それから半年

※グロテスクな表現があります。苦手な方はご注意ください。



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 どーも! 全世界から命を狙われている邪神です!


 いや、邪神じゃねーよ! 邪神の力を纏えて、魔物以外の生物を殺してもステータスアップできるけど。


 ……邪神じゃ…ないよね?


 邪神復活の報せ。あの日、邪気による影響で人々はそれを予感していたとはいえ、世界に衝撃を与えた。


 不意に訪れる邪気による体調不良、魔物の活性化、新たな魔物の発生。


 数十年前の邪神顕現の際に起こった被害だ。そのどれもが人々の安寧を脅かす。


 聖神教は神託により邪神復活の場所を特定した。


 絶海の孤島ラスファルト。周辺の海域も含め常に霧に覆われており、存在すらも伝説と化していた断崖絶壁の孤島だ。


 各国の調査団や邪神討伐に懸けられた報奨金目当ての冒険者がラスファルトを目指し旅立ったがその九割は消息不明となった。帰還できた者達でも実際に島にたどり着けたものはわずか三組。しかしいずれも上陸することはかなわなかった。


 帰還者たちの話では霧の海域から先、魔物はおろか生物が存在しなかった、と。島の存在を確認した三組からも少なくとも海上からは魔物の存在を確認することは出来なかったという報告。


 それに異を唱えたのは聖神教。邪神は復活すると魔物を生み出し、また周辺の魔物も邪神の元に集う、というのが定説だ。そのため帰還者たちは虚偽の報告をしているとして処分またはそれに近い罰を与えられたという。


 そして邪気の発生にもおかしな点確認された。日が経つにつれ発生の周期が長くなり、その規模も小さくなってきた。ついには最初の邪気から五か月後には邪気が発生しなくなった。邪神が力を蓄えているとする見解もある一方で、数十年前の封印の影響で邪神は弱まりつつあるのではないか、というのが現在主流の論調だ。


 邪神発生の報せから半年。世界は激動の中にあった。


 ざっくりこれが父経由で聞いた邪神関連のお話。各国や大きな組織、権力者は遠く離れた所とも情報交換できる魔道具を所持しているらしく、中世ヨーロッパに近い文明とはいえその情報伝達能力は優れている。SNSが発達した現代とは比べ物にならないが。


 この六か月、家族の目を盗み幾度となく孤島へ【影移動】で転移しては力の使い方を練習した。最近では【邪神の魔力】を開放しても邪気の影響をごくごく小さな範囲に留めることも可能になった。


 これが最近世界に邪気の影響がないことの真実だ。


 まあ、真実といえば邪神なんてものは復活していないんだが。だから魔物が新しく生み出されることもないし、魔物が邪神の元、ラスファルト島に集まることもない。いや俺は邪神じゃねーからな?


 世界が激動にさらされている中、俺は着々と力をつけた。


 魔力による身体強化と【邪神の魔力】による魔力の永久機関のコンボで劇的に行動範囲が広がった俺はこっそりと魔物を討伐したり、盗賊らしき不埒者を成敗したりと徐々にステータスアップをしていった。


 この世界で恐らく俺だけがもつ「生物」を殺害した時に得られるステータスアップ。【邪神の魔力】を開放している場合に限定されるが、盗賊を殺してもステータスアップになる。微々たるものだが千里の道も一歩からだ。


 魔物を討伐してもその素材を換金する術を俺は持たない。一応【裏倉庫】に収納はしているが、今のところ箪笥の肥やしならぬ裏倉庫の肥やし状態だ。


 それに比べて盗賊は現金をドロップする。殺したあと財布から失敬するだけなのだが。宝飾品や美術品などは【裏倉庫】に直行だが、俺は十歳としてはかなりの資産を所持しているといえる。将来の貯蓄、今後の活動資金をゲットするため、父からどこそこに盗賊が出たらしい、なんて話を聞いた日には血眼になって盗賊を探し駆除している。


 そんなここ数か月のことを馬車の外を流れる景色を見ながら思い出す。隣にはいびきをかきながら眠る父の姿。俺が今いるのは、父の寄り親であるガナン辺境伯が治める領都へ向かう馬車の中だ。上質な白い生地に銀糸の縁取りと装飾が煌びやかな軍服のような恰好の父。これは貴族の礼装のひとつ。まあ、首から上は相変わらず山賊のようないかつい風貌なのだが。


 賊といえば、初めて盗賊を討伐した日のことを思い出す。



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 ある日、領都から近隣の村を回ってくれている隊商が盗賊の被害にあったという報告が上がって来た。


