第3話
少し遅めの時間に訪ねた彼女の家は、予想以上に大きな家だった。こんなとこに僕が来ていいのだろうか?と思いながらベルを鳴らすと門が開いて足を進めた。
「いらっしゃい。」
「おじゃま、します。」
「緊張しないで?こっちよ。」
彼女に手を引かれて長い廊下を歩くとリビングに着いた。
「零夜が来るから、楽しみすぎて作りすぎちゃった。」
「うまそう!ありがとう、澪!」
自分が来るまでにたくさんの料理を作ってくれていたことを想像すると嬉しくて仕方ない。それにこれが初めての彼女の手料理だ。
「口に合うか分からないけど。」
僕の好きな肉料理、サラダにフルーツにワインまで。今まで食べたことがないくらいのご馳走だ。
「いただきます。」
「美味しい!これもすごく美味しいよ!」
「ありがとう。作ってよかった。口に合わなかったらどうしようって思ってたの。」
「最高に嬉しいよ!食事を作って待ってるって言われたから、家帰ってシャワー浴びて服選んで速攻で飛び出したもん。」
「そんなに急がなくても。」
「それだけ嬉しかったってこと。今日は初めて記念日だね、乾杯。」
怖くなかったといえばそれは違う。もし社長と鉢合わせしてしまったらとか、色々考えたけどそれ以上に一緒に過ごしたい気持ちが勝った。それだけ。
アルコールが入っているせいか、壁に飾られている結婚写真の中の社長に心の中で「僕の方が勝ってるかもしれないですね」なんてイヤミたらしく言ってみたりしている。ここ最近の彼女の行動はちょっとずつ大胆になってきている。これはもう、僕のところに来てもおかしくないでしょ?
食事が終わって、キッチンまで食器やグラスを片付けるのを手伝うと彼女は食器を洗おうとした。
「ソファで待っててくれてもいいよ?」
「ちょっとでも離れたくない。」
わざと洗いにくそうにするために後ろから抱きついて服の中の肌に触れた。
「澪も酔った?いつもより体熱いよ?」
「いつもより飲んだせいかもね。」
冷静に返してくる澪にイラついて耳を齧った。
「いっ、ちょっ、何して…。」
「明日したらいいじゃん。帰ってこないんでしょ?」
腰にある手を徐々に胸へと近づけながら、悪魔みたいに囁いた。
「こっち来て?」
そう言って連れて来られたのは寝室。
「あれ?一緒に映画見るんじゃなかったの?」
そうさせようとしなかったのは僕のせいってわかってるけど。
「映画はまた今度。次に一緒に行かない?」
「じゃあ、今から何するの?」
僕の上に跨ってくる彼女にわざと聞いてみた。
「女の口から言わせようとするの?」
「言わせてみたかった。」
お互いに熱い視線を絡ませると、唇を合わせて深く深く舌を絡ませ合いながらベッドに身を沈めていった。
うっすらと目を開くと左側に無防備に寝ている彼女の姿があった。愛おしさが溢れてぎゅっと体を抱き寄せた。
「ん〜。零夜?」
寝起きの僕を呼ぶ声は小動物が甘えてくるみたいで可愛かった。夢みたいだ。
「朝だよ?まだ早いけど、もう少し寝る?」
「ん〜。」
今までみたことがない無防備さにクスクスと笑いが込み上げてくる。この愛おし過ぎる生き物は何?ほっぺを人差し指でムニムニしてみても、つまんで軽く引っ張ってみてもむにゃむにゃと口を動かす。このまま時間が止まってくれるか、今この瞬間が地球上で最後の日なら僕は幸せに一生を終えたというだろう。また寝て起きたら同じ光景だろうか?
「もし、出会うのが僕の方が先だったら僕と結婚してた?」
時間は残酷なものだ。一緒に過ごす時間が長くなるほど独占欲が込み上げてくる。もしアイツじゃなくて僕の方が先に出会っていたら‥
「もっと早くに出会いたかったって思うよ。」
「ごめん、起こした?」
「おはよう。」
ニコッと微笑む顔から目を逸らして、不意に口に出してしまった問いをした自分に焦った。
「起きたら誰かが隣に居るって不思議。」
「いつもは隣にいるんじゃないの?」
「あぁ、寝室は別だし家に帰ってきたら特に話すことなんてないから。」
僕がいつも会社で見ているあの光景は一体何?
「澪が望むなら毎日でも隣にいるよ。どんなに仕事が忙しくても。」
「ありがとう、零夜。」
ふにゃっと見せた顔には、僕が知らない寂しさがあるように思えて思わずギュッと抱きしめた。僕なら絶対にこんな顔はさせない。
「痛いって。」
「ごめん。ん、えっ?もうこんな時間?」
時計は7時を指している。少し寝ぼけていた表情が真っ青になって澪は急いで携帯と外を見た。
「よかった。まだ帰ってなかったんだ。」
「帰ってきてたら流石に僕はこんなにゆっくりしてないよ。」
「そうよね。」
「たまに今日みたいな日があるの?」
「昨日と今日は絶対に帰って来ない日なの。あの人私よりも他に大切な人がいるから。」
「え?」
「何年もそうだから。だから、帰って来ないってわかってるからうちに誘ったの。」
「そう、か。」
昨日と今日でいろんな情報を知った。実は仮面夫婦やってるなんて知らなかった。それだけ社長には隙が無かったし、感じさせなかったからだ。
「ホント、もっと社長よりも早くに澪に出会いたかった。」
「早くに出会ってたら色々と変わっていたかもね?でも、仕方ないよ、あの人の方が先に出会ったから。なるようにしかならないし。さ、眠気も覚めたしシャワー浴びて朝ごはんにしよう?」
そこらじゅうに散らばった服や下着を集めてシャワー室に案内されると、彼女は先に食事の支度をすると言ってキッチンに向かった。
少し熱めのシャワーは心地いい。彼女の使っているシャンプーなどを使うとなんだか彼女が近くにいるようで心が躍った。今日家に帰る途中にでも買って帰ろう。僕はいつでも彼女をもっと感じれるし、僕の家にきた時に問題なく彼女も使えるだろうし。
「零夜!今すぐ出て体拭いて出てきて!」
慌ただしく浴室のドアを開けられると真っ青な顔をした彼女が僕を引っ張り出した。
「あの人が帰ってきたの!」
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