初めての転移

 その日は姉の他、メイド長のヘンリエッタ、執事のサブルス、護衛騎士のカッツから祝福を受けた。また村人たちもひっきりなしに家へ訪れ、お祝いの品として農作物や動物の肉などを持ってきてくれた。


 父の影響もあり剣術スキルを得たことを口々に皆が祝ってくれるのだが、意外にも生活魔法スキルも羨ましがられた。


 生活魔法とは光源を生み出したり、火種を起こしたり、少量の飲み水を出したり出来る魔法だ。レベルが上がれば洗濯や乾燥、片付けの時に便利なサイコキネシスの真似事も出来るようになる。しかしいずれの魔法も攻撃力は皆無だ。


 起こせる火種は小さなもので、火魔法には遠く及ばない。それ以外の魔法もそうだ。

強さを求める俺には全くの無用なものだと思っていたが、世間ではかなり評価が高い。


 そもそも生活魔法といえども魔法スキルだ。誰でも得られるものではない。そしてこの魔法が使えれば仕事に困らないというのだ。


 野営の多い兵士や冒険者、行商人、使用人、生活魔法スキルを必要としている職場は多くある。


 そして何よりも重要なのは俺が「田舎貴族の三男」ということだ。


 家督を継ぐこともなく、いずれは家を出ることになる。貴族の子で剣術スキル持ちなら履いて捨てるほどいるが、それに生活魔法が加わると上級貴族の側使いや王城勤務なんてことも視野に入ってくる。


 祝いに来た皆は口々に「これで将来も安泰ですね」などと口上を述べていた。


 そんなつもりは全くないけどな。


 王族や上級貴族相手なんて面倒極まりないし、何かの手違いで政争に巻き込まれるかもしれない。毒なんて盛られた日にゃたまったもんじゃない。効果二倍だぜ?


 そんなこんなで近隣の村人のお祝い対応で数日間は屋敷から出ることは無かった。


 新しく受けることになった母から魔力の使い方のレクチャー。機嫌を損ねないようにと母に教えを乞うことにしたものだが、俺が隠れてやっていた魔力操作訓練では補えていなかった実戦に通用する技術や、魔法全般に関しての知識は非常に興味深いものがあった。


 例えば俺が隠匿の魔法を使ったときに母がすっ飛んできた件。


 熟練した魔力の使い手は魔力の微細な変化を感じ取ることが出来るそうだ。そして母は結婚前、宮廷魔導士として王家に仕えていたらしい。魔導士とは聞いていたがまさか宮廷魔導士とは。つまり魔力の扱いに関してはスペシャリストである。母曰く、屋敷周辺の魔法の発動は感じ取れるらしい。


 恐ろしや。


 幸いなのが魔力の揺らぎは感じ取ることが出来るが、どんな魔法かまではわからないらしい。ということで光魔法や闇魔法を使っても魔力消費が少ない魔法は誤魔化せそうで安心した。邪道魔法? お前は別だ。絶望の衣なんて試せるわけねーだろ。


 さて、ここ数日は近隣の村からの挨拶対応もあり屋敷に閉じ込められていた俺だがようやくそれも一段落。昼食を済ませた俺は秘密基地にやって来た。


 闇魔法の一つ、【裏倉庫】を発動し目の前に現れた黒い歪から厚手の衣服と子供用に調節された革の鎧を取り出し身につける。我が家が懇意にしている行商人からの贈り物だ。


 これから【影移動】という闇魔法を試すつもりだ。その効果は指定した影と影を自由に行き来できるというもの。限定的な空間転移である。効果が効果だけに使用する魔力が多そうで屋敷では試すことが出来なかった。だがここには隠蔽の魔道具がある。屋敷からも離れているしバレることもないだろう。


 この魔法、説明文に気になるところがあったので早めに試したかったんだ。



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影移動

・座標に指定した影と影を自由に行き来可能。

・影の座標は最大5つまで登録できる。生物、無生物のどちらでも可能。

・六つ以上登録した場合、古いものから上書きされる。

・座標指定がされていない状態で使用した場合、世界のどこかの影に移動。

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 よくある、「ふはははは、この勝負はひとまず預けておこう、命拾いしたな勇者よ!」とか言って悪者が退散するやつ、あれが出来る魔法だ。まあ、そんな用途で使う気はさらさらないけどな。


 そして俺が注目しているのは「座標指定がされていない状態で使用した場合、世界のどこかの影に移動」という一文。この世界のどこかへぶっ飛べるということだ。


 これは相当リスクが高い。飛ばされた先がマグマ湧き出る溶岩地帯や氷に覆われた極寒の地、高貴なお方の浴場など、どんな場所に移動するかわからない。


 だが上手くいけば人里離れた場所に移動できるかもしれない。


 え? なんで人里離れた場所に移動したいかって?


