第3話

 黒い鉄の扉に『管理室』と書いてあった。ホゲが呼び鈴を鳴らす。しかし、反応が無い。再び鳴らすと、呼び鈴のスピーカーから気怠そうな声が聞こえた。

「何の用だ? しょうもない理由で呼び出したんなら、殺すぞ」

「あ、あの、ホゲです。実は、少し前まで調査団に所属していた者を見つけまして、何かのお役にたてればと思い、連れてきました」

「……調査団ねぇ。何て名前の調査団だ?」

 ホゲに促され、マサムネが答える。

「スモパ調査団です」

 呼び鈴の向こう側でざわついているのがわかった。ホゲが意外そうな顔で、マサムネを見る。

「有名な調査団なのか?」

「どうなんですかね?」とマサムネは首をひねる。それほど有名な調査団ではなかったので、マサムネも意外だった。

 再びスピーカーから声がする。

「……本当にスモパ調査団なのか?」

「はい。本当です」

「とりあえず、話は聞いてやる」

 扉が自動で左右に開き、管理室に入ることを許された。

 マサムネは管理室に入り、眉をひそめる。タバコ臭い場所だった。足元に酒の瓶が転がっていて、お世辞にもきれいとは言えない。管理室の住人に目を向けると、額に小さな二本の角が生えている者たちが、鋭い目つきでマサムネを見返した。怪族の男たちだ。その場には5人いて、部屋の壁に設置された複数のモニターには目もくれず、カードゲームに興じていた。

「で、どっちがスモパ調査団に入っていたんだ?」

「俺です。一週間前まで入っていました」

「ふぅん。お前がねぇ」

 男たちはにやついた顔でマサムネを眺めた。信じていない様子である。

「お前が、スモパ調査団に入っていた証拠はあるのか?」

「証拠になるかはわかりませんが――」

 マサムネは一枚のカードを取り出す。スモパ調査団のエンブレムが印刷されたカードキーだ。返すのを忘れて、持ったままだった。カードキーを渡すと、男たちは興味深そうにカードを観察し、話し合う。

「どう思う?」

「本物のような気はするが……」

「あれを使えばいいんじゃないか」

「そうだな」

 男の一人が小型の機械を持ってきて、カードキーをかざす。電子音が鳴って、男たちは画面に表示されたデータを確認し、うなる。

「本物みたいだ」

「ということは、こいつの言っていることは本当だな」

 男たちはマサムネに視線を戻す。先ほどよりも、信用しているようには見えた。

「これが本物であることはわかった。それで? お前はどうしたいんだ?」

「どうしたい? え、あ、そうですね。情報とか買っていただけたらなと思いまして」

「なぜ、俺たちがお前から情報を買わなきゃいけないんだ?」

「調査団狩りをしているとお聞きしたので」

「確かに、調査団狩りはしている。が、スモパ調査団はなぁ」

 マサムネは戸惑った。もっと喰いつくかと思ったが、彼らの反応が微妙だからだ。

(……あぁ、あれのせいか)

 彼らの反応を見ていて、微妙な理由がわかった。

「もしかして、黒ひげの件ですか?」

 男たちの眉が動く。口では肯定しないものの、表情で察することができた。

「黒ひげの件って何だ?」とホゲだけが事情を飲み込めていなかった。

「数か月前に、スモパ調査団は黒ひげの幹部の襲撃を受けたんですが、追い返すことに成功したんです」

「く、黒ひげって、あの黒ひげか?」

「ええ、宇宙四大ギャングの黒ひげですね」

「そ、それは本当なのか?」

「本当です」

 状況を理解したホゲが息を呑む。

「そんなやつらを襲うのは、逆に危ないんじゃ」

「大丈夫だと思いますよ。その追い返した人が、最近辞めたんで」

「何? 本当か?」と男たちが反応する。「そんな話、聞いたことが無いぞ」

「まぁ、最近の話なので。ちなみに、誰が追い返したって聞いていますか?」

「鉄腕のなんちゃらと聞いている」

「……なるほど」

「そうとう強いんだろ?」

「まぁ、弱くは無いですね。でも、追い返したのは、その人じゃないんですよ」

「誰だ?」

 マサムネは返答に困った。本当のことを言うと、笑いが起きるからだ。しかし、いくばくかの期待をもって、口を開く。

「俺、ですかね」

 一瞬の静寂。

 そして、笑いが起きた。

(まぁ、そうなるよな)

 予想通りの反応に、マサムネはため息がもれそうになる。

「お前は冗談を言えるんだな」

 男たちの小馬鹿にするような表情を見て、マサムネは悟る。彼らには、何を言っても無駄だ。だから、余計なことは言わないことにした。

「……まぁ、一つ確かなのは、黒ひげの幹部を追い返したのは鉄腕のなんちゃらではないということです。彼は、思っているほど強くないので、そこまで警戒する必要は無いです」

「兄貴、どう思いますか?」

 男たちの視線が一人の男に集まる。右目に傷のある、ダンディな顔つきだった。

「そうだな」と男は顎を撫でる。「俺たちには、そいつが言っていることの正しさを判断する材料がないから、そいつの話を信じることはできない。それに、そもそも、そいつの言っていることが正しいとして、俺たちがスモパ調査団に対して、調査団狩りを行う理由はあるのか?」

「あると思いますよ。彼らは『スペースダイヤモンド』を持っているので。黒ひげに襲われた理由もそれですし」

 スペースダイヤモンドは、宇宙中の大富豪が欲する希少な宝石だ。調査中にたまたま見つけた代物らしい。そして、スペースダイヤモンドを持っていることが、一部のギャングにバレ始めていたので、防衛強化のためにマサムネを雇ったという経緯がある。

「……確かに、スペースダイヤモンドほどの希少な宝石を持っているのだとしたら、俺たちが狙う理由にはなる。ちなみにお前は、その宝石がどこに保管されているのかを知っているのか?」

「知っていますよ」

「そうか。そういえば、何でお前はスモパ調査団を辞めたんだ?」

「追い出されたんです」とマサムネは肩をすくめた。「つまらないから、いらないらしいです」

「つまらない? そんな理由で、クビにするところがあるのか」

「あるみたいですね」

「なるほど。ただ、その話も信じることができない。だから、お前がそのスペースダイヤモンドを持ってこい。そしたら、お前の話を信じてやろう」

「……つまり、俺に調査団狩りをやれってことですか?」

「そうだ。そいつらの行先とかは知っているのか?」

「予定通りなら、今頃は『ジャングゥ』にいると思います」

「ジャングゥに? ずいぶんとまた、原始的な星にいるのだな」

「黒ひげから隠れるため、あえてそういう場所を選んでいるんですよ」

「なるほど。まぁ、ジャングゥくらいなら、船を出してやる。だから、お前がやれ。さぁ、どうする? そいつらに復讐するチャンスでもあるぞ」

 男の挑戦的な笑みに、マサムネは口を閉ざす。

 正直に言えば、面倒くさいので、やりたくない。しかし、ここで拒否すれば、心身ともに疲弊しながら、奴隷として働く未来が容易に想像できた。それだけは避けたい。

(なら、やるしかないよな)

 マサムネは怠惰な自分に鞭を打って、男を見返す。

 そして、言った。

「わかりました。やります」

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