。


「同い年とはいえ、ソルージアとは比べ物にならないほどの実力がある」


 なんて、焚き付けるようなことを言ってしまったらしい。ソルージアは俺と同じく剣術スキルを持っている。しかも、幼少から騎士に稽古をつけてもらっており本人としてはかなり自信があったようだ。


 スキルの話題でも俺に話を持っていかれ、自信のあった剣術も比べ物にならないと言われてしまった彼女は俺を見つけるや否や戦いを挑んできたのだ。


 へんきょうはくけれいじょうのソルージアがあらわれた。



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 ということで冒頭に戻るのだが、参ったな。いくら一方的に嫌われているといっても俺に女の子を虐める趣味はない。うん? 女盗賊? シラナイナ。


 という訳で本気を出す気は一切ない。ソルージアが小さい頃から騎士に剣を習っていたという話は聞いていたので戦いを挑まれたときに、もしやそれなりにいい勝負になるのではと思ったのだが彼女の身体強化を見てその考えはなくなった。


 向かい合う彼女が自慢げに「私だって身体強化くらいできるのですわ」とやって見せたのは俺から言わせてもらえば児戯に等しい。それなのに外野で見学している兵士からは、「流石お嬢様」とか称賛の声が聞こえているのが不思議だ。


 はぁあああああ、とかいって時間かかるし無駄に魔力を放出している。この程度じゃ短時間で魔力を消耗してしまう。尚、この話を聞いた辺境伯のダンテ様からはわざと負けるようなことはするんじゃないぞ、と釘をさされている。


 剣を構えるだけで身体強化をする気配のない俺にしびれを切らしたソルージア。


「いきますわよ!」


 問答無用で斬りかかって来た。挑んでくるのもいきなりだったが開始もいきなりかよ。


 仕方ないので瞬時に身体強化をして彼女の一撃を受け止める。


「くっ、身体強化の発動がちょっと早いからっていい気にならないことですわ!」


 一瞬目を見開き驚いたもののそのまま二撃目、三撃目を打ってくるが軌道も読みやすいし威力もない。正直隙だらけだ。


 仕方ないので彼女の一撃を受け流しそのまま木剣を搦めとるようにして上方に力を加える。


「きゃっ」


 思わず可愛らしい声とともに体勢を崩したソルージアの手から木剣は離れ、打ち上げられたそれを俺がキャッチする。そのまま倒れこんだ彼女の頭を軽く小突き一言。


「はい、終わり」


 手を抜いて負けることも辺境伯から止められているし、十歳の女の子をいたぶる趣味もない。うんうん、完璧な勝負のつけ方だな。


「……ませんわ」

「え?」

「私にこんな無様な格好をさせるなんて絶対許しませんわ」


 俺にだけ聞こえるような声量で目に涙を浮かべるソルージア。しまったー! ただでさえヘイトが高かったんだ。これでさらに嫌われたな。

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