たらこコズミコ

 ご飯を食べる時は部屋を明るくした方がおいしく感じる。僕のこのセオリーは君とは相性が悪い。

 お湯を沸かす間に小さな引き出しを引っかき回して目当てのものを探す。おちょこのようなサイズのキャンドル。マッチは台所にあったはずだ。

 LEDの光が照らす狭い部屋。君はまだ押入れから出てこない。鍋の中にスパゲッティを二束入れる。ソースはどうしようか、レトルトでもいいだろうか。自信のない手料理を振舞う勇気はない。幸運にも混ぜるタイプのたらこソースを見つけて、よしよしとうなずいた。今のうちにフォークを並べておこう。君はスプーンも使う派だろうか? そもそもどうやって食べるか分かるだろうか?

 タイマーが五分経ったことを知らせる。味の良い早ゆでの優秀なスパゲッティ。トングでつかんで皿に移し、上からソースとトッピングの刻み海苔をかける。キャンドルに火を灯し、最後に天井の灯りを消した。

「おいで」

 押入れの扉が小さく軋んだ。部屋の中にはキャンドルの光だけがあって、おちおち歩けるような状態じゃない。それでも迷いのない足音がゆっくりと食卓に近づいてきた。

 座るよう呼びかけると、椅子の引かれる音がした。皿、キャンドル、皿、のそのまた向こうに、君のぼんやりとした姿――お腹のあたりが浮かんでいる。

「いただきます」

 僕はフォークを取ってソースと麺を混ぜ、一口。それを見て君も同じような動きをする。やっぱり分からなかったみたいだ。口に合うだろうかなんて、今さらな疑問が生まれる。僕はちらちらと君に視線を送りながら食べている。君も黙って手、と思われるものを動かしている。順調に食べ進めているようだから、問題ないと思っておこう。

「おいしい?」

 おそるおそる聞いてみる。果たして返事はない。君の声はまだ一度も聞いていない。君は恥ずかしがり屋だからしょうがない。

 やがて僕と君はフォークを置いた。君はおずおずと手を伸ばしてきた。お礼なのだろうか。僕はそれに応えた。君の手の先は少し冷たくてすべすべしていた。

 君はベランダの方へ向かい、開け放たれた窓から出ていった。君の背中に浮かび上がる小さな光がぐんぐんとのぼって消えたのを見届けてから、僕は灯りをつけ、キャンドルを消した。

 宇宙人もお腹が鳴ること、たらこスパゲッティを食べられること、そして食べ方がきれいなこと。いろいろな発見を反芻しながら、僕は食器を洗って、拭いて、片付ける。初めての地球探検、楽しんで。君のいた痕跡はもう何もない。




webサイト「即興小説トレーニング」に投稿(2018.10.3)

お題「ちっちゃな光」

必須要素「パスタ」

※旧題「君とごはん」

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