 それは俺のユニークスキルの【邪神の魔力】に関係する。ステータス上での説明文は「開放時に邪神の力を纏う。魔力を無限に使用可能」となっていて、魔力を無限に使用できるなんてメリットしかないように思えた。


 しかし、そうは問屋が卸さないとばかりに詳細な説明を見ると、とんでもないスキルだったのだ。



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邪神の魔力

・開放時に邪神の力を纏う。魔力を無限に使用可能。

・開放中、世界に邪神の存在を示す。

・生物を殺害した時にステータスアップ。

・一定期間開放しないと暴走し、その身を邪神の魔力に滅ぼされる。(残り160時間)

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 つまり、だ。


 スキルを使用すると邪神認定されて、しかも世界中に存在がバレる、と。そして定期的に使用しないと死んじゃうよーってこと。


 だから何としてもこの村から遠く離れたところに行きたいんだ。だってこの場でスキルを使用すると世界中に「ここに邪神がいますよ」と発信するということ。その先に明るい未来があるはずがない。


 尚、「生物」を殺害した時にステータスアップという点はあえて触れないでおこう。いずれは検証する予定だ。


 秘密基地の中、魔道具の灯りに照らされた椅子替わりにしている丸太の影を【影移動】の座標に指定する。その影に乗り魔法を発動。魔力がごっそり影に吸い取られると体がずぶりと影に沈む。


「うわっ」


 その感触に思わず声がでる。全身がすっぽりと影の中に入ると、そこはまるで宇宙のような場所。真っ暗ではなく遠くに光る無数の明りがある。これが影の中?


 頭上にあった入口が閉じ、目の前に黒く歪んだ亀裂が出来る。いちいち禍々しいエフェクトだな。


 恐る恐る手を触れようとすると、霧深い森の景色が頭の中に広がる。転移先の映像だろうか? そう思っているとその亀裂は広がっていき俺を飲み込む。


 思わず目をつぶった俺。次の瞬間には先ほど頭の中に広がった映像と同じ、霧深い見慣れぬ森の中にいた。


 ステータスを見てみると魔力が500も減っている。魔力の三分の一近く消費したことになる。


「流石に多用はできないか」


 そりゃそうか、一種のテレポーテーションだ。これが距離に応じて消費魔力が変わるのかどうか等、今後も検証は必要だな。


 さて、ここは一体どこなんだろう。っと、まずは自分の影を影移動用に登録しておく。先ほどの移動で出口となった木は自動で座標に登録されたみたいだ。秘密基地、出口となった木、自分。これで三つが埋まったが、何かあったときに自分の影から移動できるというのはかなりのアドバンテージとなる。


 辺りを見回しても数メートル先は霧で全くと言っていいほど視界は遮られている。


 周りに生き物の気配はなさそうだが、念のため魔力を薄く広げ周囲を警戒する。これは母から聞いた技術の一つ。俺ではまだ十メートルほどしか感知範囲は無いが何もしないよりマシだろう。


 どこに飛ばされるかわからない魔法を使ったこと、どんな生物がいるかわからない場所にいるのにも関わらず俺が冷静でいられるのには理由がある。


 それは【死と再生の神による加護】の効果、「成人するまで運に限定補正。ただし生死に関する場合のみに限定される」があるからだ。【邪神の恨み】で魔物に襲われやすいとはいえ成人前の俺なら多少の無茶でもなんとかなるはずである。


 …大丈夫だよな。


 森をしばらくさまよった俺の目前には切り立った岸壁が広がっていた。岩壁に沿って歩いているとぽっかりと空いた穴が開いている。自然に作られたものというよりかは人の手で掘られたような均整さがある。


「【ライト】」


 生活魔法の明りの魔法で洞窟内を照らしてみても光は暗闇に吸い込まれるだけ。魔力を放って気配を探ってみても特に何も感じ取れない。


「とりあえず進んでみるか」


 誰がいるわけでもないのだがそう口にして、洞窟の中に進んでみる。辺りに響くのは自分の足音と、どこからか漏れている水滴がポチャリと落ちる音だけ。


 思わず【ライト】の魔法に照らされた自分の影を確認する。何かあったら【影移動】ですぐに逃げよう。臆病風に吹かれながらもさらに奥を目指す。


「あれ?」


 しばらく進んでいると広い空間に出た。半球上に綺麗にくりぬかれたその空間の中心には何か文字のようなものがびっしりと掘られた2メートルほどの高さの石碑が置かれている。先に進む道もなくここが終着点のようだ。


「なんだ、これ?」


 石碑に刻まれた文字は俺がこの世界に来てから覚えた文字ではない。かといって日本語や英語でもない。強いて言えばアラビア語っぽい気もするがよくわからん。


 こんなとき、【言語】スキルが仕事をしてくれないかとも思うのだが、このスキルは言語の習得に補正が掛かるだけで、解読不明な文字を翻訳まではしてくれないようだ。


 裏面にも何か掘られているのだろうか。裏をのぞき込もうとした時だった。


「うわっ!」


 そこには白骨化した人らしき物と古びたリュックがあった。

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