セルフ・ダークサイド・ムーブ~周りから評価されず、生きるのがしんどいので、クズになります~

三口三大

第1話

「マサムネ、お前は船を降りろ」

 突然のクビ宣告に、黒髪の冴えない青年――マサムネは眉をひそめた。怪訝な顔で団長のスモパを見返す。金髪モヒカンの強面は、嘲笑うように口角を上げた。

 マサムネは他の団員に目を向ける。彼ら彼女らも同じように笑っている。

(……なるほど)

 マサムネは気づいた。彼らが、ヒエラルキーが低い者をいじって楽しむある種の遊びをしていることに。そして呆れた。大の大人がやることではない。

 マサムネが、あまりの幼稚さに言葉を失っていると、スモパは言った。

「なぜクビになるか、わかっていないって顔をしているな」

「え? あ、はい。何でですか?」

「お前、ギャールのことを嫌らしい目で見ているらしいな」

「え」

「そうよ」と浅黒い女が口を開く。「あんた、アタシのこと、エロい目で見ていたでしょ」

 マサムネは頭が痛くなってきた。ギャールの過剰する自意識に辟易する。ギャールのことをエロいと思ったことは一度もない。いつも化粧が濃いな、とは思っているが。

「そんなことないですけど」

「言い訳とか、ダサッ」

 マサムネはイラっとしたが、顔に出さないようにした。

「お前をクビにする理由は他にもある」

「何ですか?」

「お前と一緒にいても楽しくないからだ」

「確かに」と浅黒い金髪のチャラ男が笑う。「マサムネは、いつも暗くて、つまんねーよな」

 マサムネは表情を崩さずに、チャラ男を見返した。ムカつく物言いだったが、事実なので否定はできない。マサムネには、暗くてつまらない人間である自覚があった。

「他にもお前をクビにする理由はあるが、聞くか?」

「いや、大丈夫です」

「そうか。なら、言わないでやるよ」

「団長、やさしー」とギャールたちが笑い、スモパはご機嫌に鼻を鳴らす。マサムネはさっさと一人になって、ため息を吐きたくなった。

「そうだ。俺は優しい。だから、お前にチャンスをやろう」

「チャンス、ですか?」

「どうしてもと言うなら、ここに残してやってもいいぞ」

「あ、大丈夫です。すぐに出て行きます」

 マサムネの即答が意外だったのか、スモパたちは面食らった顔になる。

 そんな彼らを後目に、マサムネはさっさと部屋を出る。これ以上、彼らと同じ時間を過ごすことに意味を見出せなかった。

 部屋を出て、後ろで自動ドアが閉まるとき、「やっぱり、あいつつまんねー」と聞こえたが、振り返ることは無かった。

 マサムネは、自室で荷物をまとめながら、この調査団での生活について思い返してみた。

 この調査団に入団したのは、約半年前のこと。人づてに紹介され、用心棒として、入団した。思えば、最初からこの調査団の空気は苦手だった。団員のノリは軽いし、団長はそのノリに合わせることがリーダーシップだと思っていた。正直、長くは続かないと思っていたが、やはり、長くは続かなかった。

「……環境って大事だよな」

 そんなことをしみじみ思いながら、リュックを担ぎ、自分の部屋を出た。

 船から出るためのハッチに向かう。見送る者はいない――と思ったが、一人だけいた。たてがみのような赤髪で筋骨隆々の男だ。男の名はレオン。腕に鋼鉄の防具を装着していることから、『鉄腕』と呼ばれている、もう一人の用心棒だ。

 レオンは壁に寄りかかっていたが、マサムネを認めると、正面に立ち、キッと睨みつけた。

「お前、ここで降りるらしいな」

「あ、はい」

「いいか。覚えておけ、『黒ひげ』の犬を追い払ったのは、お前じゃない。この『俺』だ」

 レオンはドスを利かせ、凄みをもって、『俺』を強調する。

 何度も聞いているセリフに飽きつつ、マサムネは「そうですね」と答える。

 レオンは鼻を鳴らし、肩で風を切りながら、去って行く。そんな彼の背中を見て、マサムネは苦笑する。彼はお見送りに来たわけではないらしい。

「まぁ、あの人にお見送りをされたところで、って感じだけど」

 マサムネはレオンのことが好きではなかった。付き合いくらいしか取り柄のないあの男のせいで、辛酸をなめることになったからだ。レオンに恥を認める寛容さがあったなら、この船における立場ももう少しマシだっただろう。

 マサムネはボタンを押してハッチを開ける。地上へ続くスロープを下って、砂の大地に降り立った。

 機械音を鳴らしながら、スロープが格納されていく。マサムネは、そこから少し離れた所まで歩き、振り返る。

 円盤型の大きな宇宙船は、スロープの格納を終え、ハッチを閉じた。そして、反重力装置を用いて宙に浮かぶと、船体を支えていた四本の脚も格納し、大空へ飛び立った。

 マサムネは何とも言えない顔で、小さくなる船体を眺める。ごぅと風が吹き、砂が舞う。目を閉じて、再び開けたときには、船体は見えなくなっていた。

 遠くの空を眺めながら、マサムネはぼやく。

「俺っていつも感じだよな」

 最低限の仕事はしているつもりだが、全く評価してもらえない。

「……まぁ、しゃーない。行きますか」

 マサムネは踵を返して、歩き始める。

 その前方には、赤い岩山に囲まれた街があった――。

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