夢想の箱庭

足立佳依

始まりの夜

馬がかける。

本来であれば木々に阻まれ月明かりすら満足に入らない森の中、不自然に大きな灯りを受けて照らされたそこをできうる限りの全力でかける。

日が暮れたといえど、森の中。野鳥が慌ただしくなく声が聞こえてもおかしくないのだが不気味なほどに聞こえない。聞こえるのは切り裂く風の音と蹄で地を踏む音、そしてパチパチと何かが燃える音。

泉の畔、不自然に開けた場所で燃え上がる炎。燃えているのは豪華とえるほど凝った意匠の馬車だ。その脇にはおよそ見たこともないほど巨大な四足歩行の獣。獣は炎に臆する様子も見せず興味深気に観察している。


背中が熱い。

少女の服は背中から右腕にかけて焼け崩れ、火傷をおった肌があらわになっている。だが脳がバグっているのか痛みは感じない。もし感じていたら失神していただろう。

 体は指一本動かせず、馬をかる男性に対面で支えられている状態で運ばれていく。馬も焦っているのだろう、振動がひどく内臓が揺れる。だがそんなことに気にする余裕もなく、ただかろうじて動く首を動かして背後で起こっている惨劇を逃すまいと必死に捉える。


 燃え上がる馬車をまるでおもちゃのように弄ぶ巨体。激しい炎、その中で半身が埋もれている男。

男が少女を見据え必死に口を動かす。

「   」

 何かを発そうとしてはいるが声にはならない。すでに馬車全体に火は周り、かろうじて男が見えている状態。熱気で喉が焼け爛れているのかもしれない。


 グェチッ。


 すでに木々阻まれかろうじて見えるその隙間、巨体の前足によって必死な動きも虚しく男は潰された。常であれば驚愕で叫び声を上げるほどの事実が起こるも、少女はただ網膜に焼き付ける。のちに思い出し何を思うかもわからないままただただ記憶に残す。


 次第に遠ざかっていく。完全に遮られるその時を待っていたかのように少女の意識は眠りについた。





 都市ミリテリ。南北に森林を隔てて存在する帝国、皇国を繋ぐため、開拓を旨とした森林の真ん中に栄える途上の都市。都市の周囲の大部分が未だ開かれていない。

都市の南西に数キロ、ステラ帝国へとつながる拙い街の外れ、小さな泉。誰も入ったことのないはずの森で唯一存在を知られていたその泉は、生き物は住んでおらず森の生き物たちも寄り付こうとしない、静謐に満ちたものであった。


人智を超えた存在がいてもおかしくないほど神秘を有していた。

 

 

 この夜、泉で起きたことが原因だったのかそれ以外か。ただ事実としてこの日から世界は一変した。


ある者は自然の怒りだと。


ある者は神の裁きだと。


ある者は終末の訪れだと。


真偽は誰にもわからない。

ただ少女は、世界を救うことを決意した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢想の箱庭 足立佳依 @kaiadachi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