第5話

「ねえ、聞いてくれる?」


 っていうものだから


「どうしたの?」


 って返すと


「バレちゃった♪」


 なんて呑気に笑いながら言う彼女に頭が真っ白になった。僕たちは終わってしまうのか。もしかして彼女はやはり夫の元へ帰るのでは、と不安になった。だけどそんな心配は無駄なことでカミングアウトの日以降もいつもと変わらない日が続いていた。職場では少々気まずいものの、社長から何か呼び出しがあるわけでもなく辞令が下るわけでもなく平凡に過ぎていった。そして彼女は今、僕の家でしばらく過ごしている。同棲しているかのよう。ただ少し変わったのが、社長がよく会社に残っていることが多くなったこと、朝出勤すると必ず、すでに仕事をしているということ。それ以外は本当に何も変わらない。だから安心している。家での彼女は、申し分のないくらいに家事をしてくれている。だけど、あまりにも良くしてくれるものだから僕から提案して家事をいくつか分担したり休みの日には遠慮なしにどこかにデートに行ったりしていたり。社長には申し訳ないけど、澪のおかげで今が人生で1番生きている感じがする。


「お帰りなさい。」


 家に帰れば癒される笑顔が待ってるし、もうあんなに寂しくて虚しいと思うことがなくなった。


「ただいま〜。」


 彼女に抱き付くと外でガチガチだった緊張が一気に解されていった。


「今日はね?隣の方から教えてもらった料理を作ってみたの。」

「澪が作るものはなんでも美味しいからな〜。」

 

 近所の人からは新婚だと思われているようで、特に今日彼女が料理を教えてもらったという人は彼女を気に入ってくれている。お裾分けもよくもらうらしい。結婚か。彼女はどう思っているのだろう?ここへ来て結構経つけど。こっちから言うのはタイミングがなかなか掴めないし、何よりまだ離婚していない。こんな状態で果たしてプロポーズしても良いものか・・・。


「どうしたの?」

「ん?いや、なんでもない。うん、これ美味しいよ。」

 焦ることはない。だって現にあの社長を捨てて僕を選んでここにきてくれたじゃないか。



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