誰かの日記

 レックルスの港を発ってから早五日。霧の大海に入ってからは釣りをしても魚がかからなくなった。魔物が出てこないのはいいことだが今後の食料調達が不安だ。やはりあの噂は本当だったのだろうか。


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 海に出て七日。ようやく島らしきものに着いた。だが今のところ崖しかない。どうやって島に入ろう。


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 しばらく崖沿いに進んでみたものの一向に途切れる様子がない。打ち寄せる波のせいで何度も崖にぶつかった船はもう限界だ。


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 船が沈んだ。なんとか崖をよじ登ってきたが霧が晴れる様子もない。生物の気配もない。残る食糧はわずか。


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 この島はおかしい。どれだけ歩いても生物の痕跡が見当たらない。虫すらいない。それなのに木々は生い茂っている。途中、食べられそうな果物や木の実を見つけたため食料はなんとかなりそうだ。


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 大気中の魔力が濃いせいだろうか。どうにも体の調子がおかしい。魔法スキルを持たない私にはこの環境は向いていないようだ。


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 ついに見つけた。この石碑に書かれていることが事実なら私の学説が立証される。


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 これで日記は途切れていた。


 白骨死体とその荷物を見つけた俺は死体に手を合わせ、死者を弔った。身につけている衣服はボロボロでその持ち主を判明するような物は無かった。


 リュックの中身はいくつかの魔道具と筆記用具にメモ帳、野営に必要な道具などだったがそのほとんどはボロボロで再利用は無理だろう。魔道具はまだ使えそうだったので頂戴することにした。そしてメモ帳の中を確認すると日記のようなものだった。


 日記に出てきた地名は二つ。「レックルスの港」と「霧の大海」。霧の大海は聞いたことがないが、レックルスという地名は心当たりがある。


 俺の住んでいる国、イリュシュ王国があるのはジルバンドという大陸だ。この大陸とは別のバートリア大陸にその大陸全土を治めるバートリア帝国という国がある。バートリア帝国は数百年にわたる戦争の結果バートリア大陸の全ての国を統一した国家だ。その統一の歴史の中にレックルスという小国が出てきたはずだ。


 一応お貴族様な俺は他の大陸の歴史も学んでいる。知は力なり。


 つまりここは俺が住んでいる大陸から遠く離れた場所のようだ。よっし! これで【邪神の魔力】を使っても俺という存在に行きつくこともないだろう。それにここは人が容易に近づくことが出来ないような場所だ。存分にスキルや魔法の検証が行える。


 この白骨さんの学説がなんなのか、この石碑に書かれていることがなんなのかは気にならないわけではない。だが現在の俺にはそれを調べる術もない。


 まあ、成人して引き籠ったときにでも改めて調べることにしよう。


 石碑の空間を後にした俺は洞窟から離れ森に戻り、木々の間に出来た手ごろなスペースを見つけた。これから試すスキルがどんな影響するかわからないからな。


「ふぅ」


 深呼吸して【邪神の魔力】を発動させる。体の内側から溢れ出る魔力。


「おぉ、すげえな、これは」


 思わず声がでてしまう。


 俺からあふれ出す魔力はやがて黒く染まり体を包み込む。視界に入る自身の身体は黒い魔力で覆われてしまった。


 やがて魔力の影響か、周囲の大気は歪み、辺りを覆っていた霧は吹き飛ぶ。


 木々は揺れ、足元はその圧力に耐えかね陥没しひび割れる。


 青々と茂っていた草木は紫色に変色し、禍々しいものになっている。


 …。


 まだ突っ込まないぞ、俺は。


「そうだ魔力を無限に消費できるって説明にあったな」


 試しに生活魔法の【火種】を使ってみる。ここ数日でも何回も試した魔法だ。通常は指先に小さな火を灯すだけの魔法。


 しかし俺の指先に現れたのは手のひら大の黒い炎の塊。不思議と熱は感じない。


 …消すか? いや、一応威力を試してみるか。見た目だけ禍々しくなっているだけで効果は変わっていないパターンもあるしな。


 えいっ、と前方に投げつける。軽くキャッチボールをするくらいの力加減。手首に軽くスナップを効かせただけなのにも関わらず、黒い炎はプロ野球のピッチャーが投げ放ったようなスピードで前方の木に衝突。爆音とともに禍々しく変化していた木を木っ端みじんにした。


 普通あの爆風を間近に受けた人間は吹き飛び大けがをするだろう。しかし纏った黒い魔力のおかげか、俺には一切のダメージはない。


 …。


 ステータスを確認。魔力は一切減っていない。むしろ【影移動】で使用した分も回復している。暴走までの残り時間を確認するため【邪神の魔力】の説明を表示させた。



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邪神の魔力

・開放時に邪神の力を纏う。魔力を無限に使用可能。

・開放中、世界に邪神の存在を示す。

・生物を殺害した時にステータスアップ。

・一定期間開放しないと暴走し、その身を邪神の魔力に滅ぼされる。(残り666時間)

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 一度開放すれば約二十八日の猶予ができるらしい。


 それを確認した俺はスキルを解除し、【影移動】を使い自分の影から秘密基地へ移動した。


 …。


 ……。


 おいーーーーーーー!


 なんなんだよ、あの状態は。自分でもわかる。普通の魔力とは違うなにか異質な魔力だったぞ!


 それになんで生活魔法の【火種】が爆弾みたいな威力になっちゃってるんだよ!


 あれか? 「今のは【ファイヤーボール】ではない、ただの【火種】だ」ってやつか? どこの大魔王だよ!!


 開放した後の周囲の変化もなんだ、あれ! どれもこれも毒々しい色に変わってたぞ! 魔界か!?


 そこでハッと自分の身につけている革の鎧と衣服の変化に気が付く。


 革の鎧はオークの革を加工して作られた茶色のものだったのだが、色は黒く染まり魔力も帯びている。


 衣服も紫色に染まり、皮鎧と同様に魔力を帯びてしまっている。


 十四歳で罹る病を引きずっている方々が好きそうな恰好ではあるな。ウワーカッコイイデスネ…。


 なんだかもう、どうでもよくなってきたな。とりあえず【裏倉庫】から屋敷から出る時に来ていた服に着替える。よかった、これは変わっていない。


 どこか禍々しく変化してしまった服と鎧を【裏倉庫】にぶち込み、家に帰ることにした。


 秘密基地を出るとまだ日が高い。


 もう少し色々試そうかと思っていたんだけどな。どっと疲れたよ。

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