第2話
砂の惑星『サバーク』には、サバーク鉱山という巨大な鉱山があった。その鉱山は、中堅宇宙ギャングの『地獄組』の管理下にあって、他の惑星なら違法労働と言われる劣悪な環境で、ワケありの男たちが、汗水を流しながら、様々な鉱物を採掘していた。
マサムネもそんな労働者に混じって働いていた。他の惑星へ移動するための金が無かったからだ。しかし、働き始めてから一週間が経ち、船を降りたことを後悔し始めていた。肉体労働自体は苦ではないが、その他の生活の部分でストレスが溜まるからだ。シャワーはバケツ一杯の水を頭から掛けられるだけだし、寝る時は大部屋で雑魚寝するしかない。食事も一日二食で、スープとパン、それにビタミン剤だけの質素なものだった。さらに賃金も安いので、脱出する目途が立たない。
(……判断を少し早まったな)
マサムネは、砂が吹き込む大食堂で、砂の混じったスープを飲みながら、調査団での日々を思い返した。人間関係は最悪だったが、衣食住に関しては、この場所よりもマシだった。
(でも、あいつらと一緒にいるのも嫌だったしな……)
思い返すだけで嫌気がさす。人間関係に関しては、ここよりも最悪だった。
(戻るも地獄。進むも地獄か……)
悶々としていると、人の気配がしたので、顔を上げる。頭頂部が寂しい歯の抜けた中年男が対面に座った。この場所に来てから知り合ったホゲだ。
「よ、よぉ。調子はどうだ?」
「まぁ、ぼちぼちですね」
「そうか」
ホゲは引きつったような笑みを浮かべ、音を立てながらスープをすする。
マサムネは、パンをかじりながらホゲが話しかけてくるのを待った。黙っていると、ホゲの方から話しかけてきて、いろいろなことを教えてくれる。
マサムネがパンを飲み込んだところで、ホゲが口を開く。
「そういえば、マサムネは調査団に入っていたんだよな?」
「はい。一応」
「そうか。何て調査団だ?」
「……それは、調査団の名前を知りたいってことですか?」
「あ、ああ。そうだ」
マサムネは答えに窮する。調査団の名前を言うことは、自分の過去をさらすような感じがして、何となく嫌だった。
そんなマサムネの感情を読み取ったのか、ホゲは「あ、いや」と声をひそめて言う。
「ちゃんと理由はある」
「何ですか?」
「実は、地獄組の連中が、調査団狩りをしているらしく、調査団に関する情報を欲しているんだ。だから、調査団の情報を高く買ってくれるかもしれん」
「……それってつまり、仲間の情報を売れってことですか?」
「まぁ、そうなるな。仲間と言うよりは、かつての仲間が正しいかもしれんが」
「そう、ですね」
マサムネはスプーンを置き、気難しい顔で考える。
「……思い入れとかあるのか?」
「思い入れは無いです。が、道徳的なところで、悩んでいる感じです。かつての仲間を売るような行為は、人としていかがなものかと思いまして」
「確かにな。でも、そいつらはマサムネを見捨てたんだろ? なら、そいつらに配慮する必要なんて無いだろう」
「それは、そうですけど」
そのとき、「おい、ごらっ!」という怒声が聞こえた。振り返ると、2人の男が言い争っていた。お互いに掴み合って、殴り合いになりそうな雰囲気である。周りにいる男たちは、止めるでもなく、ニヤニヤしながら2人の喧嘩を眺めていた。
「ここにずっといたら、あいつらみたいになっちまうぜ」
ホゲに視線を戻す。ホゲは呆れながら、男たちを眺めていた。乾燥した目じりの皺に、哀愁を感じる。
「喧嘩くらいしか娯楽のないこの場所にいたら、どの道、人としての何かを失うことになる」
「……そうですね」
マサムネは考える。ホゲの言う通り、このままこの場所にいたら、人としての何かを失いそうな気がした。そして、そんな苦労をしてまで、守りたいほどの情報かといえば、そうでもない。正直、彼らのことは好きではなかったので、彼らが酷い目にあったところで、どうでも良かった。
(なら、べつにいいか)
マサムネは一人で納得したように頷き、口を開く。
「その、俺が直接、ギャングの人たちに話すことってできますか?」
「お、おぉ! いいぜ。ただ、一つお願いがある」
「何ですか?」
「その、紹介料というか、その……」
「あ、はい。いいですよ。どれくらい貰えるかはわかりませんが、ちゃんとお渡します」
「あ、ありがてぇ。なら、さっさとくわねぇとな」
ホゲは慌ててパンをかじり、スープで流し込む。先ほどまで、死人のような顔つきだったのに、生気が宿ったように見えた。
そんなホゲを見て、マサムネは思う。
(このチャンスを待っていたんだろうな)
ホゲは、新顔を見ると、積極的に声を掛けるらしい。気の利いた人のように思えるが、実際は、ここから抜け出すために利用できる人間を探していただけなのだろう。べつにそのことが悪いことだとは思わなかった。マサムネも、自分のために他人を利用しようとしているし、ホゲのその狡猾さのおかげで、現状を変えることができそうだからだ。
ホゲはスープを飲み干すと、立ち上がる。
「は、早く行こう」
「はい」
そしてホゲに連れられて、管理室へと向かった――。
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