 朝食時に父が読んでいた資料を盗み見て情報を得た俺は村を抜け出して、賊の行方を捜した。


 かなり凶悪な盗賊団らしく、問答無用で強襲。難を逃れた数名による通報でその被害が明らかになったらしい。殺人を犯した盗賊は領主判断にもよるが大概は死刑確定だ。鉱山を所持している領地なんかだと強制労働もあるけど。


 盗賊討伐イコール皆殺し。これ常識アルヨ。


 その頃には【邪神の魔力】の邪気を抑えて魔力のみを扱えるようになっていた俺は、魔力を広げて気配察知を広域に行い被害があった林道の近辺を捜索。この時点で使用した魔力はかなりのもので、同様のパワープレイが出来る人間はそうはいないだろう。


 扱えるようになってきたとは言っても【邪神の魔力】の開放時に発する可視化出来るほどの黒い魔力は健在だ。流石にこの状態は怪しすぎるので、漏れ出す魔力を自分の周囲に固定、さらに魔力で強化することでフルプレートメイルに似た状態にしてある。凝縮された魔力は金属のような強度を誇っている。


 凝縮した魔力で肥大した俺は成人男性ほどの大きさになってしまい動きにくいかと思っていたが、前世の記憶が活きたのか比較的、というかむしろ戦闘的な動きはこの状態の方がスムーズだった。というわけで現在の俺の見た目は黒い全身甲冑を身に纏った重戦士である。見合う盾や剣は無いので無手だが。これを黒騎士モードと名付けよう。中二病だって? うるせーよ。


 林道から外れた旧街道。そこからさらに外れた森の中に怪しげな集団の反応を見つけた。その付近まで移動し、闇魔法の【隠者】を使う。これは自身の気配を目立たなくし、視覚的にも周囲と同化する効果の魔法。【邪神の魔力】を開放中に魔法を使っても邪気が漏れ出ないのは確認済みだ。


 息を殺して木陰から様子を伺う。そこには傷だらけの馬車やテントがいくつもあり、広げられた商品だったとみられる食料品や衣服に武器防具などが乱雑にちらかっており、小汚い恰好の男達が焚火を囲っていた。テントの中やそれ以外にも気配察知に反応があるので、数十人規模の盗賊団のようだ。


「がははは、今回は大漁だったな。酒も食い物も当分は好きにできるぜ、こりゃあ。」

「ああ、あの規模の隊商がたったあれだけの護衛だなんて襲ってくれといってるようなもんだぜ」

「邪神討伐で名のある冒険者が招集されたおかげで田舎の行商人の護衛にまわれる冒険者が減ってるんだとさ。邪神様様だよな、ぎゃはは」

「金目のもんはそんなに無かったんだろ?」

「馬鹿、どーせ金になるもんは俺らにゃまわってこねーよ。今、幹部連中がお楽しみ中のテントの中のおこぼれにあずかれるくれぇだ。ったく」

「そーいやぁ、てめぇは最近入ったんだったな、そう言うな。お頭の野望とかなんとかの為に金目のもんはほとんどがお頭のもんだ。てめぇだってそれを承知で入ったんだろ? ところでどうして俺たちの仲間になったんだ?」

「うん? あぁ、冒険者やってたんだが、ちょっといい女がいてよ。男と一緒にパーティー組んでたんだが、ある時野営で一緒になってな。薬と魔道具で弱らせて男の前で犯した後、女の前で男をぶっ殺してやったんだ。いやぁ、あの時の顔は最高だったな。だがそいつがバレたせいで俺以外の仲間は殺されちまった。俺ももう娑婆には戻れねぇってことで仲間にいれさせてもらったって訳さ」

「ははっ、お前もなかなかやるじゃねぇか。だがお頭のエピソード聞いたらビビるぜ」

「お頭の?」

「ああ、あの人も昔はそれなりに有名な冒険者だったらしい…」


 その後はどんな悪事をしてきたかの自慢合戦が始まった。クズ確定だな。


 途中、邪神のおかげとかって言葉が聞こえた気もするけど、大丈夫。オレ、ジャシン、チガウ。


 【絶望の衣】の効果を試してみようかと思ったけど、隊商の人が何人か連れ去られているみたいなので諦めた。目の前のクズ共は酒も入ってすっかり油断しているみたいだ。


 初めての対人戦闘。


 相手はそれなりに実戦経験がある。


 対複数。


 ちょっと手強そうだけど神様からの加護もあるし、なんとかなるだろう。


 容赦する必要もないし。


 ふう、と一息。


 丁度クズトークを繰り広げていたうちの一人が小便をしにこちらに歩いてきた。


 用を足している男の後ろに近づき首を折ろうと男の頭に腕を回し力を込める。


 ぶちゃ。


 …。


 あれ?


 目の前には首からねじ切られて俺に抱えられている頭と、力が抜け俺に倒れ掛かってくる体。思ったより脆いのか、この邪神の鎧状態の俺の力が異常なのか。


 まあ、いい。これからまだまだ駆除しなきゃいけないクズがたくさんいるし、いろいろ試しますか。


 手に持っていたクズ其の一の頭を未だクズトークに花を咲かせているやつらの前に投げつける。


「うん? ぎゃーーーーー!!」


 突然持っていた器に投げ入れられた、つい先ほどまで話していた人の頭が降って来たそいつは大声で叫んだ。


 だが、その叫び声もすぐに消える。無防備な後頭部に蹴りを入れる。辺りに湿った音が響く。


 並んで座っていた二人分の頭が吹き飛び周囲にその残骸がまき散らされた。


「なんだてめぇは!!」

「敵襲だ!!」

「お頭ーーーーー!」


 ドドドっと襲い掛かってくる炎弾と氷弾に風の刃。何人か魔法スキル持ちがいたようだ。先ほどの男も冒険者崩れだったし、それなりの力量の持ち主が多いようだが黒騎士モードの俺には傷一つつけることはできない。


「耐久性は問題ないかな?」


 続いて剣や斧、鉈を手に襲い掛かってくる盗賊。これも敢えて受けるが傷はおろか衝撃も感じない。


「うん、問題なし。っと」


 力一杯振りかぶった攻撃にびくともしない俺を見て一瞬動きが固まる盗賊たち。


「駄目だよ、戦闘中に気を抜いたら」


 中央の男の鳩尾に強打を一発。その勢いで右の男へ回し蹴りを見舞う。鳩尾に大穴を開け骸となった男が落とした剣を空中でキャッチし左の男の首を跳ね飛ばす。蹴りをくらわせた男は首が変な方向に折れているが繋がっている。念のためその頭蓋に剣を突き立てておく。


「ひっ」


 魔法を放った奴らを一瞥すると、腰を抜かしてへたり込んでいた。


「い、命だけは…」


 頭蓋から剣を抜き、一振り。その刃についた血と脳漿をへたり込んでいる男達にかける。


「お前たちは、今までそうやって命乞いしてきた者をどうしてきたんだ?」


 うっひょー。これ言ってみたかったんだよな! こいつらの悪事なんてよく知らんけど。


「う、あ」


 どうやら心当たりがあるのか目を泳がせている。クズが相手だと遠慮しなくていいのが最高だぜ。


 もう少し抵抗してもらっていろんな魔法を見てみたかったけど戦意喪失してるみたいだ。容赦なくとどめを差し、残りの盗賊を片付けていく。


 すると仮眠をとっていたのか馬車の荷台から武器を持って出てくる盗賊たち。お楽しみ中だった幹部連中と言われていた奴らもテントから出てくる。全員男かと思っていたが女盗賊もいた。その女盗賊が口を開く。


「てめぇ、何モンだ? ただじゃおかねぇぞ、ぶっ殺してやる! おい、てめぇらビビってんじゃねぇ。たった一人だ。囲んでやっちまいな!!」


 金切声で叫ぶ女盗賊。その声をきっかけに前後左右から襲い掛かってくる盗賊。今度は全ての攻撃を避けて剣で切りつけていく。前世での護身術、今世での父からの稽古の賜物だ。


 一歩。


 その間に倒れ伏せる盗賊たち。


「う、うわーーーー!」


 その光景に恐れをなしたのか逃げようとする男が一人。振り返り森に逃げようとしたところ。


「がひゃ」


 という声とともに脳天にナイフが突き刺さり崩れ落ちた。


「ちっ、腑抜けが!」


 女盗賊の周りには魔力を帯びた十数本のナイフが宙に浮かび、その刃をこちらに向けている。


「へぇ、スキルか?」

「ふんっ、今から死ぬお前に教えてもしかたないだろう、いくよ! あんた達!」

「「おう」」


 俺の質問に答えることなく、女盗賊がその手を振るうと宙に浮いたナイフが俺目掛けて降り注ぐ。避けきれないと思った俺は手をクロスし防御の姿勢をとる。


 ガキンとまるで金属同士がぶつかったような甲高い音。ナイフは火花とともに鎧に傷をつけ、俺自身にも相応の衝撃を与える。


「げっ」


 まさか傷がつくとは思っておらずその衝撃に驚き、つい声を上げてしまう。俺が避けたナイフが刺さった背後の大木は大きく抉れバキバキと音を立てて倒れてしまった。


「おらおらおらぁっ」


 ガタイの良いスキンヘッドの男が繰り出す殴打のラッシュ。ナイフの衝撃に気を取られていた俺はそれをもろにくらい体勢を崩す。そこを狙ったかのように眼帯を付けた隻眼の大男が振りかぶった大斧の衝撃が俺を襲う。


 幸いにも殴打と大斧では鎧に傷をつけることは無かったが、その衝撃はなかなかのものだ。


「やっべ、油断した」


 そうだよな、命を取られない父との稽古ではないんだ。モブ盗賊たちが雑魚過ぎたのでどこか気楽に考えていた。


 まぁ、加護があるから死ぬこともないだろうけど。


 幹部の攻撃で勢いづいたモブ盗賊たちが武器を振りかざして襲い掛かってきたが、もう油断はしない。その攻撃を避け、剣で薙ぎ払っていく。


「ほらほらほら!」


 女盗賊が叫ぶと盗賊たちの隙間を縫ってナイフが飛んでくる。わざわざ声に出すとか馬鹿じゃないか? そう思いながらも気配察知の魔法の流用でナイフの起動を予測。剣で打ち落とす。


 魔力を帯びたナイフと刃を合わせるとパキン、と音を立てて持っていた剣が中ほどから折れてしまった。ちゃんと手入れもされていない安物の剣だったがまさか折れるとは。


「うっそ、まじかよ!」


 折れた剣を向かってくるスキンヘッドの盗賊に投げつける。頭を狙ったそれはガードした両手の手甲で防がれるかと思ったが、こちらの投げる速さが勝ち眉間に深々と刺さった。


「ハグルス!」

「よくも兄貴を!!」


 激昂した大男が斧で振りかぶり、それと同時にナイフが俺を目掛けてやってくる。


 鎧状に展開している魔力をさらに練りこむ。邪気が漏れると聖神教さんに居場所を特定されてしまうらしいので邪気が漏れ出ないように気を付けながら。


「おらぁ」


 大斧の刃を片手で受ける。そのまま握りつぶすと斧の刃は砕け散った。すかさず大男の身体をナイフの進路に投げつける。


「ぎゃあっ」


 大男はいくつものナイフに貫かれて絶命した。残りのナイフに向かい練りこんだ魔力を使い魔法を放つ。


「【暗黒星雲(ダークネビュラ)】」


 唱えると同時に瞬時に俺の周りに現れた無数の黒い魔力の塊。打ち出されたそれはナイフを破壊、女盗賊や残りのモブ盗賊を襲った。


「「ぎゃああああ」」


 【暗黒星雲(ダークネビュラ)】は精神干渉や空間干渉など特殊な魔法が多い闇魔法の中でも数少ない攻撃用魔法だ。闇魔法スキルが高くないと使えないこの魔法。それだけに威力はなかなかのものだ。


「よっし、とりあえず完了かな」


 さて、捕まっている隊商の人をどうするか。何人かはテントからこちらの様子を伺っている。助けるのはもちろんだけど、自分の身を明かすことは出来ないしなぁ。とりあえずこちらのことを詮索しないように念を押して近くの村まで送るか。


 そう考えていた時だった。


「げっ」


 こちらに向かってくる一団を感知した。戦いに夢中だったから全然気が付かなかった。かなり近くまで来ているな。


「って、うん?」


 その中の一つの気配が非常によく知っているものだと気が付く。どうやら父のようだ。俺みたいに変態じみた索敵が出来るはずもないし、よくここに盗賊団がいるってわかったな。


 まっすぐこちらに向かっているようなので攫われた人や死体の後処理は丸投げしてしまおう。そうしよう。うん。かわいい息子のやったことの後始末はお願いします、パパ。


 面倒は回避できそうなので、唯一まだ息のある女盗賊の髪を掴み上げる。


「うぅ」


 両手足は魔法で打ち抜き、力が入らないようにしているので反撃はないだろう。


「間もなく兵の一団がここへ来る! あとはその者達に頼るといい!!」


 声を張ってテントの中にいる人々へ伝えてあげる俺氏。うん、やさしさに溢れているな。


 それじゃ、俺はお暇させていただきますよ。


 【隠者】で気配を消した俺は虫の息の女盗賊を連れて森のさらに奥、先ほどの場所には声も届かないところまで移動した。


「さてと」


 既に気を失っている女盗賊。流石に出血がヤバそうだったので光魔法の【治癒】で止血だけしている。光魔法のスキルレベルがマックスの俺が本気を出せば四肢欠損だって元通りに出来るが、あえて回復量を抑えているが。


 手ごろな木を背に座らせ、胸ぐらをつかんでビンタをして目を覚まさせる。力を入れすぎると頭ごと吹き飛ばしてしまうので慎重に、且つ大胆に。


 ビシ、バシ、ビシ、バシと静かな森に響くビンタ音。


「うぅ、てめぇ」


 戦闘中の傷なのか、今のビンタの傷なのか口から出血しながら俺を睨みつける女盗賊。え? 女相手にそこまでやるのは酷いって? クズはクズ。女だろうと男だろうと慈悲はない。


「お前たちのねぐらはどこだ」

「はっ、死んでもてめぇなんかに教えるかよ」


 そう、こいつを連れてきたのは盗賊が貯めこんでいる財宝をいただくため。モブ盗賊たちの話だと、どこかにまとめているみたいだしな。


 素直に吐いてくれれば苦痛を味あわせる必要もなかったんだけど。


 とりあえず手始めに闇魔法の【精神操作】を試してみる。俺の手から発せられた黒い靄が女盗賊の頭を覆う。


「お前たちのねぐらはどこだ」

「く、クソが」


 うーん、この魔法初めて使ってみたけど成功率とかあるのかな。上手くいかないみたいだ。使い方によっちゃ情報を得るのに重宝しそうな魔法なだけに要検証だな。


 とりあえず左足を踏み抜く。ぐちゃっと。


「ぎゃあああああああああ!」

「お前たちのねぐらはどこだ」


 涙を浮かべながらもこちらを睨みつけるだけ。反応がない。どうやら話す気がないようだ。


 ぐちゃ。今度は右足。


「いゃあああああああああ!」

「お前たちのねぐらはどこだ」


 反応がない。どうやら話す気がないようだ。


 …。


 右腕と左腕も同様に潰したのに反応がない。じゃあ次。眼球でもいっとく?


「きゃああああああああああああああ!」


 それから幾度となく森に響く悲鳴。


 うーん、壊すところなくなってきたな。仕方ない。


「【治癒】」

「うぅ、え?」


 フルパワーで放つ【治癒】。女盗賊の身体が眩く光り、逆再生のように元に戻っていく。一般的なの回復魔法ですぐに治る傷はたかがしれている。重症を治すにはかなり高度な魔法スキルが要求されるため、普通ではあり得ない現象だ。彼女は自分の身に起きた現象に驚いている。


「さぁ、何度でもやり直そうか」


 ぐちゃ。


「ひ、ひ」

「お前たちのねぐらはどこだ」

「ぎゃあああああああああ!」


 再び森に響く悲鳴。


 …。


「ふう、随分と強情だったな」


 途中からマンネリ化を防ぐため魔法の実験もしつつだったのだが、再び使った【精神操作】が掛かるとすんなりと白状してくれた。やっぱ確率なのかな?


 嘘だったら困るのでまだ生きている女盗賊を運びながら移動する。


 森を抜け山間にある長閑な農村にやって来た。この辺はもう辺境伯領じゃあないな。同じ国ではあるが、お隣の貴族の領地のはずだ。


 人目を避け農村のはずれにあるボロ小屋へ。小屋の中は人の出入りがあるからだろうか、あまり汚れてはいない。


 小屋の中を進み、奥にある炊事場の壁の凹みに女盗賊が持っていた指輪型の魔道具を嵌める。ブン、という静かな音がすると床に下り階段が出てきた。


「おぉ、かっけぇな」


 秘密の通路だ! 異世界してるなー。


 通路の先には人の気配はないが、一応罠を警戒しつつ階段を進む。壁に埋め込まれた魔道具が淡い光を放っているので視界には困らない。


 階段を下りた先、行き止まりにあった扉を開けると山のように積まれた金貨に宝飾品、そして何冊かの本が乱雑に置いてあった。


「こいつはすげぇや」


 と小物感満載な感想を口にしつつ、【裏倉庫】に詰め込んでいく。闇魔法スキルで使えるこの【裏倉庫】、かなりの容量が入るので、この量の財宝でも問題なく収納できる。本の中身は気になるが、そろそろ日が暮れてしまう。いかん、そろそろ門限の時間だ。


 超特急で帰宅しないと怒られてしまうので手早く全てを収納する。


 あっという間にもぬけの殻となった地下室。


「じゃ、これはいただいていくぜ」


 盗賊が貯めこんだお宝をいただいた俺は身体強化マシマシで家路に急ぐのであった。


 ああ、あの女盗賊はちゃんと燃やしておいたよ。死体を放置しておくとゾンビや死霊系の魔物の発生につながるらしいからね。



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